アメリカTV界の今年の印象を決定づけた重要なポイントを振り返る。



1. 超常ミステリ/SF番組の跋扈


昨シーズンのABCの「ロスト」と「デスパレートな妻たち」の成功は、それまでリアリティ・ショウに押されていたドラマやシットコム等の、いわゆる脚本に則ったスクリプト番組の復権を促した。実際の話、いくら「サバイバー」「アメリカン・アイドル」がいまだに人気番組だとはいえ、そろそろ人はリアリティ・ショウばかりではなく、できのいいドラマやシットコムが恋しくなりかかっていた。「ロスト」と「デスパレートな妻たち」は、もろにそのツボを突いたおかげで大成功したわけだ。


そうなると、今度はどのネットワークも挙って同工異曲の番組製作に走る。とはいえ、「デスパレートな妻たち」のような、プライムタイム・ソープをコメディ仕立てで製作するという特徴のある番組は、はっきり言って真似がしにくい。この手の番組は、最初に登場した番組だけが唯一無二の番組としてその他の番組と差別化して君臨できるのであって、おいそれと真似しても無視されるだけなのがオチだ。


てなわけで、各ネットワークは「デスパレートな妻たち」の跡を追うのは諦め、その代わりに、謎めいたSFアクションという、非常に懐が深く、定番とも言えるジャンルの番組である「ロスト」を意識した番組を、これでもかというほど製作した。おかげで今秋の新番組のラインナップには、一見しただけでは番組の区別がつかない、「ロスト」もどきの番組が入り乱れることになった。さらに、こちらも定番であるが、特にCBSの「CSI」以来定着している犯罪捜査ものもやはり多数現れた。おかげで、超能力で犯罪解決するような印象の番組ばかりがずらりと並ぶことになった。秋の各ネットワークの新番組表を見た私は、ほとんど途方に暮れていたと言っていい。


面白いのは、そうなると、たぶんこのままじゃ共食いに終わってしまうだろうなというこちらの予想を裏切って、かなりの番組がコアの視聴者を獲得して、「ロスト」ほどではないがそれなりに成功しているという点にある。要するに「ロスト」の轍を踏んではいるが、どの番組もそれなりにオリジナリティを出そうと工夫はしているわけで、そのためそこそこ視聴者にアピールしている。実際、見てみると、どれもそれなりに面白かったりする。


現時点でその手の番組では、ABCの「インヴェイジョン (Invasion)」、CBSの「クリミナル・マインズ (Criminal Minds)」、「ゴースト・ウィスパラー (Ghost Whisperer)」、WBの「スーパーナチュラル (Supernatural)」、FOXの「ボーンズ (Bones)」といったところが、まあまあ成功していると言える。もちろん「スレッシュオールド」のように失敗して既にキャンセルされている番組もあるし、「ナイト・ストーカー」のように、キャンセルはされたけれども別のチャンネルが拾って継続が決まっているなんて番組もある。結局たとえ二番煎じであろうとも、そこになんらかのプラス・アルファを付け加えることができるならば、充分番組に存在理由はあると言える。とはいえ、私自身の希望を言わせてもらえれば、こういう、狭いジャンルの中での微妙な差異を争うよりは、やはりまったく新しい冒険をしてみせる番組の方が見たいと思うが。



2. シットコム冬の時代


ミステリ系ドラマの人気でスクリプト番組は復権を果たしたわけだが、一方でその恩恵はシットコム/コメディには及んでいない。一昨年のシーズンのNBCの「フレンズ」、「フレイジャー」、昨シーズンのCBSの「Hey! レイモンド」と、人気シットコムが続け様に最終回を迎えたために起きた地盤沈下は、思ったよりもかなり深い痛手をネットワークに与えている。


特に今シーズンは、どのネットワークもたぶんコメディはダメだと諦めていたのか、どこもあまり力を入れているようには見受けられない。その中で頑張っていると言える新番組が、NBCの「マイ・ネイム・イズ・アール (My Name Is Earl)」だ。


