ダン (クリスチャン・ベイル) は妻アリス (グレッチェン・モル) と二人の息子を抱える小さな牧場主だが、それも荒らされ、早急に金が必要だった。そんな時、村に現れたお尋ね者のベン (ラッセル・クロウ) が逮捕される。彼の仲間がベンの奪回に現れることが懸念されたため、ダンはベンの護送に報酬として約束された200ドル欲しさに、自ら護送役を志願する‥‥


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標題の「3:10 トゥ・ユマ」とはまったく話は違うのだが、TVでフランソワ・ジラール監督、キラ・ナイトリー、マイケル・ピット主演の「シルク (Silk)」の予告編をしていて、なんでも19世紀日本が多く舞台を占めるらしい。それで気になってちょっと調べてみたら、予告編には登場しなかったものの、役所広司が出ている。


現在、日本の男優三羽烏といえば渡辺謙、真田広之、役所広司の3人を指すことに異議がある者はいないと思うが、なかでもほとんど英語をしゃべるわけでもないのに世界の演出家から起用され続ける役所という存在は異彩を放っている。「シルク」も日本が舞台であることからして、きっとまた役所はたとえナイトリー相手でも英語をしゃべらずに通すに違いない。まったく不思議な俳優だ。


私の印象では、ほとんど自国語くらいしかしゃべれないのに他国の演出家からの出演依頼が途切れない俳優として、かなり役所とガエル・ガルシア・ベルナルが被る。ベルナルはスペイン語しかしゃべれないわりにはそれでも南米やヨーロッパのスペイン語圏からオファーが次々と舞い込んでいるようだし、ほとんど片言の英語やフランス語をしゃべってフランスのミシェル・ゴンドリーの「恋愛睡眠のすすめ (The Science of Sleep)」なんかに出ていた。これは「天国の口、終りの楽園 (Y Tutu Mama Tambien)」で共演したディエゴ・ルナが、その後ハリウッドの要請に応えてアメリカに来たはいいものの、結局あまり芽が出ていないのと逆だ。自国に留まり続けることで、ベルナルと役所は逆に世界の主要な演出家から注目されている俳優として存在価値を見出している。


いずれにしてもそんなわけで俄然「シルク」にも興味が湧いてきたのだが、さらに調べると、これがまったく誉められていない。というか、ほとんどどこでも積極的に貶されている。とにかく私が目にした限りのレヴュウではCより上の評価を下している媒体が一つもなく、ただいたずらに時間を費やしている、みたいな評価ばかりだった。


私は普通、最初から見ようと思っている作品の評価を先に読むことはあまりなく、よく知らない作品だからこそちょっとは知識を仕入れようと思って評を読んだりするのだが、やはりこれでは見る気をなくす。旬のナイトリーよりもまたまた自分自身を演じながら時代や国境を軽く飛び越える役所の方にこそ興味を惹かれていたのだが、うーん、これでは他に見たい作品が続々と公開されるこの時期では、どうしても後回しにせざるを得ない。配給は、と見るとニュー・ラインか。そうすると1年後にHBOで放送か。それを待つか。


さて、「3:10 トゥ・ユマ」だが、久しぶりに西部劇が製作されているな、しかも主演はラッセル・クロウとクリスチャン・ベイルという実力派同士、特にベイルは旬だ。などと思っていたら、ほとんど時を同じくしてブラッド・ピット主演の西部劇「ジ・アサシネーション・オブ・ジェシ・ジェイムズ・バイ・ザ・カワード・ロバート・フォード (The Assassination of Jesse James by the Coward Robert Ford)」も公開される。不思議とこういうのって、重なる時は重なる。しかもこちらは「シルク」と違って両方とも評がいい。いずれにしても、では、まずは「ユマ」から見るか、と劇場に足を運ぶ。


主人公の二人を演じるのがベイルとクロウで、ベイルが演じるのが小心者で善人の一牧場主ダン、クロウが演じるのがお尋ね者の早撃ちガン・マンのベンだ。ベンは酒場の女の元に長居しすぎたために追っ手に捕まるが、手下のチャーリーを筆頭とする一味は、虎視眈々とベン奪回の機会を窺う。ベンに司法の裁きを受けさせるためには、近くの町の駅までベンを送り届け、ユマ行きの3時10分発の列車に乗せなければならない。そこで牧場を襲われたばかりで、早急に200ドルという報酬が欲しいダンがその役を自ら買って出る。しかしもちろんその道中は簡単なものではなかった‥‥


