放送局: A&E

プレミア放送日: 1/14/2001 (Sun) 20:00-22:00

製作: A&Eネットワーク、グラナダ・エンタテインメント

製作総指揮: アンソニー・ルート、デリア・ファイン

製作: デイヴィッド・ローゼル、クレイグ・マクニール

監督: ロバート・マーコヴィッツ

原作: スコット・フィッツジェラルド

脚本: ジョン・マクローリン

撮影: ギイ・デュフォー

編集: デイヴィッド・ベイティ

音楽: カール・デイヴィス

美術: ターヴォ・スーダー

衣装: ニコレッタ・マゾーン

出演: トビー・スティーヴンス(ジェイ・ギャツビー)、ミラ・ソルヴィノ(デイジー・ブキャナン)、ポール・ラッド(ニック・キャラウェイ)、マーティン・ドノヴァン(トム・ブキャナン)、フランシー・スウィフト(ジョーダン・ベイカー)、ヘザー・ゴールデンハーシュ(マートル)、ウィリアム・キャンプ(ウィルソン)


物語: ニックは血縁に当たるデイジーから、ニューヨーク郊外、ロング・アイランドの超高級宅地にあるデイジーと夫のトムの豪邸に招かれる。ニックはそこでジョーダンを紹介されると共に、近くに住む謎の大富豪ギャツビーの話を聞かされる。ギャツビーの開くパーティはそれは贅を尽くしたもので、朝まで人々は踊り明かすのだという。その後マンハッタンでもニックはギャツビーの噂話を聞き、急速にその謎の男に対する興味が湧いてくる。そしてある日、家に帰ったニックは、ギャツビーからのパーティの招待状が届いているのを発見する。実際パーティは何から何までこれまでに見たことのない規模の豪勢さで、ニックは自分を招待してくれたその謎の主を探しながら、にやけた一人の男に出会う。その男こそギャツビーで、彼らは以来お互いに興味を覚え、親密さを深めていく。


一方、デイジーとトムの仲はうまく行っていなかった。トムは近くに女を囲っており、それはほとんど公然の秘密だった。ある日ニックとデイジーがいるところへ、ギャツビーが訪れる。実はギャツビーとデイジーは以前ギャツビーが出征以前に会ったことがあり、ギャツビーは以来ずっとデイジーへの想いを胸に秘めていたのだった。ギャツビーとデイジー、そしてトムと愛人のマートルを交えた緊密ながらも不安定な関係は、ある日、マートルが何者かの乗った白い車によってはねられて死亡したことで、急速に終わりを迎える‥‥


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「華麗なるギャツビー」は、実在しようがしまいが、とにかくよく知られている名前なら誰でもいいから伝記を製作してしまう「バイオグラフィ」シリーズで知られる、ベイシック・ケーブル・チャンネルのA&Eが製作したTV映画である。このチャンネルの視聴者層はわりと年齢が高めで、しかも高所得のインテリ層が多いから、TV映画では自然と今回の「華麗なるギャツビー」のような文芸ものが多くなる。去年もTV映画/ミニシリーズとしては私の昨年のベストであるベストセラー・ドキュメンタリーの映像化「経度への挑戦」を放送していたし、今年これから放送予定の番組も、「偉大なるアンバーソン家の人々」や、レックス・スタウト原作のミステリの映像化と、やはり原作つきばかりである。


「華麗なるギャツビー」については、何も私がわざわざ多言を労するまでもあるまい。狂瀾の20年代、ニューヨーク郊外ロング・アイランドの超高級住宅地を舞台に、ミステリアスな大金持ちギャツビーと、彼と恋仲になるやはり上流階級の夫ある身の女性が中心となって織りなす物語である。実は私がこの物語を読んだのは今から20年も前のことで、その時はこういう上流階級のスノッブさについていけず、スロウな展開に加えてまったくものの考え方が違う世界の話ということで、はっきり言って何が面白いのかさっぱりわからず、退屈だったという印象だけが残っている。


その後、ロバート・レッドフォードとミア・ファロウ主演の映画を名画座で見た時も、奇麗な映像ということと、ミステリアスというのとは違うが、それでもそれらしい雰囲気をまとってなかなかよかったレッドフォード、そのレッドフォードを煙に巻くファロウが結構印象に残ってはいるが、それでも傑作だと思ったわけではない。多分原作は人生経験を積んだ今の方が面白く読めるだろうと思う。まあ、20歳前後でこの作品を面白いと言っていたやつもいたわけだから、私は金銭的にも精神的にもよほど貧しかったということかね。


ま、とにかく、その「華麗なるギャツビー」の最新の映像化である。実はこの作品、昨年リンカーン・センターでオペラ化もされていて、何やらいきなりひそかにフィッツジェラルドのブームの気配である。今回ギャツビーに扮するトビー・スティーヴンスは、実は私はこれまでまったく知らなかった。しかしイギリスのかの有名なロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに属する若手ナンバー1である由。デイジー・ブキャナンに扮するのがミラ・ソルヴィノ。狂言回しであり、番組のナレーターも務めるニック・キャラウェイには、ポール・ラッドが扮している。


