Lawless


欲望のバージニア (ロウレス)  (2012年8月)

禁酒法時代を舞台としたドラマといえば、現在HBOでマーティン・スコセッシがTVドラマ・シリーズ「ボードウォーク・エンパイア (Boardwalk Empire)」を製作している。番組は現在第3シーズンを放送中で、番組の成功に影響されたか、昨年はアメリカを代表するドキュメンタリー作家のケン・ バーンズがその名もずばりの「プロヒビション (Prohibition)」を製作、ディスカバリー・チャンネルも、いまだに隠れて密造酒を作っているという者たちに密着する「ムーンシャイナーズ (Moonshiners)」を放送している。


禁酒法がドラマになるのはわかるが、近年禁酒法がにわかに注目されている嫌いがあるのは、個人でビールや酒を造る者が増えた個人醸造ブームとも関係している気がする。最近酒屋に行くと、行くたんびに新しい地ビールが増えているという印象があり、とにかくあらゆるところで人々が新しい酒造りを試している。禁酒法時代の酒造りは、そういう個人のノウハウが詰まっていて参考になるの だ。


とはいえ「ロウレス」監督のジョン・ヒルコートが個人醸造の観点から禁酒法ドラマに興味を惹かれたかというと、そうでないのもまた確かだろう。ヒルコート、あの、「プロポジション (The Proposition)」のヒルコートが、また一筋縄ではいかない作品を撮ったという印象が濃厚だ。前作の「ザ・ロード (The Road)」はうちの近くの劇場に来なかったため見逃したが、「プロポジション」はオーストラリア産西部劇だったし、「ロード」で描いていたのは文明滅亡後の時代だった。ヴァイオレンスが支配する世界を連続して描いているヒルコート、要するに禁酒法時代が選ばれたのも、その延長線上に理由があるに違いない。たぶんヒルコートが描きたいのは、そういう文明という覆いをはぎ取った後に現れる、人間の本質の部分にあるんだろう。あるいは、文明とその部分との相克か。


第一、禁酒法ドラマというと、人が連想するのは「ボードウォーク・エンパイア」のアトランティック・シティ、「アンタッチャブル (The Untouchables)」、「ロード・トゥ・パーディション (Road to Perdition)」のシカゴ等のギャング・ドラマ、もしくは「グレイト・ギャツビー (The Great Gatsby)」のロング・アイランドのような、贅沢な生活、あるいは洗練されたドラマの方だろう。それが「ロウレス」だと、洗練とは程遠いヴァージニア州の片田舎になってしまう。背景を見ていると、禁酒法ドラマというよりも西部劇で、実際に場所が近いこともあり、視覚的にはこないだ見たヒストリー・チャ ンネルの西部劇「ハットフィールズ&マッコイズ (Hatfields & McCoys)」の方によほど近い。ヒルコートはよほど文明と相容れない性格のようだ。


「プロポジション」を見た時、その豪勢な配役に驚かされたが、今回も出演の面々の豪華さには目を見張らされる。主人公のボンデュラント3兄弟に扮するのは、トム・ハーディ、ジェイソン・ クラーク、シャイア・ラブーフで、流れ者のウエイトレス、マギーにジェシカ・チャステイン、ラブーフが惚れる女の子バーサにミア・ワシコウスカ、若いが酒造りの名人クリケットにデイン・デハーン、ラブーフが憧れるギャングにゲイリー・オールドマン、その手下にノア・テイラー、敵役のマーシャルにガイ・ピアースと、ヴェテランから若いのまで、よくこれだけ集めたよなと思わせる。


