The Bourne Identity

ボーン・アイデンティティ (暗殺者)  (2002年6月)

「暗殺者」という邦題で知られているロバート・ラドラムの同名タイトルの映像化。実は最初、私はこの作品はパスしようと思っていた。原作は邦訳が出た20年前に読んでおり、まあ面白くはあったが、読み返そうと思うほどじゃなかったし、私は「スーパーマン」みたいなスーパーヒーローものでもないのに主人公が超人並みに活躍するという話は、007を例外として、基本的に好きじゃないのだ。その上、その超人並みの活躍を見せるのがマット・デイモンであるということも、今一つひっかかった。デイモンは少なくともそれほどまずい役者だとは思わないが、しかし、歩く人間殺人マシンにも見えない。それで当然ここは同じ日に公開されたジョン・ウーの「ウインドトーカーズ」を見に行くつもりだった。


そしたらこの「ボーン・アイデンティティ」の評が結構いいのである。最近公開された映画の中では、「スパイダーマン」と同等か、それよりも批評家受けがいい。まあ、「スパイダーマン」も誉められ過ぎという嫌いはなきにしもあらずだったが、辛い評を受けやすいアクション映画でここまで好意的な意見を貰っているからには、やはり何か見どころがあるんだろう。一方で、「ウインドトーカーズ」は逆に結構辛い意見を貰っている。第二次大戦時にアメリカン・インディアンのナヴァホの言語を用いて、絶対に日本軍がは解読不可能の暗号を作り出した、とかいうようなアクション/ヒューマン・ドラマであるわけだが、その話の中核であるナヴァホ関係のドラマ部分のできがとにかく叩かれていて、別に大したことのない戦争アクションである、という意見が大勢を占める。そういうわけで、いきなり「ボーン・アイデンティティ」の方に興味が湧いてきたのであった。


マルセイユ沖で漂流していた男 (マット・デイモン) が近くを通りかかった漁船に救助される。男は記憶を失っており、自分が何者かを思い出せない。しかし男には撃たれた傷口が2か所あり、しかも皮膚の下にスイスの銀行の口座番号が印されたカプセルが埋め込まれていた。男は銀行に乗り込み、貸し金庫の中に幾つもの異なる名前が書かれた世界各国のパスポート、そして大量の現金と拳銃を発見する。アメリカのパスポートでは彼の名はジェイソン・ボーンというらしく、ボーンはそのことを手がかりに米大使館を訪れるが、セキュリティに止められたボーンは制止を振り切って逃走する。ボーンはちょうど大使館にいて、金に困っていたマリー (フランカ・ポテンテ) と取り引きし、パリまで彼を送って行ってくれるよう話をつける。しかし追っ手は執拗に彼ら二人の包囲網を狭めてきていた‥‥


私はやっぱり、どちらかというと、こういう「ゴルゴ13」的な超人暗殺者が活躍する話よりも、スパイものはジョン・ル・カレやブライアン・フリーマントル、あるいは高村薫みたいな、超人ではない人間を主人公とする書き込み型のリアリズムの方が好きなのだが、今回のようなものも、映像で見せられると欠点や嘘臭さを感じるより先にアクションが来るので、ついついそちらの方に乗せられてしまう。それにこの作品、確かにツボは押さえている。監督は「スウィンガーズ」、「Go」のダグ・ライマン。


デイモンは意外といいんだが、あと2インチばかり身長があればなあとはやはり思う。そうすればああいう超人的な活躍にも説得力がついたんだが。共演のマリーに扮するポテンテも別に低い方ではないので、二人が並ぶと身長差があまりない。それなのにデイモンばかりが常人離れした動きを見せるのが少し嘘臭い。それでも、まあ、そこそこ身体は作ってるし、これまでの役柄とは打って変わった役に挑戦してわりと成功しているところは、はっきり言って見直した。見る前は、この役はどっちかっつうとデイモンより、まだ盟友のベン・アフレックの方が向いているのではと思ったが、見終わってみると悪くなかった。アフレックはアフレックで今後トム・クランシーのライアンものが定着しそうだし、若手ではやはりこの二人の活躍は最も目につく。