実はその主演の二人が、私には今一つであった。ソルヴィノ演じるデイジーはただ幸せでない受け身の金持ちの女性という枠を出ず、しかもそういう役が似合っているとは言い難い。ファロウの造型したデイジーの方が格段によかった。ソルヴィノはたまたま役にはまってしまったというだけでオスカーをとってしまった「誘惑のアフロディーテ」の売春婦以外、はっきり言って大したことはない。奇麗な人であり、ハーヴァードを首席で卒業した才媛 (彼女は中国語も結構いけるそうだ) でもあるらしいが、頭の足りなさそうな役が一番よかったというのは、本人のためにはいいのか悪いのか。しかし、それよりも問題は、彼女ではなく、ギャツビーを演じるスティーヴンスの方である。こちらはもうほとんどミスキャストと断言してしまって差し支えないんじゃないだろうか。


ギャツビー役が難しいのはよくわかる。原作からして役者に実力以上のものを要求しそうだし、とにかくまがりなりにもレッドフォードが造型した一つのギャツビーの典型と較べられるのは間違いないからだ。ファロウが演じたデイジーをやるのとは訳が違う。普通の役者じゃ首を縦に振らないだろう。結局スティーヴンスがキャスティングされたのは、本国以外では無名に近いが、それなりの実績があり、自信と野心のあるところを買われてのことだろう。しかし、それが成功したかというと、首を傾げざるを得ない。


まず第一に、スティーヴンスはミステリアスという雰囲気からはほど遠い。彼は笑うと向かって右側の唇の端が45度も上に上がるのだが、これはどちらかというと皮肉屋のギャンブラーというノリである。陰のある大富豪という印象はまったく受けない。その上いちいち演技が大仰で、対岸のデイジーのいる屋敷の灯を見つめるというレッドフォードが情感たっぷりに演じていたシーンも、スティーヴンスにはまったく似付かわしくない。ほうらね、やっぱり較べられちゃうんだよ。


ラッドは3年前ヘレン・ハントと共演した「十二夜」、昨年のカリスタ・フロックハートと共演した「バッシュ (Bash)」と、話題となった舞台には必ず出演していたという印象がある。 しかし非常にうまい役者だと思うのだが、なぜだか映画やTVではあまり目にしない。今回気づいたのだが、彼は白人にしては非常に足が短い。足だけではない。手も短いのだ。しかし胴は長く、つまり典型的な胴長短足で、その上、顔はでかい。体形だけ見るとまったく一昔前の日本の歌舞伎役者そっくりで、まるで白人ぽくない。さては彼が映画やTVにそれほど出ないのはそのせいかと思った。舞台はともかく、映像媒体ではそのために顔や演技がいくらよくても主役に抜擢されないのではないか。特に昨年の「バッシュ」はほとんど椅子に座ったままの演技だったから、そういうことにはまったく気がつかなかった。すべてを包み隠さず映しとる映画やTVという媒体は怖い。


ところで、ラッドが舞台の「十二夜」で演じたオーシーノ役は、イモジェン・スタッブスが主演した映画版では、実はスティーヴンスが演じているのである。その二人が同じ映画で共演というのも奇しき縁という感じがする。結構二人ともライヴァル意識を持っているんではなかろうか。それから今回はわりとアップも多いから詳しく観察できたが、ラッドはジョン・キューザックと印象が実によく似ている。なるほど、考えてみればこの二人が舞台と映画で演じている役というのは、お互いに交換が利きそうだ。うーん、今回は前々から目をつけていたラッドがナレーションも担当していただけに、結構ラッドの方に目が行ってしまった。でも実際、狂言回しを演じているラッドの方がスティーヴンスやソルヴィノよりも出番も多く、目に入るのだ。しょうがない。


あと、 昨年、番組の質は高かったものの、周囲のプレッシャーのために残念ながら2回放送されただけでキャンセルされた医療ドラマ「ワンダーランド (Wonderland)」に出演していたマーティン・ドノヴァンが、利己的なデイジーの夫役を好演している。これまでハル・ハートリー作品で見たどのドノヴァンよりも、今回の方がよかった。ラッドの愛人となるジョーダンに扮しているフランシー・スウィフトも悪くない。主演以外はだいたいよかったんだよなあ。ギャツビー家の書斎で飲んだくれている男やラッドに金儲けの話を持ちかけるギャンブラーとか、非常にいい味出していた。


実は今回の「ギャツビー」は、番組の冒頭でギャツビーは何者かに撃たれて死んでしまう。本編は彼を撃ったのは誰だったのかという、いわゆるミステリのフーダニット (Who Done It) 仕立ての体裁がとられている。その時プールの空気マットの上に寝そべっていた彼の手から、カフス・ボタンがプールの底に向かって落ちていく。うーん、これで彼の口元から「ローズ・バッド」とでもセリフが漏れたら、まるで「市民ケーン」ではないか。もちろん、狙っているのはそれだろう。これから、この謎の富豪の半生が語られていくわけだ。


それにしてはその後の演出があまりにもストレート・フォワードで、全然ひねりがなく、肩透かしで終わっている。残念。監督は「ニコラスの贈りもの」、「エベレスト死の彷徨」のロバート・マーコヴィッツで、この2作ともわりと誉められていたんだが。今回は荷が重すぎたというところだろうか。製作総指揮は「経度への挑戦」を製作したアンソニー・ルートとデリア・ファインで、そういつもいつも成功作をプロデュースできるということではないようだ。その他、撮影は「氷の接吻」、「自由な女神たち」のギイ・デュフォー、音楽はマイク・リーの「トプシー-ターヴィ (Topsy-Turvy)」を担当した英国映画界の重鎮、カール・デイヴィスが担当している。







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華麗なるギャツビー   ★★

 
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