アメリカTV界の今年の印象を決定づけた重要なポイントを振り返る。




1. WGAスト後遺症の継続


2007年11月から2008年にかけて続いたWGA (米脚本家組合) ストは、そのストが終結した春先以降も業界に影響を与え続けた。特にネットワークは脚本家が新しい脚本を仕上げてくれないため、年明けからシーズンの終わる5月いっぱい、そして新シーズンの始まる9月までほとんどの人気番組の新エピソードを放送できなかった。そのためいきおいドラマやシットコムではなくリアリティ・ショウに頼らざるを得なくなり、それだけではむろん充分ではなく、近年差を詰めてきたケーブル・チャンネルにだいぶ視聴者を奪われた。


たぶんストの影響を最も強く受けたのは、2007年の9月の新シーズンから始まった新番組群だろう。だいたいそれらの番組は、WGAがストに入るのと前後して製作済みの9話前後のエピソードの放送を終えた。しかし年明け後にその続きを放送することはできなかった。これではいったん定着するかに見えた視聴者に、わざわざ他のチャンネルを当たってくださいと言っているようなものだ。


結局昨年9月以降放送が始まって人気番組として定着するかに見えたいくつかの番組 – 特にABCの「グレイズ・アナトミー」スピンオフの「プライヴェイト・プラクティス (Private Practice)」、および「プッシング・デイジース (Pushing Daisies)」、「ダーティ・セクシー・マネー (Dirty Sexy Money)」、NBCの「ライフ (Life)」「チャック (Chuck)」等の番組は、ストの影響をもろに受けたと言える。さもなければ、長い中休みの後に始まった2008-09年シーズンにおいて、これらの番組だけがいきなり視聴率ががくんと落ちた理由が説明できない。


例えば「プライヴェイト・プラクティス」の姉妹番組である「グレイズ・アナトミー」のような既に確立している番組だと、長らく間が開いての放送でも、目立って視聴率は落ちていない。しかし番組が今後人気番組として定着するかどうかの瀬戸際にいた新番組群は、そこで視聴者離れに歯止めをかけることができず、ごっそりと視聴者を減らした。


むろんストがすべての番組に悪影響を与えたというわけではなく、例えば昨シーズンのNBCの「ヒーローズ」が視聴率を落としたのは、単純に内容がとりとめがなくなって視聴者が愛想を尽かしたからだ。しかし一般的に、2007年秋-2008年初頭放送開始の新番組は、多かれ少なかれなんらかのストの影響を受けているとは言える。今回のWGAストは、ネットワークにとって非常に高くついた。




2. ティナ・フェイ、アメリカTV界を席巻


2008年度を代表するTVパーソナリティを誰か一人選べと言われれば、これはたぶん100人中98人はティナ・フェイの名前を挙げると思われる。それくらいフェイの今年の活躍は際立っていた。むろん「サタデイ・ナイト・ライヴ (Saturday Night Live: SNL)」時代からもフェイは人気者であったわけだが、批評家が挙って誉める「30ロック」に製作主演以降、さらに人気はうなぎ上り、盟友エイミー・ポーラーと共に映画「ベイビー・ママ (Baby Mama)」に主演してこれもヒットした。アニメ・ファンの日本人には、宮崎駿の「崖の上のポニョ」の英語吹き替え版で名を耳にしたことがあるかもしれない。


極めつけが今年行われた大統領選で、共和党候補のジョン・マッケインが副大統領候補として指名したアラスカ州知事サラ・ペイリンと、フェイが酷似していたことだ。これは単に偶然なのだが、飛ぶ鳥を落とす勢いにある時の人間には、得てしてこういう類いの偶然の追い風も起こる。それまでは地方政治家、それもアメリカの常識から言えばまったくド田舎のアラスカ州知事として、本土ではまったく無名だったペイリンが副大統領候補として初めて我々の目の前に登場したその時、私と一緒にTVでニューズを見ていた私の女房は、私が口にするよりも一瞬早く言った。「SNL」の彼女そっくり。まさにその通り。誰だってペイリンを見た瞬間にそう思った。


