放送局/放送日: MTV/VH1 7/2/2005 (Sat) 12:00-20:00
放送局/放送日: ABC 7/2/2005 (Sat) 20:00-22:00
内容: アフリカの窮状を救うためのチャリティ・コンサート、ライヴ8 (ライヴ・エイト) 中継。
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思い返してみてほとんど信じられないと思ってしまったのだが、アフリカ救済のためにボブ・ゲルドフが企画した一大音楽イヴェント、ライヴ・エイドは、既に20年も前の出来事となってしまっていた。現在のティーンエイジャー、大学生の多くは、ライヴ・エイドがあった時には生まれてすらいなかったことに気づき、愕然とする。これじゃ私も歳をとるわけだ。
20年前、ボブ・ゲルドフを中心とした英国の一時的なユニット、バンド・エイドが「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス (Do They Know It's Christmas?)」を発表してその収益をアフリカに送ると、アメリカもそれに対抗してUSAフォー・アフリカ (USA for Africa) を結成、「ウイ・アー・ザ・ワールド (We Are the World)」を発表してこちらもヒットした。ライヴ・エイドは、両者を統合した一大コンサート・イヴェントであり、この種の企画の走りであり、金字塔でもある。
当時の人気アーティストたちが、コンサート会場であるイギリスのウェンブリー・アリーナと、アメリカ、フィラデルフィアのJFKスタジアムに顔を揃え、その熱気の模様を伝えたTV中継は、全世界で10億とも20億ともいわれる人々が見たと伝えられている。レッド・ツェッペリンがそのために再結成するとか、ポール・マッカートニーやU2、ミック・ジャガー、デイヴィッド・ボウイが出るとか、日本ではその意義はともかく、豪華アーティストの競演という点が最も注目されていたという気がするが、そういうチャリティ・コンサートというものにそれほど馴染みのない時代だったし、それもしょうがないだろう。
私のある知人なんかは、「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」や「ウイ・アー・ザ・ワールド」を聞いて、どの部分を誰が歌っているかということの解明だけに全力を傾けていた。コンパの会場でこの曲がかかると (一時、これらの曲を聞かない日はなかった)、今は誰、今は誰が歌っている、なんて自慢げに説明し、また、それを頼もしげに見ている女の子がいたりした。結局チャリティのためのレコードがナンパに利用されるという、思わぬところで新たな利用価値を生み出していたのを思い出す。
いずれにしても私見では、少なくともロンドンでのコンサートにおいては、ポールでもボノでもミックでもなく、まだ元気なフレディ・マーキュリーがいた頃のクイーンの「ウイ・アー・ザ・チャンピオンズ (We Are the Champions)」がその白眉だったと思う。十万人という聴衆で膨れ上がったウェンブリー・アリーナで、ほとんど霞んで見えない後ろの方まで観衆が腕を上に上げて振り、ウェイヴを起こしていたあの熱狂と一体感は、もうどのアーティストであろうと二度と起こしえないんじゃなかろうかと思わせた。
あのライヴ・エイドが装いも新たにまた甦るというのは、これはなかなか興奮させてくれた。今回はライヴ・エイドならぬライヴ8 (エイト) と題し、直後に開かれるG8にひっかけている。G8にアフリカ救済をアピールしようという魂胆だ。開催場所もロンドンとフィラデルフィアだけでなく、パリ、ベルリン、ローマ、モスクワ、トーキョー、ヨハネスブルグ、トロントという場所が新たに参加を表明、規模はさらに膨れ上がった。U2やスティング、ポール・マッカートニー、エルトン・ジョンのような前回組も再度登場、前回フィラデルフィアで歌ったマドンナが今回はロンドンのハイド・パークに登場したり、さて、今回新しくパフォーマンスを行うのはいったい誰かなど、興味は尽きなかった。
とはいえライヴ8が、音楽に敏感な若者の枠を超えて世界中の人々にアピールしたかというと、正直言って、それは多少心もとないと思う。私は一応マスコミ関係に職を得ているので、これらの情報は早くから知っていたが、ごく普通に働いている社会人にライヴ8が事前にどれだけ浸透していたかというと、それは大いに疑問だ。
ライヴ8当日、MTVとVH1では8時間にわたって生中継、さらに直後にはABCが総集編の2時間版ダイジェストを放送するということで、私は録画のやりくりに頭を悩ませていた。10時間ぶっ通しで見るなんて論外だから、録画しておいて後で細切れで見ようと考えていたわけだが、裏番組では私が欠かさず見ているゴルフのPGAツアー中継もある。さて、どうやって全部見るか。誰がどこで何を歌うかまではわからないので、一応全部録っておきたい。どうしよう、ああもう、ライブ8のバカ、とかわめきながら悩んでいたら、いきなり女房にライヴ8って何? と訊かれて、一瞬返答に詰まった。なんだ、知らなかったのか。
断っておくがうちの女房は私につられてかなりTVも見るし、エンタテインメント・ウィークリーも購読しているし、私なんかよりよほど芸能ニューズも見ている。それでも、音楽、それも流行りのポップスが常に身近にある者でない限り、いかにライヴ8が音楽の一大イヴェントといえども、ごく普通の一般人にまでは知られていなかったのだ。うーん、そういうものか。あんただってライヴ・エイドの時はそれなりに盛り上がっていただろうに。
