Whiteout


ホワイトアウト  (2009年9月)

過去、とある事件で裏切った仲間の刑事を撃ち殺し、それがトラウマとなったキャリー・ステッコ (ケイト・ベッキンセイル) は、以来自ら志願して南極でマーシャルとして働いていた。大型の嵐が近づいてきた折しも、基地で働く研究員の一人が氷原で死体となって発見される。状況から見て明らかに他殺としか思えず、キャリーは捜査を開始するが、嵐は刻々と近づいてきていた。しかし、さらに第2の被害者が出る。今一つ信用できないUNの捜査官を名乗るプライス (ゲイブリエル・マクト) を絡め、キャリーは徐々に捜査網を包囲していく。その発端は、40年前の南極に墜落した飛行機事故にあった。しかし自然がその解決まで待つわけもなく、ほとんど外の世界はホワイトアウトとなり、基地の全職員は南極から退避するという指令が下る‥‥


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ケイト・ベッキンセイルは演技力や運動神経云々というより、シルエットになった時の絵のなり方でアクション女優として確立している女優だ。むろん編集やスタンド・インでアクション・シーンはかなりごまかせる映画の場合、運動神経は特に求められる要素ではない。とはいえやはり本人がスポーツ万能かというと、そうではなさそうな気がする。むしろスポーツは苦手なんではないかという印象をあちらこちらで受けさえする。


例えば実は一見しただけではあまり運動できそうには見えない「ハムナプトラ (The Mummy)」のレイチェル・ワイズの方が、現実にはかなり動けるのではと思える。かといってワイズがアクション・ヒーローとして使えるかというと、それはまた別問題だろう。やはりイメージなのだ。残念ながらワイズだとコケティッシュな印象が勝ち過ぎる上に背の低さもネックになる。


ヴィジュアル系の女性スーパーヒーローとしてベッキンセイル以外に思い浮かぶのは、「トゥームレイダー (Lara Croft)」のアンジェリーナ・ジョリー、「イーオン・フラックス (Aeon Flux)」のシャリーズ・セロン、「バイオハザード (Resident Evil)」のミラ・ジョヴォヴィッチといったところだろう。


今回ちょっと過去に自分が書いたものを読み返してみて、4年前に「イーオン・フラックス」を書いた時にやはり同じことを言っているので、この女性ヴィジュアル系四天王という構図は今も変わっていないようだ。セロンがちょっとシリアス系に目覚め過ぎて、最近この手の役を最近やってないのがちょっと寂しいような気もする。また、他にこの手の女優がもちっと出てきてもいいような気もする。ミーガン・フォックスやクリスティン・スチュワートが後に続けるかはまだこれからというところだろう。


ベッキンセイルがいまだに最もこの手の役を演じる機会が多いのは、細身で整った顔立ちで、絵のなり方が決まっていること以外に、あまり演技力の方を求められていないこともあろう。ジョリーとセロンはオスカー女優であり、演技という点ではあまり評価されていないと思われるジョヴォヴィッチですら、「ジャンヌ・ダルク (The Messenger)」という作品があることを考えると、ベッキンセイルはこの手のアクション・ヒーロー・プロパーの女優という印象が強い。


要するに近年、この手の役以外のオファーが回ってこない。あるいはそういう作品に出てはいてもほとんど話題にならない。元々は容姿だけでなく演技も認められて出てきたが、近年は「アビエイター (The Aviator)」や他の作品にも出ていることは出てるんだが、まずベッキンセイルがどうのこうのという話は聞かない。基本的にここ数年、ベッキンセイルの名は「アンダーワールド (Underworld)」から離れた文脈ではまず聞かないと言っていいだろう。あまりはまり役ができ過ぎるのも困ったもんだ。絵になる格好いい女性を見ることは映画見の醍醐味の一つだから特に異議を申し立てる理由もないが、この手の役ばかりなことに本人も内心忸怩たるものを感じているような気もする。


しかし、それにしては最初、映画のポスターを見て、ベッキンセイルどころかジェニファー・アニストンがこんなアクションに出ているのかと思ったのは私だけか。あるいは最近、ベッキンセイルがベッカム夫人のヴィクトリアに似てきたような気がする。シリアスな役が回ってこなくなったのはこの辺にも理由はないか。


そのベッキンセイルが主演する「ホワイトアウト」は、そのせいで、私は最初、てっきりベッキンセイルが南極で異界の魔物と戦うSFホラー・アクションだとばかり思っていた。映画が始まってもしばらくはまったく疑いもせずにそう思っていた。予告編だって、そう思っても不思議ではない作りになっていた。実際の話、映画の冒頭を見た者は誰でもそう思うに決まっている。


