サムライ・ガール

放送局: ABCファミリー

プレミア放送日: 9/5 (Fri)-9/7/2008 (Sun) 20:00-22:00

製作: スペース・フロアTV、アロイ・エンタテインメント、ABCステュディオス

製作総指揮: ジョシュ・アップルバウム、アンドレ・ネメック、スコット・ローゼンバーグ

監督: ブライアン・スパイサー

原作: キャリー・アサイ

脚本: ルーク・マクマレン

出演: ジェイミー・チャン (ヘヴン・コゴ)、ブレンダン・ファー (ジェイク・スタントン)、セイジ・トンプソン (シェリル)、カイル・ラビーン (オットー)、アンソニー・ウォン (タスケ・コゴ)、スティーヴン・ブランド (セヴリン)、ステイシー・キーブラー (リンダ)


物語: 日本に住むヘヴンは大事に慈しまれて成長したが、やがて親が決めた相手と結婚するためにサンフランシスコに渡ることになっていた。そして結婚式当日、式の最中に忍者の一団が現れ、式をめちゃめちゃにする。そこへ現れてヘヴンを救ったのは、家を出て長らく行方の知れなかったヘヴンの兄ヒコだった。しかしヒコは間者の刃に倒れ、彼が世話になっていたマーシャル・アーツの達人ジェイクに助けを求めるようヘヴンに伝えると息を引き取る。ヘヴンはたまたまパーティをしていたシェリルとオットーの姉弟に助けられ、なんとかジェイクの居場所を探し出すことに成功するが、しかし追っ手はすぐそこまでヘヴンを追ってきていた‥‥


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実はまったく知らなかったのだが、キャリー・アサイ著の「サムライ・ガール」の原作は、何作も世に出て人気のあるヤング・アダルト向けのライト・ノヴェル・シリーズなのだそうだ。サムライだとかヤクザだとかニンジャだとか、なんとなくそそられる名詞をいたるところに絡ませ、実はやんごとない血筋の末裔のティーンエイジャーの女の子を主人公とした「サムライ・ガール」は、アメリカのティーンの女の子に受けているらしい。


とはいえ、だからといってそういう作品の映像化を見たいかというと、私のような中年男性にははっきり言ってアピールするものはほとんどないのだが、最近ちょっとしたブームの日本が話に絡むとなると、話の本筋以外のところで気にならないこともない。要するに、どのように日本をカン違いして扱っているかということに興味をそそられるわけだ。先頃見た「カンフー・キラー」もどこやらカン違いしたオリエンタリズムというあたりにこそ魅力があったわけだが、「サムライ・ガール」ももちろんその例に漏れない。


番組は冒頭、日本の豪邸の部類に入る家に住む主人公ヘヴンをとらえるのだが、日本家屋であるはずのその家の部屋と縁側の間にあるのは障子でも引き戸でもなくて、これはどう見ても中国式の紋様の入った戸で、どう見ても日本庭園というよりは中国式の庭に鎮座ましましているやけに反りの入った屋根を持つ小屋を見て、これを日本だと思う日本人はいないだろう。100人が100人とも中国を舞台としていると思うに違いない。


むろんヘヴンなんて名前を持つ女の子が日本にいるわけもなく、彼女は最初、兄のヒコからてんちゃんと呼ばれているところを見ると、たぶん本当はてんこ=天子 (これだってかなり苦しいが) で、天国転じて英語の愛称がヘヴンになったものと思われる。その名字「こご」となると、どの漢字を当てていいものやらさっぱりわからない。古賀をこごと間違ったか、それともこうごうさんかこごうさんか、あるいは本当にこごという名字があるのかもしれないが、それほど多い名ではあるまい。


そのヘヴンは親の決めた結婚によってサンフランシスコに渡り、アメリカで財を成している一家の跡継ぎと晴れて結婚の儀となる。三々九度なのだが、それなら注がれた酒を三杯九杯しないでいきなり盃を口にはしないだろう普通。私は不案内なのでわからなかったが、見る者が見れば結婚衣裳にもどこか不都合があるのを発見するかもしれない。