とはいえ「アール」は、シングル・カメラ撮影の、いわゆるスタジオ撮影のシットコムとは別タイプのコメディだ。バックに観客の笑い声 (ラフ・トラック) は入らない、要するに「マルコム・イン・ザ・ミドル」タイプの番組である。そして今シーズン、注目されているもう一本のコメディ番組が、やはりシングル・カメラ撮影のUPNの「エヴリバディ・ヘイツ・クリス (Everybody Hates Chris)」という話になると、今シーズンは一般的なシットコムの出る幕がほとんどない。


NBCはさらに、「アール」だけでなく、BBCの同名コメディ番組のリメイク「ジ・オフィス」も放送している。一方、「ウィル&グレイス」が今シーズンで最終回を迎え、さらに「フレンズ」の後釜を継ぐとかと思われた「ジョーイ」が現在放送棚上げ中だ。つまり、一時期アメリカ・シットコム界の中枢であったNBCにおいて、ほとんどシットコムが消え、「アール」、「オフィス」、そして「スクラブス」といったシングル・カメラ・コメディが幅を利かせている。数年前からは想像もできなかった変わりようだ。


私は、面白くもない時に笑いを強制されているような気分になるラフ・トラックを特に好もしいとは思っていないが、しかし、ツボにはまるとラフ・トラックは笑いの相乗効果を生み、一緒にかなり笑えるのは事実だ。実際、単に笑える回数だけを較べると、単純にギャグの回数が多いシットコムの方が、シングル・カメラ撮影のコメディよりかなり笑えたりする。というわけで、早く「フレンズ」や「Hey! レイモンド」の衣鉢を継ぐ、新しい番組が登場して来ることを願うばかりだ。



3. ネットワークのワールド・ニューズ報道における激震


昨年、NBCのワールド・ニューズである「ナイトリー・ニューズ」のアンカー、トム・ブロコウが番組を降りた時点でその気配は濃厚にあったのだが、今年、その跡を追うように、CBSの「イヴニング・ニューズ」のダン・ラザーが偽情報に踊らされた挙げ句引責辞任、さらにABCの「ワールド・ニューズ・トゥナイト」のピーター・ジェニングスが、こちらは肺ガンを患って死去、そのショックもさめないうちに、今度は最後の砦であるABCの深夜ニューズ「ナイトライン」のアンカー、テッド・コッペルが番組を降りるにおよんで、ネットワークを代表するワールド・ニューズ関係番組のアンカーが、僅か1年のうちに全員ブラウン管から姿を消した。


もちろん上記すべての番組において後任者が番組を継続しているわけだが、それぞれ20年以上も、番組、ひいてはネットワーク・ニューズの顔として君臨し続けてきたアメリカを代表するニューズ・アンカーたちが一斉に姿を消すという事態の衝撃は、決して小さくないものがあった。そのごたごたは現在でも続いており、特に「イヴニング・ニューズ」におけるラザーの後継者はいまだに決まっていない。CBSは、最初複数アンカーを考えていると言っておきながら、先ほど、やはりアンカーは一人で行くと発表したばかりだ。このままだと、暫定アンカーとして起用されているボブ・シファーが、そのまま「イヴニング・ニューズ」の顔になってしまうかもしれない。いずれにしても、もうしばらくはこれらのアンカー交代劇の余震は続きそうだ。



4. 「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ」におけるやらせ疑惑


今年アメリカTV界において最も話題を提供したリアリティ・ショウは、「サバイバー」でも「アメリカン・アイドル」でも「アプレンティス」でもなかったと言えば、びっくりする者も多いかもしれない。しかし、実際そうだったのだ。むろん「サバイバー」や「アメリカン・アイドル」の人気が落ちたというわけではない。しかしその話題性という点で、今年のリアリティ・ショウにおいて、素人セレブリティとプロのボールルーム・ダンサーがペアを組んで踊る、ABCの「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ (Dancing with the Stars)」を凌駕した番組はなかった。


要するに、やはり体裁は「サバイバー」や「アイドル」同様の勝ち抜きリアリティなのだが、これが受けた。今年始まった新番組としては、数多投入されたリアリティ・ショウでは断トツの人気を博し、その他の新リアリティ・ショウは足元にも及ばなかった。完全な一人勝ちである。しかし番組最終回において優勝したケリー・モナコとアレック・マッツォ組は、番組第1回においてジャッジからクソミソに言われ、たぶん彼らが最初に追放されるだろうなと思われていた。そこをなんとか首の皮一枚で生き残ったものが、あれよあれよという間に勝ち残って優勝してしまったものだから、これはやらせだ八百長だという疑惑の声が至るところから噴出した。


