The Departed   ディパーテッド   (2006年10月)

ボストン。子供の頃からギャングのボス、フランク (ジャック・ニコルソン) の下で働いていたコリン (マット・デイモン) は、警察学校を卒業し、警察内部からフランクに情報を流していた。一方、不正をしでかした警官の父を持つビリー (レオナルド・ディカプリオ) は、フランクの組織の内部に潜入する囮捜査を命じられる。両方に獅子身中の虫がいることは徐々に誰の目にも明らかになり、二人に対する包囲網は次第に狭められる‥‥


_____________________________________________________________________


実はつい最近まで、マーティン・スコセッシの新作「ディパーテッド」が、香港映画「インファナル・アフェア (Infernal Affairs)」のリメイクだということを知らなかった。またまたディカプリオに今度はマット・デイモン、さらにジャック・ニコルソンまで現れる予告編を見ただけで、今回のスコセッシは「アビエイター」よりも面白そうだと思っていたら、ある時読んでいたUSAトゥデイで「ディパーテッド」の新旧比較みたいなことをやっていて、そこで初めて、「ディパーテッド」がリメイクだったことを知った。


ヴァイオレンス描写においてはほとんど世界の第一人者みたいな印象のあるスコセッシが、よりにもよってそのアクションやヴァイオレンス描写で知られる香港映画のリメイクを撮る。最初は驚いたが、しかし、考えたらスコセッシはなにも、いつもオリジナル作品ばかりを撮っていたわけではない。「ケープ・フィアー」というリメイクだって撮ってるし、「ハスラー2」も到底オリジナルとは呼べないだろう。本人がリメイクを撮ることを別に気にしておらず、それをさらによいものにできるという確信があるのならそれもいいか。


とはいえ、「ケープ・フィアー」がところどころ見るべき箇所があったとはいえ、オリジナルを超えられなかったのは誰の目にも明らかだ。筋肉ムキムキで車の下にへばりつくデ・ニーロは既に戯画化が過ぎてお笑いの世界に突入しており、あれはスコセッシにとってもデ・ニーロにとっても忘れた方がいい作品としか思えなかった。「ディパーテッド」だって予告編が面白そうだから見ようという気になったが、仮にもスコセッシにこれ以上リメイクに手を出してもらいたくはないという気はする。


一方、「インファナル・アフェア」は昨年だか一昨年だかニューヨークでも公開されており、それなりに話題になった。評判は聞いていたので私も見たいと思っていたのだが、マンハッタンでの単館上映のまま私の住むクイーンズにはやって来ず、結局見逃していた。主演の二人、ヴェテランのトニー・レオンはともかく、もう一人のアンディ・ラウはその後「Lovers (House of Flying Daggers)」で初めて知ったのだが、世界的には既にその2年前の「インファナル・アフェア」で認められている。そうか、そのリメイクが「ディパーテッド」だったのか。


実際、アメリカナイズされ、スコセッシが演出していようとも、たぶんオリジナルのストーリーにそれほど手を入れてないと思われる展開は、いかにも香港アクション映画を彷彿とさせる。コリンは幼い時からギャングのボスの子飼いのような立場にいるため、そのことを少なくともいくらかの時間を割いて描かざるを得ないわけだが、一方のビリーの方は、父親が汚職警官ということは、初めてスクリーンに登場した時に上司のエラービー (アレック・ボールドウィン) とディグナン (マーク・ウォールバーグ) の口からマシンガンのような早口で罵倒されることからそうと知れるだけで、絵としてはまったく描かれない。


もっとも、私生活が描かれないという点では、コリンもビリーも私生活がそれほど描かれるわけではない。しかし、特にビリーの私生活は、過去も現在も徹底して削除されている。少なくとも今現在、コリンはどこに住んでどんな生活をしているかは描かれるのだが、ビリーは途中何度も家に帰るというセリフを口にするくせに、結局どこでどんな生活をしているかはまったく描かれない。ビリーの私生活は、コリンの恋人でもあるマドリン (ヴェラ・ファミーガ) と一緒にいる時だけであり、マドリンが主要登場人物の一人である以上、それはビリーだけの私生活とは言い難い。


