No Country for Old Men   ノーカントリー    (2007年12月)

テキサスでトレイラー暮らしのルウェリン (ジョシュ・ブローリン) は、狩猟の最中、ドラッグの密輸一味が取り引きの最中に殺戮戦となり、大量のドラッグと大金を残したまま全員憤死している現場に遭遇する。ルウェリンは金を入ったトランクをつかむとその場を後にするが、当然、密輸一味は彼の後を追う。そしてその中でも最も凄腕で情け容赦ない男シュガー (ハビエル・バルデム) は、執拗に、そして確実に、ルウェリンへ近づいていた‥‥


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時たま予告編を見た瞬間からこれは傑作に違いないと確信する作品に出会うことがあるが、「ノーカントリー」は今夏どこぞの映画館で予告編を見た時から、こいつは面白そうだ、コーエン兄弟、傑作間違いなし、と公開を心待ちにしていた。予告編からだけでも感じられたぞくぞくとする緊張感は、デイヴィッド・クローネンバーグの「ヒストリー・オブ・バイオレンス」を彷彿とさせた。


「ヒストリー・オブ・バイオレンス」は同名のグラフィック・ノヴェルを原作としていたが、「ノーカントリー」はコーマック・マッカーシーの小説 (邦題「血と暴力の国」) の映像化だ。テキサスで妻カーラと二人トレイラー住まいをしているルウェリンは、ハンティングの途中で、ドラッグの密輸取引中に銃撃戦となって双方全員死亡したと思われる現場に遭遇する。ルウェリンはその金を持ってトレイラーに戻り、カーラを実家に戻し、自分はほとぼりが冷めるまでモーテルを転々とする。


しかしその金の中には発信器が埋め込まれており、獲物は絶対に逃がさない恐るべき執念深さを持つ殺し屋シュガーが、執拗にその後を追っていた。猟犬さながらの嗅覚を持つシュガーは、着実にルウェリンとの差を詰めてきていた。一方、既に老域にさしかかっている保安官のエドが事件を捜査する。酸素ボンベを持ち、徹底して容赦ない殺し屋シュガーのことは、エドの耳にも届いていた。とはいえ妻にも居場所を知らせないためルウェリンの居所がつかめないエドは、常に後手に回らざるを得なかった‥‥


たぶん主人公はジョシュ・ブローリン演じる逃げるルウェリンということになるかと思うが、映画を見た後で人が覚えているのは、何はともあれ不気味な殺し屋シュガーを演じるハビエル・バルデムだろう。自分だけの理屈で動く酸素ボンベを担いだ殺し屋という世にも恐ろしい殺し屋の造形に成功しており、ちょっとこの薄気味悪さは尋常じゃない。何の関係もない一般市民がちょっとそこに立ってくれと言われてそのまま額にボンベ・ガンを突きつけられて殺されたり、いきなり勝手に自分の命を賭けたコイン・トスで表裏の選択を強制させられる。こんな理不尽なことがあるか。そういう殺し屋が、いったん物事を始めたら絶対に途中でやめない徹底した執念深さである男を追う。これは怖い。


こちらの理屈が向こうに通用せず、しかもやたらと強い相手がこちらの命を狙って追ってきており、自分が怪我しようがとにかくその任務の遂行を途中でやめようとは絶対にしないという空恐ろしいシチュエイションで思い出すのは、これは実は「ターミネイター」に他ならない。「ターミネイター」がよくできたアクションであるのと同時にホラーでもあったのは、なによりも相手とコミュニケイションが成立しないという点にあった。話が通じないから情も通じず賄賂も効かず、捕まったら殺されるしかない。そして同時に、それはずれたおかしみすら生む。「ターミネイター」でも今回も、見ている時は怖いは怖いのだが、追っ手があまりにも生真面目に任務を遂行しようとするので、思わず捻った笑いをもたらすのだ。


「ノーカントリー」では特にまじめな役者という印象の強いバルデムが殺し屋を演じているので、その、怖い、と、おかしい、という感情のぶれが高いところで揺れる。バルデムは、これまで演じてきた作品で最も知られているのは、アカデミー賞にもノミネートされた「海を飛ぶ夢 (The Sea Inside)」だろう。「夜になるまえに (Before Night Falls)」を挙げる者もいるかもしれないが、決して殺す側に回った「コラテラル (Collateral)」ではないはずだ。こないだエンタテインメント・ウィークリーをぱらぱらとめくっていたらバルデムのインタヴュウが目に止まり、普通は作品を見る前に関係インタヴュウや評を仔細に読むことなどめったにないんだが、この時ばかりは読んでしまった。