セレブリティとはいってもみな2流でしかない、たぶん知らない者の方が多いだろうとしか思えないほとんど似非セレブリティの寄せ集めの中で、モナコは、現在ABCが放送中の長寿ソープ、「ジェネラル・ホスピタル」にほぼ主演級で出ており、出演者の中では、元世界ボクシング・チャンピオンのエヴァンダー・ホリフィールドを除けば、たぶん最も知名度が高かったと思われる。彼女を勝たせようとしたABCの思惑が採点を左右したのではないかという疑惑が生まれるのも、しごくもっともであった。


ABCは番組は公平であったと力説し、その疑惑や不満の声を静めるために、なんと最後に残ったモナコ/マッツォ組のペアと、ジョン・オハーリー/シャーロット・ヨーゲンセンのペアを再び踊らせ、もう一度視聴者投票によって優勝者を決めるという特番を編成した。もう、あまりにもバカらしくて当然私は見なかったが、結局、こちらもそれなりの視聴率を獲得した。因みにこの再戦では、今度はオハーリー/ヨーゲンセン組がモナコ/マッツォ組を僅差で下し、判定がひっくり返った。


こういうヒット作を手中にしたABCが直ちに新シーズン製作に乗り出さないわけはなく、既に第2シーズンは、翌1月現在、放送が始まっている。しかし、私はことある毎に言っているのだが、同じダンス番組なら、2線級のセレブリティが特訓でそこそこのダンサーになる「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ」を見るよりも、素人でも玄人はだしというレヴェルの面々がダンスを繰り広げる、FOXの「ソー・ユー・シンク・ユー・キャン・ダンス」の方が断然面白いと思う。それとも、やはり一般人ってセレブリティって言葉に弱いのだろうか。



5. ハリケーン・カトリーナ報道と支援コンサート中継


今夏、ハリケーン・カトリーナはニュー・オーリーンズを水中に没させるなど、甚大な被害を米南部にもたらした。近年、米南部はかなり大型のハリケーンが年何度も上陸するなど、この手の被害が大きくなっているが、しかし、低湿地帯に建てられた街のほぼ全部が水面下に没するという事態は、誰一人として予測していなかった。カトリーナたった一個がもたらした被害総額は、軽く中南米の一国のGNPを上回る。


特に9/11以降、ネットワークを筆頭とするジャーナリズム、支援を訴えるセレブリティらは、こういう災害時に非常に迅速に反応するようになった。被災地にすぐに飛び、様々な角度から現況をレポートする姿勢は、いつもはTVという媒体に辛い批評家からもなかなか感心され、被災者救援を呼びかける、スター・シンガーやハリウッド・セレブリティらによるTV特番がいくつも編成された。報道においては、いくら近年インターネットがその主流になりつつあろうとも、いまだにTVという媒体が持つ力の大きさを改めて知らしめたと言える。



6. ライヴ8は成功だったのか


上項とも関係があるが、現在、なんらかのヴォランティア、救援/支援運動において、セレブリティ、ならびに世界的知名度を持つシンガーの参加なくしては、この種のイヴェントは考えられない。彼ら自身の持つ磁力、注目度が、こういった催しを成功させるのに是非とも必要なのだ。


そういった試みを、世界をターゲットとして歴史の上で初めて成功させたのが、20年前の「ライヴ・エイド」だった。そして今年、その続編とも言える「ライヴ8 (エイト)」が開催された。前回張り合ったロンドンとフィラデルフィアだけでなく、今回はパリ、ベルリン、トーキョー、モスクワ等世界の主要都市が参加、アメリカではTV中継はネットワークではABCが総集編を担当、地元の生演奏と世界中のコンサートの抜粋をMTVとVH1が共同で中継し、盛大に執り行われるはずだった。


はずだった、というのも、今回のライヴ8を振り返って、実は若い音楽ファンの壁を越えてこのイヴェントが浸透したかということについては、多少心もとないものを感じるからだ。この辺りが、アメリカの全国民が知っていることは間違いないハリケーン・カトリーナの災害中継と支援コンサートと、ライヴ8との差を感じる。さらにフィリーやロンドン、パリ等の主要都市以外でこのイヴェントが成功したかどうかもかなり怪しい。


