NYの弁護士事務所で主にその業務内容からこぼれ落ちる半端な仕事を処理するフィクサーとして働くマイケル (ジョージ・クルーニー) は、私生活では妻と離婚、地下ギャンブルにはまり借金が嵩み、手を出したレストラン事業には失敗、息子にとってもどう見ても理想的な父とは言えなかった。一方、巨大企業ユー・ノースは自らの犯した失策を糊塗しようとしていたが、事務所のアーサー (トム・ウィルキンソン) は突拍子もない行動に走り、ユー・ノースは危機感を募らせる。お抱え弁護士のカレン・クロウダー (ティルダ・スウィントン) は、アーサーを黙らせるために策を講じるが‥‥


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ハリウッドきっての冒険家といえば、次から次へと新しいことに挑戦する点で、スティーヴン・ソダーバーグとジョージ・クルーニーのコンビに勝る者はいないだろう。必ずしもソダーバーグが演出してクルーニーが演じるというわけではなく、ソダーバーグが演じることがないことを除けば、あとは二人とも演出もすればプロデュースもする。興行的あるいは評価の点で失敗作と見なされる作品やTV番組がないこともないが、しかしそれでも話題作注目作を連発するその視点やチャレンジ・スピリット、あるいは遊び心にはいつも感心したり唸らされたりする。


カラーで撮ったり白黒で撮ったり痩せたり太ったり時代を飛んだりSFだったりハリウッド大作だったり野心的小品だったり、これだけ色んなジャンルに精力的に挑戦している映画人もそんなにいないだろう。あるいは、ちゃんと稼がないといけない時には稼ぐマネー・メイカーとしての力があるからこそそういう冒険が許されるとも言える。今の時代にモノクロ作品に3本も出ている俳優なんて、クルーニー以外いないだろう。冒険したくてもそれが許されないハリウッドの底辺にいる者や、中堅と見なされていても冒険しない名前ばかりのスターや製作者とはまるで違う世界に住んでいると感じさせる。


「マイケル・クレイトン (フィクサー)」ではクルーニー/ソダーバーグ製作、クルーニー主演で、脚本/演出は「ボーン」シリーズ脚本のトニー・ギルロイだ。たぶんギルロイの脚本を読んでクルーニー/ソダーバーグが参加したものだと思う。近年ではポール・ハギスなど、脚本から演出に進出する者が結構目につく。映像をイメージしながら書くタイプの脚本家の場合なら、演出に移行するのも結構スムーズにできるような気がする。だいたい脚本出身の演出家の場合、だんだん演出力がついてくるという感じではなく、最初のデビュー作からいきなり手慣れた作品を撮る。既に頭の中に作品ができているからだろう。


そして「クレイトン」もその例に漏れない。冒頭の事務所ビルの描写なんかも、誰が撮っても同じになりそうなものがなぜだかやたらと緊張感がある。その後、ニューヨークのチャイナタウンのアンダーグラウンドの賭場でギャンブルをしていたマイケル (クルーニー) が、路上に駐車してあったメルセデスに乗り込もうとした時に携帯が鳴り、上流階級の住むウエストチェスターで人身事故を起こしてしまったクライアントの一人の面倒を見てくれるよう頼まれる。車を駆って北上するマイケルがクライアントに会って話をすることでマイケルの人柄を現し、その帰り道で車が爆破される辺りまでの呼吸もうまい。うだつの上がらない、ギャンブルにはまっている男をいったい誰がどういうわけで命を狙っているのか。話は時間を遡り、その辺の事情を明らかにしていく‥‥


クルーニーはもちろんアカデミー賞を受賞しこともある実力派であるが、どちらかというと微妙な演技力というよりも本人の持ち味が前面に出てくるタイプで、要するにその頼れるお兄さんみたいな正義漢的な本人の印象と役柄がマッチした時に、最もその魅力を発揮する。出世作となった「E.R.」なんてもろにそれだったし、シリーズ化した「オーシャン」だってそうだ。「シリアナ」でのアカデミー賞は、たとえ体重を増減しての熱演であろうと、功労賞的な印象の方が強い。「クレイトン」では、ここでも弁護士事務所の後始末屋という頼れる最後の一線みたいな役どころと、私生活ではほとんど自堕落で、ギャンブルに溺れビジネスマンとしても父親としてもほとんど失格、しかし最後の一線はかろうじて踏ん張って持ちこたえているという辺りのバランスが非常によく、これまでのクルーニーのベストと言ってもいいくらいのできを示している。