ヘヴンの父は結婚を控えるヘヴンに家宝の刀を手渡すのだが、その刀名が「死の囁き (Whisper of Death)」というのもなんだか違う。ここはやはり刀に相応の由来があればあるほど、備前長船だとか村正だとか虎徹だとかいう名前にしてもらいたかった。いっそ天の叢雲でもかまわない。むしろ由来的にはこちらの方が近いかもしれない。Bizen-Osafuneなんて、英語の字面でもエキゾティックでそれらしい。「死の囁き」と名づけられた日本刀では到底ものが切れるような気がしない。しかも、いくら名匠が鍛え霊力の宿る日本刀といえども、やはりスティール・パイプは切れないと思う。


要するに、やはり話そのものよりもそういう見方をしてしまうのだった。最初からそういう間違い探し的な興味で見ているのでしょうがないとも言えるが、その手の些細なカン違いが随所に見られるので、どうしてもそっちの方に注意が向いてしまう。それで面白く見れるのではあるが、「サムライ・ガール」の場合、そのことがどちらかというと欠点に感じられるのは、それが意図したものではなく、作り手の立場から言えば真面目に製作しているからという気がする。


たとえばこれがクエンティン・タランティーノの「キル・ビル」なら、自ら積極的に間違ってとてつもない娯楽作を作ろうという転倒した意気込みが感ぜられるため、そうした間違いが魅力になる。「ラスト・サムライ」のトム・クルーズの二刀流ですら、むしろ応援しようという気になる。さらに近年ではケネス・ブラナーがご存知シェイクスピア原作を18世紀の日本を舞台にして作ったHBOのTV映画「お気に召すまま (As You Like It)」は、近年のこの種の転倒娯楽作の最高峰と言える。


これなんか主演がブライス・ダラス・ハワードで、共演がアルフレッド・モリーナ、ケヴィン・クラインという錚々たる面々が、ほとんど時空を飛び越えて製作した盛大なカン違い作品なのだ。もちろん日本ロケなんかはなから考えておらず、積極的に画面にずれを導入しようとしている。それが大団円では、「から騒ぎ」もかくやとばかりの和服を着た面々による一大ミュージカルになってしまうのだ。岡本喜八が見たら我が意を得たりとばかりに手を叩いて喜んだのは間違いない。これくらいやると目論見が成功したかどうかはともかく、とにかく感心せざるを得ない。


一方「サムライ・ガール」は、これはもしかしたら間違っているかもしれないからできるだけ隠しておいて別の話題に持っていこう的な、なげやりというか逃げの姿勢が見える。あるいは、よくわからないから適当に濁しておけという無関心という方が近いかもしれない。そのため、その手の間違い探しが、ある程度の関心を誘っても、それが充分な魅力となるまでは行っていない。どうせやるなら徹底して間違って欲しかったと思ってしまうのだ。しかし、横になった大仏が半分からぱっくり割れるとそこからなにやら怪しげなクリプトナイトのようなものが現れるという演出は、ちょっと意外で面白かった。横になって腕枕しているような大仏だとか、それが腹から半分に割れるなんて発想は、アジア人ではまずできまい。


主人公のヘヴンを演じるジェイミー・チャンも、正直日本人の目から見るとまったく日本人には見えないし、さらに本音を言うと、もうちょっと可愛い子はいなかったのかとも思ってしまう。実は最初彼女を見た時は、てっきりディズニーの「スイート・ライフ (The Suite Life of Zack & Cody)」に出ており、カンフーTV映画「ウェンディ・ウー (Wendy Wu)」では主演もしているブレンダ・ソンだとばかり思っていた。結構似ていると思う。どうやらあの系統の顔をエキゾティックで魅力的と感じるアメリカ人は多いようだ。今回のチャンの起用はそのことを証明している気がする。


またチャンを起用したことで、いくら番組が日本ぽくなくなったかという間違い探し的楽しみを提供していることも確かではある。しかもチャンは来年公開の実写版「ドラゴンボール」にほとんど準主役級のチチ役で出演することも決まっている。ここはひとまずチャン起用の是非には目をつぶり、日本人の振りをしたアメリカ人チャンの活躍を楽しむのが先決なんだろう。







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サムライ・ガール   ★★

 
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