二人は特にある角度からは本当にどっちがどっちかよくわからないほど似ている。たまたまTVをつけてペイリンかそのペイリンを真似ているフェイのどちらかが映っていると、これがニューズがコメディかをまず判断しなければならない。たとえそれがニューズでも、よく似ているペイリンとフェイ・ネタを一時期よくやっていたから、ペイリンかフェイかの即断は禁物だ。雑誌に小さく載っている写真だったりすると、キャプションを読まなければまずどっちかわからない。


実はこのことはフェイに対してだけでなく、ペイリン、引いてはマッケインおよび共和党にとっても話題作りの点でかなり役に立った。元々特に華々しい経歴を持っているわけではないペイリンの副大統領候補起用自体が客寄せ的な印象が強かったから、こういうメディアへの露出度アップは、共和党にとっては願ってもないことだった。ただし、後にペイリンが脱線したりマスコミとの受け答えでまったく頓珍漢なことを何度も言ってボロが出始めると、逆にこのことは逆効果と感じられないこともなかったが。


特にそのペイリンが、フェイが出演している「SNL」にカメオ出演した回、および落選したマッケインが登場した回は、フェイのおかげでだいぶ人気を回復した今シーズンの「SNL」でも、最も話題を提供したエピソードだったと言える。どんなに話題を提供しても、変革を求める人々はマッケイン-ペイリン-SNLをあくまでも娯楽に留め、ほとんどが民主党のオバマに投票したことは既に歴史が証明したわけだが、それにしても共和党の大統領 (候補) って、揃いも揃ってなぜだか笑いのネタを提供する。「レイト・ショウ」のデイヴィッド・レターマンや「トゥナイト」のジェイ・レノは、大統領として誰が適任かはともかく、いつもギャグ・ネタを提供してくれたブッシュがいなくなるのは寂しいとよくモノローグで言っていたが、それは本心だろう。




3. 外国産番組のリメイク・ブーム


これまたWGAストの影響の一つと言えないこともないが、今秋のネットワークの新番組は外国産のドラマやコメディ、特に英国産番組のリメイクが多かった。ハリウッドやアメリカTV界における外国産ヒット映画/TV番組のリメイクは何も今に始まったことではないが、今年は特にTV界はWGAストのためにどこも新番組の企画製作にかける時間がとれず、こういう事態になった。ついでに言うと、それらのリメイクをアメリカではわりと大御所のプロデューサーが製作を買って出ていることもポイントだ。やはり金を出す以上、ネットワークもあまり失敗はしたくない。


英国産番組のリメイクは、CBSのコメディ「ワースト・ウイーク (Worst Week)」、超常ドラマ「ジ・イレヴンス・アワー (The Eleventh Hour)」、ABCの刑事ドラマ「ライフ・オン・マーズ (Life on Mars)」の3本で、他にCBSのラヴ・コメ「ジ・エクス・リスト (The Ex List)」はイスラエル製、NBCのコメディ「キャス&キム (Kath & Kim)」はオーストラリア製番組のリメイクだ。外国製番組に限らなければ、NBCのアクション・ドラマ「ナイト・ライダー (Knight Rider)」は80年代ヒット・ドラマのリメイク、CWの「90210」もFOXトレンディ・ドラマのリメイクであるなど、あちらを見てもこちらを見ても、リメイク番組花盛りの観を呈した。ただでさえ例年に較べて少なかった新番組のうち、これだけの数の番組がリメイクだとしたら、いったい誰かオリジナルのドラマかコメディを書いたやつがいるのかと愚痴りたくもなろうというものだ。


一方、たとえオリジナルが現地で人気番組であろうと、それがアメリカでもヒットするとは限らない。リメイクに際しどうしてもオリジナルに及ばない、あるいはオリジナルにあった何かが雲散霧消してしまう場合は充分考えられるし、アメリカ人視聴者のテイストというのも確かにあって、そのテイストに合致するかはわからない。実際、上記番組では「エクス・リスト」は2回放送されただけでキャンセルされている。CBSの「ワースト・ウイーク」と「イレヴンス・アワー」はこれまでのところ善戦しているが、この調子がずっと続くかはわからない。