ついでに言うと、アメリカでライヴ8を中継したMTV/VH1が、チャリティ・コンサートの中継のくせに、大量にコマーシャルを挟み込んで放送した姿勢にも、かなり忌々しいものがあった (後にMTVは各方面から弾劾され、ライヴ8の再放送を余儀なくされた。) ロンドンで開催されるG8を横目で睨んでの開催だったはずなのに、そのロンドンにおける直前のテロ事件のために、さらに印象が薄れた。そんなこんなで、実は今回のライヴ8は、印象としてはかなり歯切れの悪いものとなった。もちろんアフリカ支援のための募金もかなり集めたものとは思うが、今後、世界同時のこの種のイヴェントがまた開催されるかどうかは、現段階ではかなり雲行きは怪しいのではと思える。



7. 向かうところ敵なしの「アメリカン・アイドル」


今年、最も話題になった新リアリティ・ショウは、前出の「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ」しかあり得ないが、しかし、全リアリティ・ショウを見渡した場合、FOXの「アメリカン・アイドル」を凌駕するリアリティ・ショウはない。既に完全にCBSの「サバイバー」を抜き去り、年間の全番組視聴率で、いまや「アメリカン・アイドル」を凌駕するものは、NFLの優勝決定戦「スーパーボウル」と、アカデミー賞授賞式中継だけになってしまった。いかに「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ」が人気があろうとも、「アイドル」はさらにその倍近い視聴者を毎回獲得しているのだ。


さすがにそれだけ人気があると、もうこれ以上視聴者を増やすのは難しいだろうと思う。ただでさえティーンエイジャーはほぼ全員この番組を見ていると言われているのに、どうやってさらに視聴者を増やすことができるのか。関係者ですらそう思っていた。というわけで、今年の新シーズン開始時には、FOXは、たぶん視聴率は前回に較べて10%程度マイナスが見込まれる、なんて殊勝な見込みを発表していた。


それが蓋を開けたとたん、それまでの記録をすべて更新する掟破りの視聴率記録を連発、関係者を狂喜乱舞させた。さらにそれだけではなく、実は「アイドル」の2006年の最新第5シーズンも既に始まっているのだが、その最新シーズンが、さらに第4シーズンの記録を更新して破竹の快進撃を続けている。「アイドル」人気はまだ頂点を極めていなかったのだ。いったいどこまで行くのかこの「アイドル」人気。そう思いながら私もまた、新シーズンもいそいそとチャンネルを合わせているのだった。



8. TVガイドの模様替え


基本的にアメリカにおいては、TVガイドなるものは、その名も「TVガイド」誌が唯一つあるのみである。もちろんこの他にも、例えばディレクTVやエコスター等の衛星放送サーヴィスと契約している者は、そのサーヴィス専門の月刊視聴ガイド (有料) があり、それを購読していたりするが、むろんこれらはそのサーヴィス契約者専用であり、一般視聴者にとってはあまり役に立たない。


TV先進国アメリカにおいて、500チャンネルもあるチャンネルのどこで何をやっているかなんて、ガイド雑誌がなければ誰もわからない。それなのに、そういうガイド誌が乱立もせず、市場で競いもしない理由は、基本的にアメリカの視聴者は、毎週の新聞の日曜版に付録としてついてくる無料の週間TVガイドを利用するからということが挙げられる。要するに、金を出してまでその種のガイド誌を購入する必要を認めないわけだ。そのため、出版社が特にこの分野に新規参入するうまみはない。だからこそ長年にわたって「TVガイド」ただ一誌のみが市場を独占する形になっていた。


あらゆる市場において、市場が寡占の場合の弊害は言わずもがなで、「TVガイド」の場合、50年前のネットワーク3チャンネル時代と現在の500チャンネル時代という時代の大きな変化にもかかわらず、その番組案内が時間毎に箇条書きにされるという、十年一日の如く変化のない、決定的に見にくい紙面編成となって現れていた。チャンネル毎の一覧表ではなく、いちいち、例えば午後8時から始まる番組がすべて箇条書きにされる場合に、目指す番組を見つけることの煩雑さは、やってみた者でなければわからない。誰だってこんな役立たずの雑誌、破り捨てたくなるに決まっている。近年はプライムタイムのみ一覧表を採用していたが、それでも主要な数十チャンネルに過ぎず、プライムタイム以外はやはりリストにされていた。