40年前、南極上空を飛ぶ飛行機の中で乗組員が積み荷のことで仲違いをして銃撃戦となり墜落、積み荷はそのままで南極の氷の中で永い眠りにつく。そして現在‥‥という出だしなのだが、これでは積み荷が魔物かなんかを閉じ込めた秘密の箱かなんかで、40年後、その結界を誤って解いてしまった南極の基地の隊員たちが一人また一人と消えていく‥‥という「遊星からの物体X (The Thing)」同様の展開を観客は予想するに決まっている。


そしたら「ホワイトアウト」は、しごく真っ当なサスペンス・スリラーだった。アンダーワールドの魔物や宇宙人なんてまったく出てこない。最初は常識ではまったく考えられない謎めいた殺人事件が起きるためによけいSFホラー系だと思い込まされるのだが、その事件もちゃんと合理的な説明で後で解明される。聞くとなんだと思うのだが、当然エイリアンか怪物、ゴーストといった類いによる事件と思い込んでいるため、まさかそんなこととはちっとも思いつかなかったのだ。


ある程度は作り手も観客がそう思い込むことを予想して作っていると思われる嫌いが節々にある。つまり私はまんまと騙されたわけだが、ベッキンセイルを起用してそうカン違いしやすい設定を利用して、一応骨格は本格ミステリだということが後で判明する。正直言ってこういう風に騙されることは私は嫌いではない。まんまといっぱいやられたという感じで、最後に真犯人が判明する件りの描き方は、本格ミステリの謎解きそのままだ。しかし、本格ミステリ好きの私はともかく、超常ホラーを期待して見に行った者は半分は釈然としないものを感じるかもしれない。


ベッキンセイル以外の出演は、彼女と共同で捜査に当たる捜査員プライスにゲイブリエル・マクトで、やっぱり「ジ・アザーズ (The Others)」なんて超常ホラーものに出ている。基地隊員ラッセルに扮するのがアレックス・オロークリンで、こちらはCBSの「ムーンライト (Moonlight)」でヴァンパイアを演じていた。さらにデルフィを’演じるコロンバス・ショートで覚えているのは「クアランティン (Quarantine)」だ。これでは私が「ホワイトアウト」をSFホラーものと思い込んでいても無理はない。演出は「ソードフィッシュ (Swordfish)」のドミニク・セナ。


まだ残暑厳しい9月に、身体の芯から凍えそうな南極の寒いサスペンス・スリラーを公開するのは当然戦略的なものだろう。わざわざ劇場の温度調整を下げ気味にしているのも意図的なものだと思われる。実際、夏に冷房をぎんぎんに効かして鍋を食うとか、冬に炬燵に入ってアイスクリームを食うとかの贅沢は、まあ時にはやりたくならないこともないが、しかし、なんかどっか間違っていると思わざるを得ない。単純に外は太陽燦々で暑いのに屋内に入ると鳥肌立つほど寒いというのは、体調崩す元だしエネルギーのムダ使いに腹も立つ。


実は私が「ホワイトアウト」を見に行ったマルチプレックスは、いつも冷房を効かせ過ぎでかなり寒い。これはこのマルチプレックスに限ったことではなく、だいたいアメリカの劇場は夏はいつもかなり寒い。体重過多で汗っかき暑がりのアメリカ人が多いことから来る要請なのだと思うが、アジア人や、私たち夫婦のように南国出身で寒さに弱い者にとってはたまらない。近年は特に歳とってきて、昔のように少しくらい寒いのならへいちゃらなんてことを気軽に言えなくなってきた。外が暑いからとショーツにサンダル履きで映画を見に行こうものなら、上映が終わる頃には膝が凍るように冷たくなっているということがざらになったので、しょうがないから映画を見に行く時は夏でも今では長ズボンだ。


そして「ホワイトアウト」に関しては、内容を鑑みて、季節柄涼を求める了簡で作品を見て来ている者が多いと劇場側が解釈したのは間違いないんじゃないかと思えるくらい、途中から本気で南極並みに寒くなった。膝どころか今回は半袖シャツから覗く肘まで氷のように冷たくなってしまい、私は両手の平で肘を押さえながら見ていた。これじゃ娯楽を求めにきたのに本気で苦行になってしまう。昨年、夏に公開された寒い映画「フローズン・リヴァー (Frozen River)」を見た時も、明らかに意図的に白い息が出そうなほど劇場内が冷やされていた。こんなのは観客サーヴィスではないと、私は声を大にして言いたい。一方別の意味で、こういう環境で見た作品が内容のできに関係なくかなり記憶に残るのは間違いないのだった。








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