Transformers: Dark of the Moon


トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン  (2011年7月)

月面に着陸したアポロ11号からの映像が途絶えた数分間、宇宙飛行士たちは月の裏側で驚くべき発見をしていた。それはデセプティコンに撃墜されたオートボットのセンティネル・プライムが操縦していた宇宙船アークだったのだ。時は変わって現代、地球をデセプティコンから守る働きを何度もしていたとはいえ、大学を卒業したサム (シャイア・ラブーフ) は定職もなく、今日も実りのない職探しに追われていた。そしてオプティマス・プライムはチェルノブイリの廃墟で、アークの燃料セルを発見する。そしてさらに、デセプティコンのショックウェイヴが虎視眈々と地球征服の機会を窺っていることを知る‥‥


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実は特に「トランスフォーマーズ」シリーズの新作、「ダークサイド・ムーン」に惹かれていたわけではない。3D作品ということでも、ちょっと最近はあり過ぎて目新しさもない。ヴィジュアルの点では確かに時代の先端を行っていると思える「トランスフォーマーズ」であるが、ヴィジュアルに走り過ぎた挙げ句、一見しただけでは敵味方がわからないという作品になってしまった前作「リベンジ (Transformers: Revenge of the Fallen)」は、ちょっとなと思わせられた。


一方、ではこの大作シーズン、他に何を見ればいいかというと、それも悩む。シリーズものか、特に興味を惹かれないスーパーヒーローものが並んでいる。「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2 (Harry Potter and the Deathly Hallows: Part 2)」、「パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉 (Pirates of the Caribbean: On Stranger Tides)」のハリウッドを代表するシリーズも、こちらとしては興味をなくして久しく、「グリーン・ランタン (Green Lantern)」、「キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー (Captain America: The First Avenger」といったスーパーヒーローものの、いよいよハリウッドもネタが尽きてきたかという印象が強い。かといって「カンフー・パンダ2 (Kung Fu Panda 2)」や「カーズ2 (Cars 2)」といったアニメーションにも食指は動かない。とまあ消去法で、最後まで残った「ダークサイド・ムーン」を見に行ったのだった。


とまあ特に積極的な理由があって見に行ったわけではない「ダークサイド・ムーン」だが、見どころは多い。特に、やはりCG技術の見事さには舌を巻く。これは本編上映の前に流れた「猿の惑星: ジェネシス (Rise of the Planet of the Earth)」予告編でも同じで、あのおサルさんたち、皆CGだろ、ちゃんと表情できてんじゃない、という感じで、この調子だと、本当に近いうちに登場人物に生身の人間を使う必要はなくなるんじゃないか。


というか、すべてコンピュータの中だけで事が足り、監督やカメラマンすらいらなくなって、コンピュータの前に座る技術者一人がいれば、すべてまかなえる世界というのが、思ったよりも速いスピードで近づいているのかもしれない。映画の将来を変えるのは、やはりテクノロジーか。スティーヴン・スピルバーグやクリント・イーストウッドではなく、マイケル・ベイやジェイムズ・キャメロンによって映画界は変わっていくのかもしれない。本気でそう思うくらいテクノロジーは進化している。


さて、今回は、過去、2度にわたって世界を救う働きをしたヒーローでありながら、大学を卒業した後も働き口がなくて職探しに奔走している主人公サムと、オートボッツたちの活躍を描く。国から勲章をもらうほどの働きをしていながら職がないというのは、現在中東で命をかけて戦って帰ってきても退役すると職がなく、ドラッグに手を出して問題となっている元軍人たちという現実の状況を思い起こさせる。


そのサムがやっとのことで就職した職場の上司がジョン・マルコヴィッチで、疑い深い同僚に扮するのがケン・ジョングだ。特に「ハングオーバー (The Hangover)」の成功以来、コミック・リリーフのアジア人というキャラクターがあると、ほとんど100%ジョングが出てくる。同様に、コミック・リリーフのアラブ人というキャラクターがあると、まず彼が出てくるという印象のアジズ・アンサリと共に、今、マイノリティのコメディアンでこの二人以上に活躍している者はいまい。


サムの恋人は前回までのミーガン・フォックスから、今回はランジェリーのヴィクトリアズ・シークレットのモデル上がりのロージー・ハンティントン-ホワイトリーに代わった。フォックスはセックス・キトゥンとして人気が出てしまい、もう「トランスフォーマーズ」だけに縛られる必要がなくなったんだろう。しかし、フォックス演じるミケーラに首ったけのサムが、なんとかしてミケーラの気を惹こうとして無理して手に入れたクルマがオートボットだったというのが話のそもそもの発端なのだから、ここはなんとしてもサムとミケーラのつかず離れずの関係を維持してもらいたかったと思う。しかし製作者は特に無理してまでフォックスを思い留まらせるという気はなかったようだ。すぐにくっついたり別れたりを繰り返して懲りない、いかにもアメリカの若者らしいとは言える。


アメリカには、今でもアポロ11号の月面着陸はフェイクだったんじゃないかと、信じていない人間が結構いる。「カプリコン1 (Capricorn One)」に描かれたのと同じ陰謀説が、いまだに脈々と受け継がれているのだ。アポロ11号の時、私はまだ小学校低学年で、その時日本上空も飛んだアポロの歴史的瞬間を見せようと、うちの親は既に寝床に入って熟睡していた私をわざわざ叩き起こして、あれがアポロだと、当時団地住まいのヴェランダから夜空を指差して教えてくれた。しかしとにかく眠気の方が勝っていた私は、あんな米粒の大きさもないよくわけのわからないものを見させるためにわざわざ起こしたのか、頼むから寝かせてくれと思ったことの方が、強く記憶に残っている。


今回は月面着陸自体はフェイクではなく、月面で起こったことがすべて我々に伝えられていたわけではなかった、という筋書きになっているが、アポロ計画は本当だったのかという、人々の間に横たわる根強い疑惑を下敷きにしていることにはかわりない。そうか、当時私が眠い目で見上げたアポロと月の裏側で、センティネル・プライムは復活の日を待ち続けていたのか。


一方、時代変わって現代では、デセプティコンが悪事を企む最初の地となったのが、チェルノブイリだ。これは今の日本人にとってはなかなかぎくりとする展開だろう。イーストウッドの「ヒアアフター (Hereafter)」の津波シーンほどでではないが、廃墟と化したチェルノブイリも今の日本人には結構荷が重いのではないかと思う。それとも、このシーンが特に話題になっているわけではなさそうなのを見ると、日本は立ち直りかけていると見ていいのだろうか。


なんていう風に、「トランスフォーマーズ」を見ると、毎回なんだか作品を見ながら映画以外のことに連想が飛ぶ。これはやはり「トランスフォーマーズ」が時代の先端を行っているからか、あるいは時代に密着して寄り添っていることの証明か、などと、またまたスクリーンを見ながら別のことを考えているのだった。









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