それが、やっと今年、従来のA5版程度の大きさの厚手の小型雑誌から、A4版くらいの、薄手の、一覧表形式のオール・カラー版に生まれ変わった。遅きに失するという感は無きにしも非ずだが、それでも、やはりやらないよりはやった方がよかろう。新しいTVガイドを手にとって見ると、さすがに見やすく、無料の付録ではなく売り物であるということもあり、特集も読み応えがあるし、質のいい紙のオール・カラーで、見やすくもある。なんでもっと早くやらなかったかなあと思う。これでTVガイドが定期購読者倍増となるかは疑問ではあるが。



9. 新種の専門ケーブル・チャンネル


ケーブル・チャンネルには各種の専門チャンネルがある。スポーツ、映画、ドキュメンタリー、芸能、音楽、政治といった一般的なものから、園芸、軍事、医療、ファッションといった専門的な趣味のチャンネルまで多様だ。スポーツといったって各種のスポーツの専門チャンネルがあるし、映画にだってそれは言える。要するにそういう番組があるなら見たいと思っている視聴者がいるなら、それを供給するチャンネルが現れる。


その中でも、今年現れた二つの専門チャンネル、FOXリアリティとLOGOは、そのほとんど特異的な専門性で目を惹いた。FOXリアリティは、読んで字の如く朝から晩までリアリティ・ショウだけを編成するチャンネルで、LOGOは、ついに現れたかという気もするゲイ・チャンネルだ。当然主人公や主要登場人物がゲイの人間の番組ばかりを集めている。


FOXリアリティ、LOGOは基本的にその他のチャンネルで放送された、ゲイが主要キャラクターの番組、あるいはリアリティ・ショウの再放送権を得て編成しているわけだが、一応オリジナルの番組も製作している。とはいえ、そのオリジナル番組というのがまた曲者で、FOXリアリティの場合なんかは、年頭に放送されて視聴者や批評家から総スカンを食らった今年度の文句なしの最悪番組「フーズ・ユア・ダディ?」のお母さん版である、「フーズ・ユア・マミー?」を臆面もなく放送していたりする。これだけ面の皮が厚いと、いっそ感心してしまうくらいだ。さて、どんどん拡大していくアメリカ・ケーブル界、来年はいったいどんな新チャンネルが登場してくるだろうか。



10. 尻すぼみのマーサ


今年、最も印象に残った、あるいは最も話題を提供したTV界のセレブリティといえば、マーサ・スチュワートしかいない。カリスマ主婦として全米で知らぬ者はないという圧倒的知名度を持つスチュワートであるが、インサイダー取引疑惑によって有罪が確定、たった数か月間とはいえ刑務所入りした。いかにもクリーンなイメージで売っていたスチュワートによる犯罪ということでマスコミが殺到し、自然人々の注目を集めた。


普通、こういう展開はセレブリティの場合、キャリアの息の根を止めるものであったりするが、時としてこういうダイナミズムが反作用し、さらに人気を高めるという場合も起きる。今回のスチュワートの場合がそれだった。犯罪といっても別に人を殺めたとかいうわけではなく、実態の見えづらいインサイダー疑惑、しかも視聴者個人にとっては痛くも痒くもないというわけで、ほとんどの視聴者は単純にスチュワートのゴシップとして気楽に事件を見ていたという感じがする。


その辺りの匂いをうまく嗅ぎとったのが、「サバイバー」で知られるプロデューサーのマーク・バーネットで、刑務所入りしても人気が落ちたわけではないということをすばやく見抜き、スチュワートの出所後、シンジケーションのヴァラエティ/トーク・ショウ「マーサ」と、ドナルド・トランプの起用で話題をまいた「ジ・アプレンティス」のスチュワート版である、「ジ・アプレンティス: マーサ・スチュワート」の2本の番組でスチュワートをホストに起用した。