最初健闘するかに見えた「ライフ・オン・マーズ」は既に息切れの兆候を見せ始めている。既にキャンセルされていてもおかしくない「キャス&キム」と「ナイト・ライダー」がまだ続いているのは、リメイクの製作権を持っているNBCが、元をとるまで意地でも放送しているだけというのが専らの噂だ。そんなこんなで数多製作されたリメイク番組は、結局どれもオリジナルにはおよばなかったというのが現状だ。ドラマ/コメディに関しては、2008年はネットワークが早く忘れてしまいたい年になってしまった。




4. 危険な仕事ネタ系のリアリティ・ショウの勃興


リアリティ・ショウには、だいたい毎年流行りのジャンルというものがある。歌やダンスのタレント発掘系だったり、ある人間を徹底的に改造するメイクオーヴァー系だったり、セレブリティ密着型だったり、体力/知恵/技術勝負の生き残り勝ち抜き系だったり、はたまたあるいは恋愛リレイションシップ系が流行ったりする。今年のリアリティ・ショウは、参加者もしくはホスト、あるいはプロがいわゆるきつい汚い危険の3K仕事に挑む様をとらえる番組が流行った。


3K仕事といっても様々で、この手のリアリティ・ショウの遠い祖先はFOXの「コップス (Cops)」辺りだとひとまず言えるかもしれない。この番組の直系が、マイ・ネットワークTVの「ジェイル (Jail)」、および「ストリート・パトロール (Street Patrol)」だ。この、どちらかというとその手の職業というよりはカン違い一般人/犯罪者をとらえていた番組に対し、近年のリアリティ・ショウは視点を取り締まる側に置いたところに特色がある。つまり、相手が本当に危険な犯罪者の場合、それを取り締まる側も場合によっては命がけだ。


その視点から登場してきたのが、スパイクの「DEA」、マイ・ネットワークTVの「ヴァイス・スクワッド (Vice Squad)」、A&Eの「ジャックト: オート・セフト・タスク・フォース (Jacked: Auto Theft Task Force)」、「マンハンターズ: フュージティヴ・タスク・フォース (Manhunters: Fugitive Task Force)」、「ルーキース (Rookies)」インヴェスティゲーション・ディスカバリーの「ザ・シフト (The Shift)」、ABCの「ホームランド・セキュリティUSA (Homeland Security USA)」、バイオグラフィの「フィーメイル・フォースズ (Female Forces)」等々の番組だ。


それらの犯罪者相手の職業がある一方、危険だけでなくきつい、汚いにも焦点を置いた番組群がある。その先駆けが、ディスカバリー・チャンネルの「ベーリング海の一攫千金 (Deadliest Catch)」、そしてそれに続く同チャンネルの「マンvsワイルド (Man vs Wild)」、「サヴァイヴァーマン (Survivorman)」、「ダーティ・ジョブス (Dirty Jobs)」だろう。そして昨年のヒストリー・チャンネルの「アイス・ロード・トラッカーズ (Ice Road Truckers)」の成功が、雨後の竹の子のように続々と大同小異の番組を登場せしめた。


今年現れたこの種の番組としては、ヒストリーの「アックス・メン (Ax Men)」、「タファー・イン・アラスカ (Tougher in Alaska)」、「シャドウ・フォース (Shadow Force)」、「サンドホッグス (Sandhogs)」、トゥルーTVの「オーシャン・フォース (Ocean Force)」、「ブラック・ゴールド (Black Gold)」、「スキー・パトロール (Ski Patrol)」、ナショナル・ジオグラフィック・チャンネルの「アメリカズ・ポート (America’s Port)」、「ワールズ・タフスト・フィックスズ (World’s Toughest Fixes)」、「L.A. ハード・ハッツ (L.A. Hard Hats)」、CWの「イン・ハームズ・ウェイ (In Harm’s Way)」、スピードの「レックト (Wrecked)」、ディスカバリーの「ヴァーミネイターズ (Verminators)」等々がある。さらにこの手の仕事に参加者を従事させて勝ち抜きで勝負を決める、NBCの「アメリカズ・タフスト・ジョブス (America’s Toughest Jobs)」なる番組まで現れた。世の中には一見華やかに見える危険な仕事だけでなく、きつく汚い仕事も多い。