そういういくばくかの感興をもたらしてくれた今回のライヴ8、参加国の中では、当然のことながら日付け変更線に最も近いトーキョーのライヴ8が真っ先に幕を上げる。しかし海の向こうから見ているというせいもあるかもしれないが、どうもトーキョーはあまり盛り上がっていないようだ。まるでその種の情報が入ってこない。要するに誰も話題にしていないからだ。そんなもんか。しかしビョークが出るんだぞ。いつぞやの夏フェスで、たった一人まったく別世界を構築して格の違いを見せつけたビョークが、久し振りに人前で歌うというのに。正直言うと、私としては、今回最も見たかったのがこのビョークのステージであったのだが、本当に歌うのかなという気がしてきた。
実際、ライヴ8後に発表になった観衆の数は、ロンドン20万人、フィラデルフィア60-80万人、パリ30万人、ベルリン20万人、ローマ20万人、トロント3万5千人、モスクワ1万5千-2万人に次ぎ、トーキョーは約1万人と、ヨハネスブルグと並び、最も観客が少なかった。これは基本的に屋外公演で、とにかくあとからあとから人が後ろの方につめかけた他会場に較べ、幕張メッセという屋内公演のため、会場に入れる観客数に上限があったせいという理由が最も大きいと思われるが、しかし、ライヴ8の主旨を考えれば、そんなの、屋内公演にするというのが最初から間違っている。代々木公園を開放してチャリティ・コンサートを開くなんてことは、トーキョーでは無理なのだろうか。
とまあ、そんなこんなで始まって終わったライヴ8の中継であるが、これが結構腹立ちもんだった。MTVとその姉妹チャンネルのVH1は、基本的にフィラデルフィア・コンサートは生中継、時差6時間のロンドン・コンサートは生と録画を挟み、その他世界各地のコンサートの模様を録画で随所に挿入するという構成をとった。それはいいんだが、音楽を楽しむはずのライヴ8で、ほとんど一曲を丸々最後まで聴かせない。どうでもいい案内役の発言なんてわざわざ聞きたくもないのに、曲の途中でコメント挟むな、バカ。
とはいえ、ライヴ・エイドの映像なんかを途中で流してくれると、それなりに懐かしくて、うんうん、なんて頷きながら見ていたりしたし、その影響や背景なんかを簡潔にまとめてくれると、それなりになるほどと思えたことは事実である。しかしなあ、やはり本筋は音楽だろう? アーティストのパフォーマンスを第一義にしてくれんものかね。さらに、たぶんほとんど無料で放送権を取得しているものと思われるMTV/VH1が、うんざりするほどの大量のコマーシャルを挿入したのにもカチンと来た。まるでライヴ8の主張を無視せんばかりのこの金儲け第一の資本主義優先、自分たちのやっていることと番組の主旨が正反対だ。
こういった印象を受けたのはもちろん私だけではなく、当然マスコミを中心にMTV/VH1に対する非難の声が上がった。当然だろう。慌てたMTV/VH1は、その翌週、またライヴ8を、今度はコマーシャルとよけいなコメントを挟まずにもう一度、こん時は10時間、まず朝からVH1で5時間、続いてMTVで5時間、今度はノーカットでマラソン放送したのだった。やればできるんじゃないか。最初からそうすればよかったものを。とはいえ、その時には既に駆け足で最初の中継のほとんどを見てしまっていた私は、たぶん新しい誰かのパフォーマンスが加わってはいるだろうとは思うものの、また頭から見直す気には到底ならず、MTVのバカたれ、と思いながら2回目はパスしたのだった。
結局、MTV/VH1の生中継の視聴に8時間費やすよりも、ABCの2時間の総集編を見た方が、さわりだけを見れてよほど楽だった。さらに、私が暗に期待していたビョークのパフォーマンスは、ついに放送されなかった。一応はトーキョーからも映像は届いていることの証拠に、ビョークの前に舞台に立ったグッド・シャーロットはちゃんと一曲披露していたのだが、アメリカではビョークよりもグッド・シャーロットの方が人気があるということだろう。そしてついに、8時間の放送枠の最後の最後になって、世界各地でのライヴ8の模様をちょこっとだけ見せていたのだが、そこでビョークがたったの8秒間だけ姿を見せた。8時間待ってたったの8秒間。泣けた。私の時間を返してくれ。
さて、今回のライヴ8中継の雑感を述べると:
* オープニングは当然のことながらロンドンのマッカートニー/ボノの共演による「サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」。世界の人々にとってはやはりトーキョーではなく、主宰者のゲルドフ本人が現れるロンドンがその中心であるべきなのであった。
* 私にとっての今回の最大の目玉は、ピンク・フロイドによる「ザ・ウォール」。生きてたんだなーっという感興深し。私にとっては断然フーよりもピンク・フロイドなのだ。とはいえパフォーマンスそのものは、結構ぼろくそに言われていたみたいだが。
* マドンナ、歳をとりましたね。彼女はもう英国に骨を埋める気なんだな。角度によってはドリュウ・バリモアに見えたのがおかしかった。
* 歳をとったといえば、逆にエルトン・ジョンは前回とほとんど印象が変わらず。あんたはボートックスしてんじゃないの?
