数年前、たとえばケン・バーンズの「ザ・ウォー (The War)」を見た時なんかに、TVにおける死の描写の敷居が低くなってきたという感触は確かにあった。ドラマではない本当の死体がこれでもかとばかりに画面に映るのを見て、人は死に慣れ始めているのかそれとも逆に死が身近なものではなくなっているから死を見ても平気になっているのか、よくわからなかった。
ヴァイオレンスも同様で、AMCの「ブレイキング・バッド (Breaking Bad)」や「ザ・ウォーキング・デッド (The Walking Dead)」、FXの「サンズ・オブ・アナーキー (Sons of Anarchy)」のようなドラマのヴァイオレンス描写は、一昔前ならペイTVでしかお目にかかれなかった強烈なものだ。
一方、アメリカではヌードは解禁であり、大人ならモロ見えのエロ雑誌を買えるし、ペイTVでは平気でヌードを拝める。そのため、ヌード可のペイTV、不可のネットワーク/ベイシックという住み分けのようなものが確立してしまい、ネットワークTVやケーブルのベイシック・チャンネルで、特にヌードやセックス描写が大胆になっていくようなことはなかった。つい最近までは。
今夏、ベイシックのケーブル・チャンネルであるFXと、限りなくベイシック寄りのミニ・ペイ・サーヴィスであるインディペンデント・フィルム・チャンネル (IFC) が編成した「ユーアー・ザ・ワースト (You're the Worst)」と「ガーファンクル・アンド・オーツ (Garfunkel and Oates)」は、ついにフリー・セックスの波は、ここに来てベイシックのケーブル・チャンネルにまで押し寄せてきたかと思わせた。ペイTVの最後の牙城と思えたエロティシズムも、脅かされ始めた。
カン違いしてもらっては困るのだが、セックス描写が過激になったからといって、一般チャンネルのヌード描写が解禁になったとかいうわけではない。やはり今でもネットワークでのヌードはご法度だ。ジャネット・ジャクソンがスーパーボウルでのパフォーマンス中に一瞬おっぱいポロリしてむしろ気がつかない者の方が多かったのに、それを中継してしまったCBSが50万ドルという法外な罰金を支払わせられようとしたのは、ほんの数年前のことなのだ。
しかし、ぽっくんを見せるのがダメでもその近くまでならOKなら、それを逆手にとってぎりぎりまで見せたりするのは、見せ方によってはそのものずばりを見せるのより、よほどエロくなる場合がある。この辺がヴァイオレンスとエロティシズムの違うところで、エロティシズムとは畢竟想像力の賜物なのだ。ならば想像力に訴えかける番組作りをすればいい。
というのは、実は何年何十年も前から製作者は気づいてたと思うが、それを現実のものとする機会と市場の成熟とが、今になって巡ってきたという感じがする。そ のものずばりを映さなくても、あるいはだからこそ際どかったりエロかったりする。あるいは、映像ではなく、音、言葉という手段もある。もちろんここにも放送禁止用語という壁はあるが、やはりここも使い方次第だ。そんなこんなででき上がった「ユーアー・ザ・ワースト」と「ガーファンクル・アンド・オーツ」は、思わず目から鱗的なセックス描写が満載のコメディになった。それにしてもセックスが主題の番組が2本ともコメディか。
「ユーアー・ザ・ワースト」の主人公は、共に男運女運が悪い二人の男女、というか、自我が強過ぎて結局いつも最後には相手から見放される男と女が主人公だ。元カノからよりにもよって結婚式に招待されたジミーは、案に反してか予想通りか式を滅茶苦茶にしてしまい、会場を放り出される。そこで出会ったグレッチェンと意気投合、酒と自暴自棄な勢いで二人はジミーの家でヤリまくる。
その後ジミーは当然グレッチェンが帰ると思っていたら、グレッチェンは今晩は泊まっていくという。オレは睡眠時無呼吸症候群があって専用マスクを装着しないと寝れないんだと言うと、そんなことに頓着しないグレッチェンは、「トップ・ガン」みたいだと意に介せず、結局泊まっていってしまう。実は癖のあるジミーに対して、気を悪くすることなくお泊まりまでしたのは、グレッチェンが久し振りのことだった。ワン・ナイト・スタンドのはずだったが、二人共始終罵り合いながらも、わりと相性が、特にセックスの相性がいいことは認めざるを得なかった。
一方の「ガーファンクル・アンド・オーツ」は、偉大なデュオの、才能がない方の片割れ‥‥つまりサイモン・アンド・ガーファンクルのガーファンクル、ホール・アンド・オーツのオーツを意味する。その自戒の意味を込めての、女性二人のミュージカル・コメディ・ユニット名だ。別にガーファンクルなんて作曲の才能がなくてもあのヴォーカルだけで充分な才能だと思うし、オーツだってやはり彼がいてこそのホール・アンド・オーツと思うが、まあそこはそれ、コメディ・デュオなのだ。深くは突っ込まない。
あれ、と思ったのがオーツ役のケイト・ミクーチで、顔の大きさに較べてバランスが崩れるくらいの大きな目、ちょー見覚えがある。FOXの「レイジング・ホープ(Raising Hope)」に出ていた彼女だ。「ホープ」でも楽器持って歌っていたが、元々音楽系だったか。
さてその両番組のセックス描写だが、むろん局部露出はないが、見せないだけでやることはやっている。「ワースト」ではグレッチェンがジミーにフェラチオしている最中、ジミーのおちんちんに唾をぺっとはく。びっくりしたジミーが、今、唾はいた? と訊くと、グレッチェンはいかにもなんでなさそうに、気にするなよと行為を続ける。ジミーもそれもそうかとまた行為に没頭する。
かと思うと「ガーファンクル」では、やはり口を使って行為していたリキが、口の中で行かれてしまってそれをどうするかと議論する。リキの相手は同業者のスタンダップ・コメディアンで、後で二人の関係をステージの上でギャグ・ネタにされてしまう。 また、ガーファンクル・アンド・オーツはミュージック・デュオであるからにして、そんなあんな出来事をすべて歌にしてしまう。
等々、こういう描写や掛け合いは、これまでのベイシック・チャンネルではお目にかかれなかった結構際どいものだ。これがペイTVの、例えばHBOの「ガールズ(Girls)」なら、規制がないこともあり、これくらいの描写では驚かない (実際元々「ガーファンクル」は、HBOで製作が予定されていた。) IFCも、いわゆるミニペイ・サーヴィスで、視聴にはだいたいエキストラの視聴料が必要で、ベイシック・チャンネルを契約しているだけなら見れなかったりする。しかしFXは、結構ガキも見ているのではないか。
まあ、FXのオリジナル番組のラインナップというと、「サンズ・オブ・アナーキー」を筆頭に、「アメリカン・ホラー・ストーリー (American Horror Story)」、「ザ・ストレイン (The Strain)」等、ヴィジュアル的に結構来てる番組は多いし、内容的にも「ジ・アメリカンズ (The Americans)」、「ファーゴ (Fargo)」、「ジャスティファイド (Justified)」、アニメーションの「アーチャー (Archer)」等、時代を先取りしたような番組が並ぶ。既にわりと地均しは済んでいたか。果たして、ベイシック・チャンネルにおける性描写の革新は、今後も続くのかどうか。