そのことは当然、アンダーカヴァーとして自分自身というものを殺して生きているビリーの謎めいた点を強調する働きがあり、彼がまったく描かれない「家」のことは口にすればするほど、逆に彼の孤独が浮き彫りになる。そして恋人と一緒に住んでいるコリンも、最も大事な電話はわざわざ部屋の中からヴェランダに出て、誰にも聞かれないようにして受けなければならない。コリンも孤独ではないとはまったく言えないが、それともやはり、夜ベッドでそばに人の温もりがある方が少しはましというものか。いずれにしても、ほとんど誇張、戯画化されているとすら感ぜられるこのようなキャラクター設定は、いかにも香港アクション映画的だ。



注: 以下ネタバレです。


さらに「ディパーテッド」が香港映画の焼き直しということが最もあからさまに感ぜられるのが、クライマックスでのビリーとコリンが一対一で対峙するシーンで、結局第三者が関係しているところだろう。普通、正統的なアメリカ的アクション映画の場合、クライマックスで主人公が一対一で対峙する場合、そこに第三者が介在する余地はない。必ずしもそこに第三者がいないというわけではなく、第三者ではない主要キャラクターが絡む場合もあるが、イメージとしては話の中心はいつでも主人公にある。それがヒーローというものだから当然だ。


ところが香港映画の場合、端的に言ってジョン・ウーが確立したアクション映画では、多く主要登場人物が3人以上おり、そこで対決のシーンでは三すくみになる場合が往々にしてあった。力の向かう方向がお互いに向き合ってなく一定していないから、それからどうなるかわからないという面白さを提供したのがウーの諸作だったわけで、今回のクライマックスのエレヴェイタのシーンで、ちゃんと伏線は張られていたとはいえ、いきなりそれまで忘れ去られていたキャラクターが話の流れを大きく変えるという展開は、いかにも香港映画という感じがした。


ところで「ディパーテッド」では、舞台はボストンに設定されている。ショウタイムの「ブラザーフッド」を見た後だと、これはいかにもという感じがする。「ブラザーフッド」はロード・アイランドを舞台に政治家の弟、ギャングの兄を描くドラマだが、ボストンに実在したギャング-政治家の兄弟という実話を基にしている。さらに実際にボストン出身でボストンを舞台とした「グッド・ウィル・ハンティング」で注目されたマット・デイモンが、ボストンという舞台に馴染む。「ディパーテッド」のような世界もありそうな気がするのだ。


デイモンは、彼がこんなにやれるようになるとはまったく思っていなかっただけに嬉しい驚きだが、彼だけでなく、今やスコセッシ映画の常連となったディカプリオもむろん頑張っている。ディカプリオはようやっと顔が大人になってきたため、ますます色々な役がこなせるようになってきた。今の方がどうしても老け役に無理があった「アビエイター」をもっとうまくやれるだろうにと思うが、彼は今後もさらに飛躍が期待できる。ニコルソンは、スコセッシと組むのはこれが初めてというのが意外。何をやってもニコルソン色にしてしまうが、やはりそれとがっぷり四つに組むにはスコセッシくらい持って来ないと。


脇も皆すべてできがよく、アレック・ボールドウィンもマーク・ウォールバーグもレイ・ウィンストンもマーティン・シーンも全員はまっており、この中の誰がアカデミー助演賞をもらっても驚かない。これだけツボにはまったと感じさせるところを見ると、よほどスコセッシと題材がマッチしたんだろう。「ケープ・フィアー」で失敗したリメイクの借りをここで返したという感じだ。紅一点のヴェラ・ファーミガは、これはもう、好演したしないという以前に得したと言うしかない。デイモンからもディカプリオからも惚れられるし二人とベッドを共にする。女の子から妬まれるんじゃない?


