The Kids Are All Right


ザ・キッズ・アー・オール・ライト  (2010年8月)

女医のニック (アネット・ベニング) ともっぱら家庭の切り盛り専業のジュールズ (ジュリアン・ムーア) はゲイのカップルで、歳頃の女の子ジョニ (ミア・ワシコウスカ) と男の子レイザー (ジョシュ・ハッチャーソン) の二人の子がいる。ジョニはやがて大学に入って家を離れることもあり、ジョニとレイザーは本当の父親が誰かを突き止めて会いたいと思うようになる。画策が実って対面した父ポール (マーク・ラファロ) は,レストラン経営のクールな男性で、ニックとジュールズは、今さらではあるが、ポールを家に読んで皆で一緒に食事を提案する‥‥


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この映画、やたらと評がいい。小品だからこれまで予告編すら見たことがないのだが、この夏公開の映画としては、文句なしに断トツの評価を得ている。なにやらアネット・ベニングとジュリアン・ムーアが難しい年頃になった子供たちを二人で協力して育て上げていくという、いかにもインディ映画という感じの映画っぽい。ま、それはそれでよかろうと劇場に足を運ぶ。


そしたら、確かにベニングとムーアが共同で子育てに奮闘するという作品ではあったが、その拠って立つ土台がまるで予想外だった。まず、この二人、ゲイのカップルという設定だ。それでいきなり、おっとした。この二人、これまでゲイ役なんかしたことあったっけ? しかしそう言われてみるとベニングなんてわりと男顔だし、ムーアもそういう風に見えないこともない。


二人には男の子と女の子の二人の歳頃の子供がいる。しかしゲイのカップルに自然に子供が生まれるわけはなく、精子を提供したバイオロジカルな父がどこかにいることは自明だった。 そのため子供たちが、自分の本当の親は誰かというアイデンティティ探しを始めたため、右往左往するベニングとムーア、当の子供たち、そして突き止めた本当の男親の戸惑い、交流を描くのが、「ザ・キッズ・アー・オール・ライト」だ。

アメリカでは直接血が繋がっていない子供たちを持つ家庭は結構多い。映画のようにゲイのカップルが精子や卵子の提供を受けた場合だと、少なくとも半分はカップルのどちらかの血を引いているわけだが、完全に血の繋がっていない養子をとる家庭も結構ある。


私も何人も養子として育った者を知っている。私の歳だとまだ養子を引き取って育てた者より、養子として育てられた者の知人の方が多い。その場合、親子関係はだいたいはうまくいっているのだが、気のせいか育ての親に対する気兼ねのようなものが感じられる。親子の愛情より、育ててくれた感謝の気持ちの方が先に来るのだ。いい悪いではなく、実際そうなんじゃないかと思う。彼らはつまり、最初から家族だったのではなく、家族に、なる。


こないだエミー賞でコメディ部門賞をとったABCの「モダーン・ファミリー (Modern Family)」でも、ゲイのカップル、こちらは女性ではなく男性のカップルがやはり養子をもらうのだが、彼らはヴェトナムから女の子を引き取った。私の知人にも、白人家庭に引き取られた韓国人の男性がいる。アメリカでも、白人なら白人、黒人なら黒人の子を引き取る家庭の方がまだ多いが、それでも、人種なぞまったく気にしない者たちもいる。家族とは与えられるものではなく、自分たちで築き上げるものだからという発想だろう。


私事になるが、私の母方の従弟は日本人の母親とアメリカ人 (白人) の父親との間に生まれた。本人は十代の時にスパニッシュの子との間に長女を設け、次に別のスパニッシュ女性との間に二人の男の子、そして今は黒人の女性との間に女の子を設けている。そういう家庭に生まれた子が将来養子をもらおうなんて考えると、血や肌の色なんか気にしないだろう。さらに、アンジェリーナ・ジョリーやサンドラ・ブロックといった、人種の異なる養子を育てているハリウッド・スターがそういうものの考え方に及ぼした影響は、小さくないものがあると思う。つまり、映画に描かれているのは、アメリカではまったく普通にあり得る状態で、不思議な点は何もない。


とはいっても、養子となった子供の立場から見れば、実の親を知りたいという欲求は当然あるだろうし、特に親と人種が異なれば、歳頃になればアイデンティティの確立に多少は困難が伴うのも容易に想像される。先頃公共放送のPBSでは、ドキュメンタリー・シリーズの「P.O.V.」で、養子というテーマで、「Wo Ai Ni (I Love You) Mommy」、「Off and Running」、「In the Matter of Cha Jung Hee」の3本の番組を編成した。


この3本は親と人種の違う養子をとったことがポイントで、「Wo Ai Ni」は中国人、「Off and Running」は黒人、「In the Matter of...」は韓国人の、それぞれ女の子が白人家庭に養子にとられる。特に「Off and Running」における女の子エイヴリーは、兄が黒人-スパニッシュ、弟が韓国人の養子兄弟だ。そういう家庭で育つと、育ての親は親として、やはりアイデンティティの問題に一時は悩まされるだろうと思う。家族が家族になるためには、多少の努力が必要なのだ。親がゲイであるという違いこそあれ、「キッズ・アー・オール・ライト」が描いていることもそのことに他ならない。

この作品で面白いのは人選だ。まずベニングとムーアの娘ジョニと息子レイザーを演じるミア・ワシコウスカとジョシュ・ハッチャーソンは,ワシコウスカがティム・バートンの「アリス・イン・ワンダーランド (Alice in Wonderland)」でタイトル・ロールを演じており、ハッチャーソンに至っては、近年、テラビシアにかける橋 (Bridge to Terabithia)」、「センター・オブ・ジ・アース (Journey to the Center of the Earth)」、「ダレン・シャン (Cirque du Freak: The Vamp;ire’s Assistant)」と、ファンタジー/SFでなくてはならない存在だ。

親の一人を演じるムーアにしても、一番最近は「ア・シングル・マン (A Single Man)」なんて作品もあったが、それにしても特に近年印象に残っているのは、「フォーガットン (The Forgotten)」「トゥモロー・ワールド (Children of Men)」、「ネクスト (NEXT)」、「ブラインドネス (Blindness)」等の、異色SFの方だ。むしろ現実派としての印象の方が強い役者なのに、これだけSFにも出ているのはムーアくらいのものだろう。

ジョニとレイザーの生理学的父であるポールを演じるラファロは、「ブラインドネス」でムーアと共演しているし、最近は「シャッター・アイランド (Shutter Island)」「かいじゅうたちのいるところ (Where the Wild Things Are)」「ブラザーズ・ブルーム (The Brothers Bloom)」と、やはり癖のある作品への出演が多い。その中でただ一人、SFやファンタジーとはほぼ無縁の印象のあるベニングが主演として出ているのが、不思議でもある。


演出はリサ・チョロデンコで、「ハイ・アート (High Art)」以来名を聞くのは久しぶり。「ブロークバック・マウンテン (Brokeback Mountain)」のアン・リーのように、ゲイ・ムーヴィを撮るからといって演出家もゲイだとは限らないが、「Lの世界 (The L Word)」演出の経験もあるチョロデンコ自身もゲイなのはまず間違いないだろう。


この映画が誉められているのはよくわかる。これまでにもゲイ映画や家族映画は星の数ほどあったが、それらを統合して新しい世界を提出してみせた。いや、上述したように、そううい世界は現実のものとして既にあったのを、やっと映画人が気づき、それを再構成して見せたと言った方が正しいかもしれない。ハリウッドが新しいSFXやCGの創出に腐心している間に、現実の方が先に進んでいたことに気づかされる。








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