デイモンを助ける役のポテンテは、何が意外かって、アメリカ製のハリウッド映画にしっくり収まっているところが最も意外だった。「ブロウ」を見ていないので、彼女がドイツ語以外の言葉を喋るのを今回初めて見たが、ほとんどヨーロッパ訛りのないスムースな英語を喋っており、何も知らなくてこの映画を見たら、ドイツ語のうまいアメリカ人だなと思ったかもしれない (そういえばデイモンのドイツ語やフランス語も、全部1行セリフばっかりだったが、本当っぽく聞こえた。特訓したんだろう)。ポテンテはボーイ・フレンドでもあるトム・ティクヴァ作品の「ラン・ローラ・ラン」「プリンセス・アンド・ウォーリアー」等でのエキセントリックな役の印象が強いが、こういう一歩引いた役も悪くない。元々ボーイッシュな顔立ちだし、途中で髪を切って男の子っぽくなったスタイルなど、非常によかった。


この作品で最も感心、かつ興奮させるのが、作品の半ば辺りのパリでのカー・チェイスである。ただでさえパリで街角を封鎖してのアクションを撮るのなんて大変そうなのに、世界でも有数の人が密集している大都会で屋外シーン、それもカー・チェイスを撮ってしまうのだ。しかもそれがわりと長いシーンだ。こういうシーンを撮るのに必要な準備期間、根回し、当局との交渉、交通整理、エキストラの調達、壊した車の数、ドライヴァーの確保、その他もろもろの些細な撮影の準備を考えると、頭がくらくらとしてしまう。このくらいの規模の撮影になると、絶対に事前に想像もつかなかった問題が現場で持ち上がるのは確実だし、そういうのを逐一解決しながらの撮影というのは、精神的にも体力的にも、相当タフじゃないとやっていけないはずだ。こういうのって、アジア人には無理だよなあ。第一、東京でこんなの撮ろうと思っても、絶対当局の許可が下りないだろう。


ヨーロッパの街中を舞台にした同様のカー・チェイスですぐ思い出すのが、007の諸作、およびジョン・フランケンハイマーの「Ronin」だが、「ボーン・アイデンティティ」のカー・チェイスもそれらの作品と同じくらいか、それ以上興奮させてくれる。パリの市街地でのカー・チェイスということで、ここではミニクーパーに乗ったデイモンとポテンテの二人が、ミニクーパーだからこそやっと通れるというような狭い道路を驀進し、階段を走り降りる。ミニクーパーって、確か007シリーズのどれかでもカー・アクションに用いられてたが、あの小回りの利く小ささで爆走するってところが、なんとも愛嬌と敏捷性がうまい具合に融合していて好ましい。特に今回思ったが、ミニクーパーはバックでスピードを出す時が一番絵になる。


他の出演者では、CIAの責任者に扮するクリス・クーパーがなかなかいい。私は元々彼の渋さが好きなのだが、ちと脂ぎってきたところも悪くない。しかし、その上司に扮するブライアン・コックスはそれほど見せ場があるわけでもなく、彼の実力からすれば少しもったいない使われ方かなという気がした。「LIE」で見せた変態小児愛好家なんて、すごくよかったのに。もったいないと言えば、現在、若手の女優では「セイヴ・ザ・ラスト・ダンス」、「O」(これは製作自体は3年前だが) 等、すごく活躍している印象があるジュリア・スタイルズも、CIAの連絡係というただの飾り的な役柄で、あれはもったいない。あの役は誰でもよかった。役柄上それほど出番が多いわけではないが、最近BMWのインターネット映画CMや「ゴスフォード・パーク」等、仕事が途切れないクライヴ・オーウェンも、また、なかなかクールな殺し屋役で出ていた。彼は「ルール・オブ・デス (Croupier)」がキャリアの大きな転機になったよなあ。








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