* なんでグリーン・デイがベルリンに登場するんだろう。彼らが「ウイ・アー・ザ・チャンピオンズ」を歌ったのは、やはり彼らもこの曲が前回最も印象に残っていたからだろうし、クイーンに対するリスペクトの意味もあるんだろう。しかしパフォーマンス自体はやっぱりフレディに及ばなかった。
* マライア・キャリーの超ミニドレスを誰かなんとかしてくれ。あんたの足は人に見せるには太すぎる。それにしてもなんであんたもロンドンに出てんだ?
* 意外なカップリングというのはこの種のイヴェントの華であったりもするんだが、今回はマッカートニー/ボノ以外にも、リンキン・パーク/ジェイZ (「ナム/アンコール」)、コールドプレイ/リチャード・アッシュクロフト (「ビタースウィート・シンフォニー」) なんてのがあって、それなりに面白かった。
* ウィル・スミスのバック・ダンサーのレヴェルは高いと思っていたら、フィラデルフィアのトリに出てきたスティーヴィー・ワンダーのバック・ダンサーはそれに輪をかけてすごかった。どうやったらああいう風に動けるんだ。
* 中継の最後の30分は既に見たシーンが繰り返されてうんざり。そんなことより別のアーティストのパフォーマンスを見せてくれ。
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*ロンドン、およびこの日の中継のエンディングは当然またまたマッカートニーおよびロンドンのパフォーマンス陣が出てきて「ヘイ・ジュード」。なんだかまたスーパーボウルを見ているような気になった。
今回、ライヴ8が広く一般にまで浸透しているとは思えなかったのは、前回雰囲気を盛り上げるのに一役買った、先行シングルの発表がなかったことが最大の理由ではないかと思われる。「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」や「ウイ・アー・ザ・ワールド」がどれだけ事前にイヴェントを盛り上げるのに役立ったかを考えると、このことは自明だろう。もっとも、ライヴ・エイドはこれらのシングルが注目を集めたから開催されたのであって、ライヴ8のように最初からコンサートが目的ではなかった。しかし振り返ってみると、先行シングルがあったということがライヴ・エイドの成功にどれだけ貢献したかは明らかだ。今回も一度限りのバンドを事前に作ることができていれば、もっと盛り上がっただろうに。
さらに残念なことに、G8へのアピールを意識して開催されたライヴ8だったが、その影響よりも、G8に併せて起こったロンドンでのテロリスト・アタックの方が、G8関係の話題を独占しまった。平和や協力のアピールより、爆弾一発の方がより大きな影響力を持つことを証明してしまったわけだが、しかし、それでも、こういうコンサートがあることは無意味ではないと思いたい。
しかし、それにしても、これらのパフォーマンスはチャリティだからして、今でもAOLのライヴ8のページに行けばそのシーンがまた見たり聴けたりできるのだが、それができるのは主要6都市のパフォーマンスだけなのだ。つまり、トーキョーのビョークのパフォーマンスは、やはりどうしても見るチャンスがない。日本ではフジがライヴ8を中継したと聞いたのでフジのHPにアクセスしてみたら、やっぱり、スカイパーフェクTVのフジのチャンネルでこの日の模様を放送するとの情報が! しかし日本でしか見れない衛星放送だと、海外からじゃ見る伝手がないのだった。放送じゃなくてさ、インターネットで公開してくれよ。