主人公を演じるベイルがイギリス人、クロウがオーストラリア人ということで、うーん、アメリカの魂の拠り所とする西部劇とするには、ちょっと国際的過ぎるかなあ、特にクロウがいるため、昨年のオーストラリア製西部劇の「ザ・プロポジション」を思い出してしまう。これは是非ともアメリカ人で西部劇を演じることのできる俳優、サム・シェパードかハリー・ディーン・スタントンかピーター・フォンダあたりを登場させてぴりりとわさびを利かせてもらいたいところだなあ、ドイツ人のヴィム・ヴェンダースだって「アメリカ,家族のいる風景 (Don't Come Knocking)」でシェパードを起用していたんだ、ここは演出のジェイムズ・マンゴールドにもそれくらいの気配りは当然要求したいところだ、なんて思いながら見ていたら、そのフォンダがちゃんと顔を出した。この辺の伝統がハリウッドだと感心する。


基本的にベンは悪人、ダンが善人という色分けなのだが、もちろんそうは簡単には事は運ばない。だいたい、よくできた西部劇ほど勧善懲悪ものに見えて実はその境界は限りなく曖昧だ。見ていると善と悪、追う者追われる者すらいつの間にか逆転してしまったりする。ダンとその他の者たちはベンを護送する任務を負うとはいえ、所詮は戦うことに関しては素人だ。人を殺したことなど一度もないどころか、これまで野宿の経験すらしたことはないだろうと思える鉄道会社の男などが、いつ襲われるかとびくびくしながら荒野を旅するのだ。たった数日の行程とはいえ荷が重過ぎる。案の定、最初はあんなにベンをバカにしていたタッカー (デイヴ・マシュウズそっくり) なんかあっという間にやられてしまうし、インディアンが襲ってきたらベンに助けてもらう始末なのだ。こんなんでダンたちは無事ベンをユマ行きの護送列車に乗せることができるのか。


ベイルはとにかく役に入れこんで、なり切ってマジに演じるタイプの役者なのだが、ここでもそういう姿勢と役柄がうまくはまっている。一方のクロウは、悪役でありながらカリスマを持ち、芸術を解し、意気に感じる憎めないタイプの人間を演じている。悪役で、実際に本当に悪どいことをやっていながら、それでも好感を持たずにいられないという男をこれくらい見事に演じきれる役者もそんなにはいないだろう。改めて力のある役者なんだなと思う。特にクライマックスにクロウのとる行動は、ダンの視点と仲間のチャーリーたちの視点のどちらから見るかによってまったく意味とモラルが逆転するが、それでも爽快感を残すところはさすが。


そのチャーリーを演じているのが、「X-メン3」でひとりぼっちのエンジェルを演じていたベン・フォスターで、一途にベンを慕う一方で残虐という両面性が非常によく出ていて彼もいい。あっと思ったのがダンの長男ウィリアムに扮するローガン・ラーマンで、まったく見たことないと思っていたのに、調べてみたら4年前にその年のTV映画として最高の視聴率を獲得したCBSのジョン・グリシャム原作の「ア・ペインテッド・ハウス (A Painted House)」で、事実上主人公の少年を演じていた彼だった。このくらいの歳の子は2、3年見ないとほんとにいきなり顔が変わる。ついでにいうとダンの妻アリスを演じたグレッチェン・モルは、こちらは昨シーズン最も高い視聴率を獲得したこれまたCBSのTV映画「ザ・ヴァリー・オブ・ライト (The Valley of Light)」で、今回と似たような貞淑な妻みたいな役を演じていた。これまたよく似合っている。


この作品、家に帰ってからIMDBで出演者等をチェックしていて初めてリメイクだったことを知った。なんだ、オリジナル作品ではなかったのか。オリジナルの「決断の3時10分」では、ベンを演じたのがグレン・フォード、ダンをヴァン・ヘフリンが演じている。しかも原作はエルモア・レナードで,だからこそこういうモラル的には灰色な話になったのかと納得がいく。いずれにしてもこういう男男した世界を描いているために、ここではほとんど女性とインディアンが刺身のツマ的な役割しか与えられていない。これは当然原作がそうだからだろうが、現代的に脚色し直すことをほとんど考えなかったと思える。


要するに、この作品はそういうフェミニズムやポリティカリー・コレクトな描写に敏感な近年の潮流にうんざりしている一部の人間が、思い切りアンチ・フェミニズム、ポリティカリー・インコレクトな世界を構築したいがために製作したんじゃないかと思えてしまう。登場人物のほとんどが犬死にしてしまう上に、これだけモラル的には曖昧な話を見て爽快な気分になってしまうのだ。それともこれを見て単に何がなんだかよくわからなくて頭をひねるだけの者の方が多いのだろうか。果たして正義は勝ったのかそれとも悪が逃げおおせたのかあるいはそんなことを考えることに意味はないのか。実はよくはわからない。このでたらめさというか価値観の崩壊がこの作品を見る醍醐味だとひとまず言っておこう。







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3:10 to Yuma   3時10分、決断のとき (スリー・テン・トゥ・ユマ)  (2007年9月)

 
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