ハーディとオールドマンは、「ダークナイト ライジング (The Dark Knight Rises)」でも共演して今夏の顔を代表しているし、撮影の時点では今春「クロニクル (Chronicle)」でブレイクしたデハーンなんてまだ無名だったろうに、ヒルコートが目利きであることもまた確かなようだ。たぶん一番見劣りするのは主演のジャックに扮するラブーフだろうが、これは性格付けが、一人前に見られたくて精一杯背伸びする若者という設定なので、それはそれで はまっているとは言える。関係ないが、こないだラブーフはバーで喧嘩してぼこぼこにされたという三面記事があった。「ロウレス」でもピアースに叩きのめされるし、実生活でもそういうキャラクターのようだ。「トランスフォーマーズ (Transformers)」だって、まだ一人前とは言い難いし。


「プロポジション」もそうだったが、今回もその特色は突発するヴァイオレンス描写にある。ヴァイオレンス描写を結構得意とする演出家は山のようにいるだろうが、ヒルコートの場合は「突発する」ヴァイオレンスが基本で、つまり、かなりスコセッシや北野武に近い。そのスコセッシが「ボードウォーク・エンパイア」 を製作しているように、ヒルコートも禁酒法時代に惹かれるものがあった。それでもスコセッシは煌びやかなカジノを描き、ヒルコートは田舎に引っ込んで汗くさくアルコールを蒸留する。


ヴァイオレンスという点を抜きにすれば、「ロウレス」を見て思い出したのは、実はデイヴィッド・フィンチャーの「ソーシャル・ネットワーク (The Social Network)」だ。主人公はいるが、主人公自体よりも、彼を取り巻く環境、事件が話をドライヴする。主人公の成長譚というよりも、周りで起きる事件の方がよほど興味深いので、主人公がいることを忘れてしまう。


「ロウレス」では、最も印象に残る登場人物は、ハーディ演じるフォレストだろう。幼い頃病気で死にかかった経験からか怖いもの知らずになり、何者に対しても決して引かず、喧嘩になったら相手を半殺しにするまで止めない。こういう、恐怖心や痛さを知らない、感じない人間が怖いのは、「ミレニアム2 火と戯れる女 (The Girl Who Played With Fire)」が描いている通りで、こんなやつと一対一で喧嘩して勝てる可能性は万に一つもない。実は、「ダークナイト・ライジング」で演じたベインと役柄としては瓜二つだ。どうもそういう印象を見る者に与えやすいらしい。それでも今春の「裏切りのサーカス (Tinker Tailor Soldier Spy)」ではまだ駆け出しのスパイに過ぎなかったんだが、いきなり重量級だ。そういや「裏切りのサーカス」の主演はオールドマンだった! よくよく二人は共演する運命にあるらしい。


「プロポジション」はオーストラリアを舞台にした云わば西部劇だったわけだ が、「ロウレス」は実際にアメリカを舞台にし、さらに視覚的に西部劇に近くなった。A&Eが放送している現代版西部劇「ロングマイヤ (Longmire)」では、主演はオーストラリア俳優のロバート・テイラーであり、西部劇をオーストラリア俳優が演じる例は多い。さらには今回、オーストラリア人のヒルコートが演出し、脚本、音楽を担当しているのも同郷のニック・ケイヴだ。西部劇を支える、あるいはアメリカの本質 (と人々が考えているもの) を体現、演出するのは、オーストラリア人の専売になりつつある。











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禁酒法時代のヴァージニア州フランクリン・カウンティ。酒を密造するのは違法とはいえ、田舎ではマーシャルに歩合を払うことでほとんど堂々と密造酒の販売が横行していた。フォレスト (トム・ハーディ)、ハワード (ジェイソン・クラーク)、ジャック (シャイア・ラブーフ) のボンデュラント3兄弟は、フォレストの強力なリーダーシップ、クリケット (デイン・デハーン) が作る良質の酒の評判で、ほぼその地域での酒の流通を独占していた。しかし新しく赴任してきた役人のレイキス (ガイ・ピアース) は、ボンデュラント兄弟が利益を独占していることが不満で、もっと大きな分け前を要求してきた。強硬に突っぱねるフォレストだったが、徐々にボンデュラント兄弟を取り巻く環境は厳しさを増してきていた‥‥


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