Push


プッシュ  (2009年3月)

香港で生活しているニック (クリス・エヴァンス) は未熟ながらもテレキネシスが使えるという特技があったが、それとてギャンブルで確実に勝てるほどのものではなかった。そこへ同様に特殊能力を持つ少女のキャシー (ダコタ・ファニング) が訪ねてくる。実は二人ともかつて超能力を研究するアメリカ政府の秘密組織から逃げてきたという過去があった。彼ら以外にも様々な能力を持つ者が組織から逃げていたが、むろん組織がそのことを許すはずがなく、カーヴァー (ジャイモン・フンスー) 率いる追っ手はついにニックの居所を突き止め、身柄を拘束しようとしていた。さらにかつてのニックのガール・フレンドのキラ (カミーラ・ベル) も組織を脱走していたが、彼女は記憶を失っていた‥‥


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「プッシュ」はテレキネシスや予知といった超能力を持つ人間を描くSFアクションだ。「X-メン」「ファンタスティック・フォー」のように変態したりするわけではないが、念ずることだけで物事に作用することのできる能力というのは、一見その力が誰がどこから使っているかわからないだけに、それを自由に使うことができれば強力な武器になるだろう。もしかしたら使い方次第ではX-メンやF4の面々より潜在的な影響力は大きいかもしれない。


なんて連想をするのも、当然主人公ニックを演じるのが、その「ファンタスティック・フォー」で火の玉男のジョニーを演じているクリス・エヴァンスだからだ。あそこでは炎使い、こちらでは念力使いと、よくよくスーパーパワーと縁のある役者だ。ついでに言うと「サンシャイン2057」では宇宙船乗組員と、SF度はかなり高い。


彼に絡むのが、現在ティーンエイジャーの女の子では演技力では随一と見られているダコタ・ファニングだ。ファニングは地に足のついた演技力で知られているが、一方でスティーヴン・スピルバーグの「テイクン」や「宇宙戦争」等、SF作品にもよく関係しており、シリアスなドラマにもSFにも出る。


そして彼女だけではない、シリアスさではファニングに勝るとも劣らないと思えるカミーラ・ベルもいる。ベルだって「紀元前1万年」や、さらに昔には端役とはいえ「ジュラシック・パーク: ロスト・ワールド」という作品にも出ていたりするし、スリラーの「ストレンジャー・コール」という作品もあるが、やはり彼女の特質が最も前面に出て印象的なのは、ドメスティック・ドラマの「ザ・バラッド・オブ・ジャック・アンド・ローズ」ではなかろうか。


そしてさらに ジャイモン・フンスーが彼らを追う秘密組織の親玉として登場する。なんか「ジャンパー」のサミュエル・L・ジャクソンみたいで、最近のこの種のSF系では、秘密組織の指揮官は坊主頭のスレンダー系黒人と相場が決まっているようだ。でも実際の話、彼らが黒いロング・コートなんか着たりすると、いかにもそれらしい感じがする。


エヴァンス演じる主人公ニックはテレキネシスが使えるが、政府組織に利用されるのが嫌さに姿をくらまして香港に住んでいる。とはいえ特にその技を磨く術を持たなかったニックの力は、正直言って何かの役に立つようなものではなかった。一方ニック同様に独自の力を持ちながら政府の実験台となるのが嫌で逃げ出して隠れて生きている者は他にもいた。その一人がファニング扮するキャシーで、ある日キャシーがニックの元を訪れる。彼女はこれから起こることを絵にして予言できる能力があった。


さらに薬をうたれて記憶をなくした、ベル演じるキラが研究所を逃げ出すことに成功する。記憶がないながらも、身体が覚えている反射によって追っ手を撃退するキラ。ニックらは占い師 (ミン・ナー) の助けも借り、無事キラとの合流に成功する。キラは記憶をなくしているとはいえ、ニックとはかつて恋人同士でけんか分かれしたような関係であり、二人の再会は気まずい一面もあった‥‥


「プッシュ」の舞台は香港だ。最初、香港に住んでいるニックが居場所がばれることで世界を股にかけた逃避行アクションになるものだとばかり思っていたら、最初から最後まで舞台は香港から動かない。なぜだか知らないが超能力ウォーズの舞台は香港ということになっているらしい。元々ジョン・ウーのスロウ・モーション・アクションの生まれたところでもあるし、その猥雑感は悪くないが、しかしどこからどう見ても白人で目立つに違いないクリスが、身を隠すためにアジア人の中に居を構えるという設定は、かなり苦しいと思わないことはない。これにブロンド美少女のキャシーが加われば、最初からここにいるから見つけてくれと言っているようなものだ。


第一、超能力を持つ彼らが捕われていた研究所は場所を特定されていないが、わざわざアメリカの秘密裏の研究所を国外に建設しようと考える為政者はいまい。香港に特異的にそのような能力を持つ者が多いというなら話は別だが。研究所からの脱走に成功したキラは、どうやら船に乗って香港に来たようなので、もしかしたら研究所は香港にあったわけではないのかもしれない。いずれにしても、香港でカンフー・アクションを絡めた超能力ウォーズはやはり視覚的には面白いことは確かなので、これはもう許す。やはりアクションの基本は絵になるかどうかだ。


とはいえ、絵になるかどうかということで言えば、「プッシュ」で視覚的に最も印象に残っているのは、私の場合、アクションではなく、道端で所在なく小型のスケッチ・ブックを持って佇むキャシーの姿だったりする。香港を舞台とするアクションということよりも、香港を舞台としたことで特に所在なげなキャシーの印象が強く記憶に残っている。まだ少女という段階から脱しておらず、ニックの恋愛の対象とはなれないキャシーに扮するファニングがいい。ここでは天才少女というよりも、単に現実にそういう時期にいるからこその微妙な揺らぎ感が印象的だ。


一方、私はまた、ちょっと目じりが下がり気味のベルの顔も結構好きなのであった。シリアスでありながらコケティッシュな魅力のあるベル、あと数年で美貌の女性になることは間違いないファニングと、両方から悪く思われていないエヴァンスは、男冥利のまったく羨ましい限り。こいつ、自分の幸運を果たしてわかっているのか。「サンシャイン2057」はともかく、「F4」でも今回もどちらかというと能天気な正義漢的な印象の方が強いからな。こいつに細やかな気配りなんか期待する方が無理だろう。演出は「シーフ」パイロットのポール・マクギガン。








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