ジャック (ダニエル・デイ-ルイス) とローズ (カミーラ・ベル) の父娘はアメリカ東海岸の人里離れた海沿いの場所で、たった二人でほぼ自給自足の生活を送っていた。ヒッピー世代の生き残りのジャックは、共同生活をしていた仲間が去った後も、娘と二人だけの生活を続けていたのだ。ある日ジャックはローズに内緒でつきあっていた女性キャスリーンと、その二人の息子を家に連れてくる。自分には伴侶が、年頃のローズにも母親が必要だと感じたのだ。ぎくしゃくとしながらも5人の共同生活が始まる‥‥


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昔々ヒッピー呼ばれる人々がまだ健在だった頃、アメリカ各地でそういう人たちが集まって共同生活を営むコミューンという共同体があった。結局、理想的な世界の確立を目指したそういう共同体は、現実の前に瓦解し、消え去っていく運命にあった。「ザ・バラッド・オブ・ジャック・アンド・ローズ」の主人公ジャックは、そういう世代の最後の生き残りであり、娘のローズと二人で頑固にそういう自給自足の生活を維持しようとしていた。


たぶん2005年という年は、こういう設定をかろうじて違和感なく展開することのできるぎりぎりの時代だという気がする。あと数年もすると、こういう人間の存在はほとんど胡散臭くなりすぎて、この手のシリアスなドラマの主人公にするには無理がありすぎると感じるようになるんじゃないだろうか。ヒッピーなんて、既にほとんど死語という感じがするし。


自給自足の生活を送るジャックとローズは基本的にほとんど世界と没交渉で、ローズは学校に行ってすらいない。ジャックから生活の術を教え込まれているため、自分たちの世界で生活をする分には少なくとも今のところなんの不満もなく、実際ローズはその世界に満足すらしているのだが、しかし、それで一生が送れると考えるほどジャックは楽観的ではない。結局自分も外の世界のローズが知らないところで関係を持つ女性がいたりする。


そしてある時、その女性キャスリーンと、彼女の二人の息子サディアス (ポール・ダノ) とロドニー (ライアン・マクドナルド) を連れて家に帰ってくる。もちろん自分の知らないところでジャックが関係を持っていた女性がいたなんてことは知らなかったローズは、それがすこぶる気に入らないし、二人の息子、特にセックスのことしか頭にないようなサディアスは特に気に入らない。たとえローズのためを思ってジャックがしたことであろうと、やはりこの計画は無理があった。結局ローズはほとんどジャックに対する反抗心から、好きでもないのによりにもよってサディアスに処女を上げちゃうし、処女を失った証拠の血のついたシーツをこれ見よがしに外に干されたジャックは、そのシーツを見て愕然としてしまうのだった。


で、その血のついたシーツを見てショックを受けるジャックを見て、私は笑ってしまった。別に笑うシーンではなく、どちらかと言うと悲しくなるべきシーンであるのだが、そういう、結局よかれと思ってしたことがいつも失敗に終わってしまう、これまでのデイ-ルイスが演じてきたような役がまた繰り返されていることに、なんか嬉しくなってしまったのである。このシーンだけではなく、この作品全体を通じて、時代というまず勝てそうもない相手に勝負を挑むドン・キホーテ的な役回りを演じているのだが、それがまたいかにもデイ-ルイスらしい。


デイ-ルイスって、昔からこういう負け犬的な役がよく似合う。もちろんこれは誉め言葉として言っているのであって、はっきり言って、彼より格好いい敗者は見たことがない。世界一絵になるルーザーがデイ-ルイスなのだ。考えたら、これまでデイ-ルイスが演じてきた役は、多かれ少なかれ全部そんな役ばかりだ。歳とっても格好よく負け続けることのできるデイ-ルイスってすばらしい。一昔前、同様に敗者の美学を体現することのできたロバート・デ・ニーロが現在ではコメディかホラーばっかりでファンを裏切り続け、クリストファー・ウォーケンも最近目にする機会がとんと減った現在、デイ-ルイスの存在はひたすら貴重である。できればエイドリアン・ブロディあたりにデイ-ルイスの衣鉢を継いでもらいたいと思っているのだが。


デイ-ルイスに限らず、この作品に出ている役者は、皆、かなりいい。ローズを演じるカミーラ・ベルもいいし、キャスリーンを演じるキャサリン・キーナーも、こういう普通の人っぽい役を演じさせると見事にはまる。嫌みな息子のサディアスを演じるポール・ダノも、デブのオタクっぽいロドニーを演じるライアン・マクドナルドも、こういう奴らっているいるって感じで、実にうまいキャスティングだ。それにしてもジェナ・マローンって、昔から美形なのに、幼い時は「冷たい一瞬を抱いて (Bastard Out of Carolina)」で養父に犯され、ここではサディアス相手にブロウ・ジョブと、性的に放縦というか、乱れた役を演じる機会が多い。もうちょっと下品になると逆にブリタニー・マーフィみたいにハリウッドのメインストリームで活躍できる機会が増えると思えるんだが、上品で綺麗すぎる顔がネックになっているという感じだ。もうちょっと、相手を見下すくらい上品になれると、今度はクロイ・セヴィニーみたいな役もはまると思う。


監督のレベッカ・ミラーは先頃物故したアーサー・ミラーの娘であり、夫はデイ-ルイスである。ミラーとデイ-ルイスの間には息子が二人いるそうだが、この血筋でもし子供が作家か役者にならなかったら国家的損失だろうなあとふと思ってしまうのであった。






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The Ballad of Jack and Rose   ザ・バラッド・オブ・ジャック・アンド・ローズ  (2005年4月)

 
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