とまあ、スコセッシ会心のできと思わせた「ディパーテッド」、うちの女房は私より痛く思うところあったと見えて、映画を見て帰ってきてから色々とレヴュウや特集記事を調べ始めた。彼女がそういうことをするのは今春の「ブロークバック・マウンテン」を見た時以来で、要するに彼女にとってはそれ以来のヒットということなんだろう。それはいいんだが、その彼女が言うには、実は「ディパーテッド」を見た者は大概が誉めているわけだが、「インファナル・アフェア」も見ている者は、オリジナルの方がいいと言っているらしい。


ありがちな話とはいえ、やはり気になる。それでうちらもオリジナルを見てみようということになった。昔「バニラ・スカイ」を見てそれなりに面白いと思ったのに、オリジナルを見たらやはりそちらの方がよかったというのは、確かにあった。というわけでいきなり郵送レンタルDVDのネットフリックスのメンバーになって、最初の回の無料特典を利用して「インファナル・アフェア」のレンタルを申し込んだところだ。届くのが待ち遠しい。



追記: 2006年11月


注: 以下思い切りネタバレです。


オリジナルの「インファナル・アフェア」を見た。結論から先に言うと、どちらも面白い。「アフェア」では「ディパーテッド」では描かれたラウ/デイモンの子供自体の描写はないが、成長してからの時間のスパンは「アフェア」の方が長く、主人公の二人が警察学校時代と働き出してから違う役者が演じているため、最初、ちょっと戸惑った。警察学校時代は少しくらい無理があってもラウとレオンに若作りして本人たちに演じてもらった方がよかったと思う。


一方、明らかに「アフェア」の方がよかったと思えるのが、レオンの上司 (「ディパーテッド」でマーティン・シーン」が演じる役) が殺されるところからラウが携帯で電話をかけてレオンと初めてコミュニケートし、レオンの仲間が殺されるところくらいまでの緊張感溢れるシークエンスで、要するにオリジナルではタクシーの上に人が落ちてくる印象的なショットを除き、ヴァイオレンスは後ろに隠れている時の方が緊張感が盛り上がり、できがよいという印象を受けた。主人公二人は、実はオーディオ・ショップで一度、客と従業員という立場で顔を合わせているのだが、「ディパーテッド」にはないそのシーンもよかった。そこで聴く音楽がチャイニーズの流行歌でなければもっとよかったのに。


「アフェア」と「ディパーテッド」の配役の上での最も大きな違いは、「ディパーテッド」ではファーミガ一人が演じた主人公二人の恋人役が、「アフェア」では別人の女優が演じているところにあろう。とはいえ、どちらかが特にいいというわけでもない。ただし、「アフェア」ではその二人の女優の印象が似通っていたため、「ディパーテッド」を先に見た私たち夫婦は、「アフェア」を見ながら、同じ女優が両方演じていると途中まで私たち二人ともカン違いしていた。


それよりも作品としても最も大きな違いを生んでいるのは、「ディパーテッド」には、「アフェア」にはないマーク・ウォールバーグの役が新しく付加されていることにある。そのため、「アフェア」ではラウはたぶん更生して生き続けるが、『ディパーテッド」でのデイモンはウォールバーグに撃ち殺される。スコセッシは裏切り者を生き延びさせることを認めなかったのだ。この幕切れの違いが、作品としての印象をまったく違うものにしている。とはいえ、それが作品としてどちらが上かということを示すものではない。


「アフェア」のDVDでは、最後にエレヴェイタを降りてきたラウが、それまでの数々の行いがバレて、逮捕されるというシーンで終わるというもう一つの幕切れも収められていた。要するにレオンがCDに録音していたラウの会話が警察上部にも届けられていたからだが、その方が作品の進行としては最もしっくり来る。わざわざレオンがCDに会話を録音しておくくらいの慎重さを持っていたならば、当然保険としてデュープを作り、それを別のところに保管するなり、いざという時にはそれが誰かに届けられるよう手配するのは当然のはずだ。


「ディパーテッド」で最も違和感のあったのがそのCDの見せ方であり、たぶんディカプリオが作成した予備のCDはウォールバーグに届けられ、それですべてを察したウォールバーグがデイモンを射殺した、という筋書きが最もそれらしいと思う。しかし、ウォールバーグがCDを受けとったという描写がどこにもなかったため、いきなりデイモンを撃ち殺すウォールバーグの行動に説得力がない。ただの嫉妬からデイモンを射殺したという印象を受けやすくなっている。この辺はもうちょっと描き込まれていてもよかった。 







< previous                                      HOME

 
inserted by FC2 system