5. 和製リアリティ・ショウのリメイク花盛り


危険な仕事系に次いで注目されるリアリティ・ショウの潮流として、日本製のリアリティ (ヴァラエティ) ショウのリメイク、あるいは影響を受けたリメイクもどきの番組が、アメリカTV界で多く製作されたことが挙げられる。


ジャパニーズ・リアリティのそもそもの発端と言えるのは、「ケンちゃんカトちゃん」の一コーナーを特化させてシリーズ化した、今でも人気のあるABCの「アメリカズ・ファニイスト・ホーム・ヴィデオス (America’s Funniest Home Videos)」だろう。フード・ネットワークがオリジナル版とリメイクを両方放送している「料理の鉄人」こと「アイアン・シェフ (Iron Chef)」が後に続き、現スパイクTVの「風雲たけし城」こと「MXC (Most Extreme Elimination Challenge)」も放送されるようになると、日本のリアリティ・ショウが俄然注目され始め、YouTubeでさらにトンデモ・リアリティの海賊版抜粋が見られるようになると、日本のリアリティってヘンで面白いという認識がごく一般的なアメリカの視聴者にも根づいた。


そして今年、リメイクとは呼べない、まんまの「SASUKE」こと「ニンジャ・ウォリアー (Ninja Warrior)」、および「筋肉番付」改め「アンビータブル・バンヅケ (Unbeatable Banzuke)」、寄せ集めリアリティ「スーパー・ビッグ・プロダクト・ファン・ショウ (Super Big Product Fun Show)」等がケーブル・チャンネルのG4で話題になると、夏はABCが「ワイプアウト (Wipeout)」、「アイ・サヴァイヴド・ア・ジャパニーズ・ゲーム・ショウ (I Survived a Japanese Game Show)」を編成、FOXも負けじととんねるずの「脳カベ」をリメイクした「ホール・イン・ザ・ウォール (Hole in the Wall)」を投入、Sci-Fiが「逃走中」のリメイク「チェイス (Chase)」を放送と、日本製リアリティ・ショウに着想を得たり、単純にリメイクした番組が花盛りとなった。


G4オリジナルの「ハール」だって、日本の大食いチャンピオン、タケル・コバヤシの存在がなければ企画されなかったに違いない番組だと言える。確かABCが「サバイバー」プロデューサーのマーク・バーネットを起用して「マネーの虎」のリメイクを製作するという発表があったはずだが、それはどうなったのか。ついでに言うと、リアリティ・ショウでこそないが日本が舞台となったり関係していた「サムライ・ガール (Samurai Girl)」や「アイ・カーリー・ゴーズ・トゥ・ジャパン (iCarly Goes to Japan)」なんてのもあった。「ホエール・ウォーズ (Whale Wars)」では、期せずして日本捕鯨船団がその裏主人公だ。


などなど、今年は和製番組のリメイクや、日本テーマの番組がかなり目についた。むろんそれらの番組すべてが成功しているというわけではない。製作はしたものの数話でぽしゃった「未来日記」リメイクの「ザ・デイティング・エクスペリメント (The Dating Experiment)」や、「ワールド・レコーズ」リメイクの「マスター・オブ・チャンピオンズ (Master of Champions)」なんて、いったい誰が今でも覚えているというのか。これで一応和製リアリティのリメイクは打ち止めなのかそれともまだ続くのか、2009年の和製番組の動向に要注目だ。








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2008年アメリカTV界10大ニュース。その1

 
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