海軍狙撃兵のボブ・スワッガー (マーク・ウォールバーグ) は一流の腕を持ちながらもアフリカで相棒を亡くしたことから軍を辞め、コロラドの山奥で犬と一緒に暮らしていた。そこにジョンソン (ダニー・グローヴァー) と名乗る政府高官が現れる。ペンシルヴァニアで行われる大統領演説で大統領の命が狙われる可能性が高く、スワッガーの力を借りたいというのだ。渋々重い腰を上げるスワッガーだったが、ジョンソンらには別の本当の考えがあった‥‥


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なんやかやいいつつもマーク・ウォールバーグは、アイドルからハリウッド・スターへと最もうまくキャリアの乗り換えに成功した人間だろう。ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックという、一時圧倒的人気のあったボーイズ・グループに在籍していたものの、歌というよりは見場とダンスの方だけで注目されていたウォールバーグは、やがてグループから離れてケチな犯罪に手を染め刑務所入りすらする。それが今ではハリウッドのトップ・ランクのスターだ。


むしろ顔以外では歌も演技も上だと思われる兄のドニー・ウォールバーグが、やはり弟同様俳優の道を目指し、実際にかなりの演技を見せて批評家から誉められていたりするのになぜだか芽が出ないのを見ると、当然努力して日々精進しているだろうとはいえ、マークはツキにも恵まれていると言える。確かに昨年の「ディパーテッド」のマークのできはすばらしく、素直にオスカー・ノミネートを喜べたが、たぶん、アイドルがここまで見事にアクション・スターとして成功した例は、長いハリウッドの歴史でもほとんどないのではないか。たぶん、一時「U-571」等で俳優を本気で考えていたように見えるジョン・ボン・ジョヴィが思い描いていたものこそ、現在マーク・ウォールバーグが達成しつつあるキャリアなのだと思う。


そのウォールバーグの最新作「ザ・シューター」は、スティーヴン・ハンターのベストセラー「極大射程 (Point of Impact)」の映像化だ。もちろんウォールバーグが扮するのは、主人公の元狙撃兵ボブ・スワッガーである。狙撃兵として名を馳せたスワッガーだが、アフリカでほとんど上官の裏切りにより相棒を失い、スワッガー自身も軍を辞める。今は山奥で犬と一緒の隠遁生活を送るスワッガーは、大統領暗殺を阻止するために再び駆り出されるのだが、それもまた大きな陰謀の一幕に過ぎなかった‥‥というのが大まかなストーリーだ。


私は原作は読んでないが、実は原作はかなりの部分を銃描写に費やしており、スワッガーの狙撃シーンが醍醐味の一つらしい。しかし映画としてはスワッガーの狙撃シーン自体は冒頭と、スワッガーが新しい任務を引き受けるまでの最初の10分でほぼ終わってしまう。その後ははめられたスワッガーが反撃に転じるアクションへと移行するため、もちろんスワッガーが銃を扱うシーンはその後も何度も出てくるが、それは近距離からの射撃、連射であり、遠くからスコープの中に対象をとらえ、軍行動では必ず風向きや湿度を読んで狙撃手に教える相棒と組で行動し、一か所に陣取って待機する時の方が多い、ストイックな長距離の狙撃の魅力という点では、後半は物足りないと言えるかもしれない。


一方、はめられたスワッガーが撃たれ、それでも必死にサヴァイヴァルの限りを尽くして逃げる前半の見せ場はかなり面白いのは確かだ。塩と水で簡易点滴を製作し、自分の腕にぶちさして体力の回復を図るとか、医者を呼べないために元相棒の妻のところに転がり込み、そこで弾を抜くための手術の麻酔の代わりに缶入りのホイップ・クリームを大量に飲み込んで昏睡する、なんてのは、本当にできるかどうかは別として面白かった。たぶんできるんだろう。もしかしたら軍のサヴァイヴァル・マニュアルにちゃんと書いてあるのかもしれない。


しかし内容たっぷりの分厚い本を2時間に詰め込むために色んなところを端折っているのだろう、特に後半は突っ込みどころが多く、アクションそのものはおいといて、なぜいきなりこういう展開になるのかよくわからないという印象を受けるところが多々ある。見せ場を強調するために、かなり強引に話が飛ぶという印象を受けるのだ。一緒に見に行った女房も、前半は結構面白かったんだけどねえと言っていたところをみると、たぶんそれがごく一般的な感想だろう。後半の山場の一つであろう雪山での狙撃シーンも、そこがシューターとしてのスワッガーの実力を見せるなかなかエキサイティングなシーンであることを認めつつも、しかしねえ、なんでいきなり雪山なの、相手はいいよ、ヘリコプター使ってんだからさ。でも、かなり標高高そうなのにどうやってあんたたちそこまで登ったの、007シリーズ見てんじゃないんだから、もうちょっと話の展開に説得力が欲しいかな、やっぱりと思ってしまう。


出ずっぱりのウォールバーグをサポートするのが、落ちこぼれFBIエージェント、メンフィスで、マイケル・ピーナが演じている。最初から最後までスーパー・シリアスなスワッガーと対照的な抜けたFBIエージェントという役どころで、悪くない。もう一人スワッガーを助けるサラを演じるのが、「ブロークバック・マウンテン」でミシェル・ウィリアムズ演じたアルマの若い頃に扮していたケイト・マラ。メンフィスの上司ガリンドに「ザ・プラクティス」のローナ・ミトラ。「ドリームガールズ」に続いてダニー・グローヴァーがまた結構おいしい役どころで出ている。


結局「シューター」は、単純にアクションを楽しむための作品と断言してしまってよかろう。多少の強引さに目をつむれば結構楽しめる。実際、こちらもそれを目的でスカッとするアクションを見るためにわざわざ劇場に足を運んでんだから、ちゃんと元はとっていると言える。演出のアントワン・フクワは、いつの間にやらハリウッドでもトップ・ランクのアクション演出家として定着したようだ。


一つ気になるのが、原題の「シューター」を、わざわざ「ザ・シューター」としている邦題で、ま、シューターってったらスワッガーを指すわけだし、ザ・シューターである理由はわからんではない。が、しかし、わざわざ日本語でうざい定冠詞を持ってきてまでザ・シューターにする必要はいったいどこにあったのかと思わざるを得ない。だいたい、the とか a/an とか、定冠詞/不定冠詞がどう見ても必要であるという時でも日本語にしたら消えてしまっている場合の多い邦題で、わざわざ大きく「ザ・シューター」とするこの見得は、なんか歌舞伎である。


実際、内容がシューターの八面六臂の活躍を描く大見得の連続であるわけだから、その点ではわからないわけではない。しかし、オリジナルの一般名詞では、政府に利用されるコマとしてしか扱われない、名前のない一シューターが一人で政府に立ち向かうという含みがあるはずの原題が、これでは日本版ではスワッガーが現れた途端、見得切りまくりの歌舞伎になる。時々邦題をつける人のセンスってとっても不思議。50代以上のセンスと邪推するのだが。







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Shooter    ザ・シューター/極大射程  (2007年3月)

 
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