そして彼の周りを取り囲む面々がこれまた皆いい。本物よりも弁護士っぽいシドニー・ポラック、本物よりもキャリア・ウーマンっぽいティルダ・スウィントン、最近では最も印象に残るトム・ウィルキンソン等々、皆ベストと言えるできなのは、これはやはりギルロイのヴィジョンと演出の賜物だろう。それにしてもポラックは、あんたは今後は役者として活躍するんだろうと思えるし、スウィントンはやはりうまい。「ディープ・エンド」「猟人日記」等、彼女は内面の葛藤を一瞬の表情として表すことができるという点では唯一無二の存在だが、ここでもクライマックスであれほど緊張感が盛り上がったのは、彼女がいたからこそ。共演というよりは裏主演だ。


ところでクルーニー演じるマイケルは、冒頭で車に仕掛けられた爆弾によって命を狙われたことが明らかにされるのだが、間一髪で難を逃れる。彼が爆発から逃れることができたのは、運転している途中で目にした放牧されている馬が気になり、車を降りて何かに誘われるようにふらふらとその馬に近づいていったために、ちょうどその時爆発した車の中にいずに助かったというものだ。


で、まあ、気が弱っている時に丘の上の馬を見ると、それが自由か何かの象徴だかのように見えることもあるだろうとその展開が特に気になったわけではないのだが、映画を見た後、家に帰って女房と面白かったねえと話していて、あの馬は話の重要なポイントにしては、息子がはまっているファンタジー小説だかなんだかに関連していたとはいえちょっと唐突、みたいなことを私が言ったら、女房は眉をひそめて、あれはその前に息子が読めと言ってアーサーに渡していた本の中にちゃんと挿絵として出てきており、それを目にしていたマイケルが現実に馬を見てそれを思い出したという伏線がちゃんと張ってあったと言ったので愕然としてしまった。同じものを見ているのに私はその挿絵をまったく見てなかったのだ。


要するにそのシーンではアーサーが派手に書き込みやマーカーでアンダー・ラインをしていたその本に、何か重要な事件の謎を解く鍵が隠されているに違いないと思い込んでいて、私はその書き込みを解読しようと一生懸命で、それよりも大きく映しとられていたはずの馬の挿絵がまったく目に入っていなかったのだ。無理筋の本格ミステリでは、見えていたはずのものがなんらかの心的理由で見えていなかったという心理トリックを使ったものがままあるが、本当にそうなのだと思わざるを得ない。それでも私の意見では天城一や柄刀一はセイフだが、京極夏彦はアウトなんだが。


脱線した。とにかくマイケルは冬の最中にウエストチェスターの山間を車を走らせる。金持ちの住むウエストチェスターは山間というほど田舎ではもちろんないが、しかしこの辺は特に家が多く建っているわけではない内側に入ると、かなり人の姿が途絶える静かな場所になる。実は私は昔、アップステイツに行っての帰り道に道を間違えてこの辺を車でかなり彷徨ったことがある。時たま視界に入ってくる住宅は豪邸なのに、それを過ぎ去ると今度は行き交う車もまったくないまま何分も静寂な道を走るという感じで、そのうち、頭上を鉄橋が走っているところで本当に自分がどこをどう走っているのかまったくわからなくなった。もちろん94年型のスバルにナヴィゲーション・システムなんてものはついてない。


路肩に車を停めて地図を見ていても、自分が今現在どこにいるのかまったくわかっていないので地図を見ても役に立たず、うーんと考え込んでいたら、地元のパトロール・カーがするするとやってきて、こんなところで何している、と、迷った者に対する親切というよりは、ほとんど不審者に対する詰問という感じで誰何された。超高級住宅街だからパトロールもちゃんとまめにやっているんだろう。そんなところで後ろになにやらものを積んだステーション・ワゴンに乗ったアジア人が路肩に車を停めて運転席でなんかもそもそやっていたら、そりゃ不審がられると思う。


いずれにしても、「クレイトン」でマイケルが車を降りた場所が、鉄橋といい私が昔迷った辺りの地勢や雰囲気とまったく一緒だったので (時期もああいう時分だった)、これは、おお、と、驚いた、というかなんとなく嬉しくなったのであった。別に私の車が爆破されたわけでもなんでもなく、馬を見たわけでもなく、その後私はちゃんと無事アパートにたどり着いたのであるが、やっぱこういう個人的記憶を投影できると、作品までなんとなく身近に感じる。さらにマイケルは、クイーンズのシティ・ホールで何年か働いていたという設定になっており、ああ、そこ、うちのアパートから徒歩圏内なんて思うと、いくら主人公が近くに住んでいても話自体はまったく別世界の話である「スパイダーマン」より、生身の人間が悩む「クレイトン」をよりリアルに、身近に感じる。そうやって人間が書き込まれている上に作品の質も非常に高いとなれば、それはこの作品、かなり応援したくなるのだった。







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Michael Clayton   フィクサー (マイケル・クレイトン)  (2007年10月)

 
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