バルデム自身、それまでの役柄と今回の殺し屋のオファーとのギャップを不思議に思ったそうで、コーエン兄弟に私は英語もうまくないし全然ヴァイオレントな人間じゃないし、なんでこういう役がオフォーされるのかまったくわからないと言ったら、コーエン兄弟は笑って、だからオファーするんだと言ったそうだ。まるで禅問答だが、なんだかわかる気がする。それに、確かに「ダンス・オブ・テロリスト (The Dancer Upstairs)」では、バルデムの英語はほとんどなんと言っているか聞き取れなかったが (もちろん当時の私の英語力もあるが)、今回ははっきりと何言っているかわかる。というか、全然違和感を感じさせない。それほどセリフが多いわけではないとはいえ、それでもドラッグ・ストアでの店の親父との会話なんて、その感情を排したようなしゃべり方が逆に怖さを倍増させる。バルデム起用は見事に決まっていると言える。


シュガーは執拗にルウェリンを追い込んでいくのだが、窮鼠猫を噛む例え通り、ルウェリンの反撃に遭い、怪我をする。もう、ほとんど全身機械のターミネイターという印象だったシュガーが怪我をして血を出すという、それだけでびっくりする。人間だったのか、お前。当然彼は病院なぞには行かず自分自身で手当をするのだが、これがまた「シューター」で怪我しながら逃げたマーク・ウォールバーグみたいで、びっこ引いているから痛いんだろうが、おまえらほんとに痛みを感じているのかと言いたくなる。特に幕切れ間近の怪我は、普通の人間なら痛みに耐えきれまい。ところで怪我というと、主要人物の二人、ルウェリンとシュガーは、怪我している時にたまたま近くにいたティーンエイジャーの男の子たちから少し助けを借りるのだが、なんか、これだけ見事に頭の悪そうなティーンエイジャーを描けるのはコーエン兄弟くらいしかいまいと思ってしまった。


コーエン兄弟はオフ・ビートのユーモアを醸し出す脱力ユーモア系と、シリアスなスタイリッシュ暗黒系みたいな作品をだいたい一定の頻度で撮っているのだが、その両方でコーエン兄弟しか撮れまいと思える作品をものにしているのはさすがとしか言いようがない。つい最近では「パリ、ジュテーム」でスティーヴ・ブシェミを起用したユーモア系を撮っていたのも記憶に新しく、その前も「レディ・キラーズ」、「ディボース・ショウ (Intolerable Cruelty)」と、2001年のシリアス系の「バーバー (The Man Who Wasn't There)」以降、ユーモア系が続いた。「バーバー」以前もまたユーモア系が何本か続いているから、だいたい比率としてはユーモア系3に対してシリアス系1といったところか。たぶん両方撮るバランスが必要なんだろう。リドリー・スコットですらアクション系ばかり撮っているわけではないし。


スコットの名前を出したので思い出したが、出演者はバルデムのことばかり先に書いてしまったけれども、一応主人公は最近スコットの「アメリカン・ギャングスター」にも出ていたジョシュ・ブローリンだろう。「ギャングスター」では麻薬の売人から金をくすねとる悪徳刑事、ここでは死んでしまった麻薬の売人から金をくすねる男と、モラル的に堕した男の役が続く。しかしその両方でそれまでの役得なぞ帳消しになるような結末が待っている。特に「ノーカントリー」では、シュガーみたいな男に追われるくらいなら金なんかいらないと誰だって思うに違いない。


シュガーを追う刑事エドに扮するのがトミー・リー・ジョーンズで、彼もまた最近の「イン・ザ・ヴァリー・オブ・エラ」に続いて執拗に一つの事件を追うという役柄。「エラ」では退役軍人、こちらでは引退間近の保安官だが、背負っているものはまったく同じと言ってしまって差し支えあるまい。しかしこの人はこういう役をやらせるとはまる。ルウェリンの妻カーラを演じているのがケリー・マクドナルド。TV映画の「ある日、ダウニング街で (The Girl in the Cafe)」が非常に高評価を得たために一躍名が売れた。ケイト・ウィンスレットと役柄や印象がダブるところがあり、それで損しているという印象がある。今回彼女の経歴を調べていて、そのウィンスレットと「ネバーランド」で共演していたのに気づいた。でも、あれで演じていたのはピーターパンだからな。共演というにはちょっと。


毎年、年の後半になるとアカデミー賞を意識した自信作、受けのいい作品とかが連続して公開されたりするが、今年は夏の終わり頃から基本的にアクション作品のくせして質も高い非常にできのいい作品が目白押しで公開されている。9月の「3:10 トゥ・ユマ」以降、ほとんどはずれなしという感じで、これだけ粒揃いの作品が連続して公開されているという感触を受けることなぞほとんどない。その中でも、今んところ今年の私のイチ押しは「マイケル・クレイトン」だったんだが、やはりというか当然というか、「ノーカントリー」は「クレイトン」と堂々タメを張る。それに予告編から予想するに、たぶんこれにポール・トーマス・アンダーソンの「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」を加えた3本が今年を代表する3本になるという予感が大いにするのだが、いや、それにしても最近公開されている作品って、レヴェル高い。







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