残念ながら番組としてのできが今一つだったせいで、「アプレンティス」は1シーズン放送されただけで終了が決まってしまったが、「マーサ」の方は健闘している。元々この手の番組によって世に出てきた人であるだけに、進行もお手の物といったところだろうか。これで初心に帰ったスチュワートが、今度はどんな話題を提供してくれるか、興味は尽きない。



番外. トークの女王オプラ・ウィンフリーの話題


上述のマーサ・スチュワートがアメリカ人女性のライフ・スタイル・リーダーだとしたら、シンジケーションで断トツの視聴率を稼ぐ日中トーク・ショウ、「オプラ」のホスト、オプラ・ウィンフリーは、全アメリカ人女性を代表するオピニオン・リーダーだと言える。彼女の発言は、特に女性に関する限り、間違いなくジョージ・ブッシュ大統領よりも影響力がある。


ウィンフリーのすごいところは、たぶん全米で女性として最も稼いでいる億万長者でありながら、視聴者から親しまれやすい、隣りの気のいい黒人のおばさん的なスタンスにいささかも揺るぎが見られないことにある。どれだけ化粧しようが着飾ろうが痩せようがまったく庶民的で、そのウィンフリーが市井の自分の気持ちを代弁してくれるという信頼感こそが、「オプラ」が最も人気のあるトーク・ショウである最大の理由なのだ。


しかし、実はその庶民的であるという点は、ウィンフリーがプライヴェイトに帰るとマイナスに作用することもある。そのことは、今夏、ウィンフリーがパリのエルメス本店で入店を断られたという事件からも知れる。ウィンフリー側はこれを人種差別として断固抗議、結局エルメスは公衆の面前でウィンフリーに謝らざるを得なかった。ウィンフリーを怒らせたら、アメリカ人女性がエルメスで落とす金は激減するだろうから、エルメスとしてはどんなに正当な理由があっても、ここは謝るしかなかった。ウィンフリー侮るべからずなのだ。


しかし、一方でそんなの、もしマイケル・ジャクソンがエルメスに入ろうとしたら、たぶんエルメスとしては店を貸し切りにしてジャクソンのために便宜を図ったろうと思えば、差別でもなんでもなかろうというのが知れる。要するに、ウィンフリーの後光はアメリカ国外にまでは及んでいない。


とはいえ本国アメリカでは、たぶん最も知名度があり、信頼され、人気のあるセレブリティの一人であるウィンフリーは、ことある毎に話のネタになったり話題を提供したりする。年末のデイヴィッド・レターマンの「レイト・ショウ」ゲスト出演もその一つだったし、夏のスティーヴン・スピルバーグの「宇宙戦争」公開時のトム・クルーズの奇行も、それを「オプラ」でやったからこそあれだけ注目されることになった。


さらにウィンフリーは、彼女の一言によってアメリカにおける本の売り上げを大きく左右するという、絶大なる影響力を持つ「オプラ・ブック・クラブ」を主宰している。彼女のお墨付きがついてその推薦マークが本の表紙を飾ると、翌週からその本はニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストに載るのが確実という、ある意味、全米の出版社から最も怖れられているのがウィンフリーなのだ。


ここからは2006年の年頭の話になるが、晴れてその「オプラ・ブック・クラブ」に選ばれるという栄誉に輝き、いきなりベストセラーになっていながら、実はノン・フィクションとして出版されたその本の内容の多くが捏造された嘘八百だったとしてスキャンダルになってしまった本がある。その本、「ア・ミリオン・リトル・ピースズ (A Million Little Pieces)」は、著者のジェイムズ・フライが薬物中毒から更生した経緯を綴ったものだが、その細部の多くが実はまったく架空の話だった。


フライは最初、潔白を主張していたが、言い逃れできないとわかると、自分の非を認めた。ウィンフリーも最初はフライを擁護しようとしていたが、フライが自分の非を認めるに及び、自分の番組で視聴者に間違った知識を与えてしまったと自分も謝罪し、さらにフライを番組に読んで公共の電波の上で責め立てた。いずれにしても、いかにウィンフリーの影響力が絶大であるかを物語る一幕だった。「オプラ」は、まだあと何年も番組契約が残っているし、ウィンフリーにその気がある限り、当分は全米女性視聴者のオピニオン・リーダーとしての地位に君臨し続けるだろう。







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2005年アメリカTV界10大ニュース

 
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