The Power of the Dog


ザ・パワー・オブ・ザ・ドッグ  (2021年12月)

TVの「トップ・オブ・ザ・レイク (Top of the Lake)」を別にすると、2009年の「ブライト・スター (Bright Star)」以来、実に13年振りとなる新作が、ジェイン・カンピオンの「ザ・パワー・オブ・ザ・ドッグ」だ。 

 

トマス・サヴェジの同名原作の映像化であり、20世紀初頭のアメリカ西部を舞台とするれっきとした西部劇だ。それをニュージーランド出身のキャンピオンが撮る。近年、西部劇もしくはアメリカ中西部ものは、非アメリカ人とアメリカ人が、交互に自分たちの求めるものを体現する手段として西部劇を撮り合っているという印象がある。 

 

特にジョン・ヒルコート等のいるオーストラリアがアメリカ西部劇に親和性が高いというのは、オーストラリア大陸内部の砂漠を中心とする荒れた地形が、アメリカ中西部に似ているという地理的な部分が大きいと思える。お隣りのニュージーランドのカンピオンが西部劇に近いのも、別に不思議ではないと言えるかもしれない。 

 

昨年では英国人のポール・グリーングラスが撮った「この茫漠たる荒野で (News of the World)」が、トム・ハンクスが主演しているということだけで、純粋なアメリカ映画に見えてくる。最近話題になった「ザ・ハーダー・ゼイ・フォール (The Harder They Fall)」は、監督のジェイムズ・サミュエルは英国人、撮影のミハイ・マライメア Jr.はルーマニア人と、やはり外国人が西部劇を撮っている。 

 

一方で近年のアメリカ生まれのアメリカ人による西部劇というと、スコット・クーパーやテイラー・シェリダン等がいることはいるが、直近ではコーエン兄弟の「バスターのバラード (The Ballad of Buster Scruggs)」が真っ先に思い出されるなど、本家が正統西部劇ではなくちょっと捻った印象があり、やはり西部劇はアメリカ以外の血で持っている。  

 

さらに舞台を現代まで含める広い意味での西部劇とすると、今度はそれに、非アメリカ人も含めた女性監督が入ってくる。ケリー・ライカートの「ファースト・カウ (First Cow)」、ロール・ドゥ・クレルモン-トネールの「ザ・ ムスタング (The Mustang)」、クロイ・ジャオの「ザ・ライダー (The Rider)」「ノマドランド (Nomadland)」、デブラ・グラニック「足跡はかき消して (Leave No Trace)」等、もはや西部劇は、男くささの特権ではない。 

 

そして先頃、ニューメキシコで撮影中の西部劇「ラスト (Rust)」で、主演のアレック・ボールドウィンが撮影監督のヘリーナ・ハッチンスを間違って撃って死亡させてしまうという事件があった。撮影用の銃に本物の銃弾が装填されていたという痛ましい事故だった。この作品の演出は、アメリカ人のジョエル・スーザで、事件のせいで撮影は頓挫している。現代では、アメリカ人がアメリカ人を起用してアメリカを舞台とする正統的な西部劇を撮らせまいとする、何らかの意志が働いているという気すらする。 

 

また、ハッチンスは女性であり、西部劇の撮影監督が女性だ。ついでに言うと「パワー・オブ・ザ・ドッグ」撮影監督のアリ・ワグナーもまた女性だ。つまり「パワー・オブ・ザ・ドッグ」は、演出のカンピオンがニュージーランド人、主演のベネディクト・カンバーパッチが英国人、撮影のアリ・ワグナーがオーストラリア人、そして舞台とされているモンタナは、実はニュージーランドで撮影されている。これは、本当に西部劇と言っていいのか躊躇いすら感じる。 

 

とはいえ、作品としてよく撮れているのは間違いなく、これはたぶん、モンタナではなくニュージーランドで、女性目線で撮られているからこそだろうと思えるのも事実だ。出ている俳優陣も素晴らしいが、一つ見ていて思ったのが、なぜローズを演じるのがエリザベス・モスじゃなかったのかということだ。オーストラリア出身で、「トップ・オブ・ザ・レイク」でも一緒に仕事し、怯えた表情や受け身の演技もうまいモスは、それこそローズにうってつけだったろうに。カンピオンがモスを念頭に置いてなかったわけがない、きっとhuluの「ザ・ハンドメイズ・テイル (The Handmaid's Tale)」の撮影とバッティングして参加できなかったんだろうと勝手に決めつける。 

 

一応念の為に調べてみると、ビンゴ、思った通りで、実際、当初はモス起用が発表までされていたが、彼女が降りた理由までどんぴしゃりだった。ただし、ダンストの名誉のために言っておくが、彼女も決して悪くない。ただ、モス自身も、この役やりたかっただろうなと思う。 

 

調べたついでに、最初はジョージ役がポール・ダノに内定していたことも知った。これまたおおっと思う発見で、ダノのジョージは、これまた悪くなかったに違いない。因みにダノが降板した理由は、新「バットマン (Batman)」撮影にかち合ったからだそうで、ダノが扮するのは、1995年のヴァル・キルマー版「バットマン フォーエヴァー (Batman Forever)」で、ジム・キャリーが演じたリドラーだ。 

 

特に大きな役ではないが、ローズの付け人的な女中ローラに扮する、「足跡はかき消して」のトマシン・マッケンジーにもにやりとさせられる。ニュージーランド出身の女優であり、やはりあの辺りは西部劇と相性がいい。 

 

ところでタイトルの「ザ・パワー・オブ・ザ・ドッグ」だが、これは旧約聖書の詩篇22章20節、「わたしの魂をつるぎから、わたしのいのちを犬の力から助け出してください」から来ている。もちろん力を奮うフィルを犬に喩えているのだろうが、本当に一番驚きなのは、聖書の世界では犬は悪者ということだ。因みにその前の16節では、「まことに、犬はわたしをめぐり、悪を行う者の群れがわたしを囲んで、わたしの手と足を刺し貫いた」とある。犬が悪か。 


 










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1925年モンタナ。フィル (ベネディクト・カンバーバッチ) とジョージ (ジェシ・プレモンス) のバーバンク兄弟はウシを追うキャトル・ドライヴによって成功しており、何人ものカウボーイを雇っていた。ウシを追う途中の宿屋には、寡婦のローズ (キルスティン・ダンスト) と息子のピーター (コディ・スミット-マクフィ) がいた。ジョージはローズに惹かれ、二人は結婚するが、フィルはローズに好意を持ってなく、病弱なピーターにも邪険に当たる。ローズは結婚したことで地元の名士たちとの付き合いを余儀なくされるが、彼女にはこれといった特技や教育があるわけではなく、ストレスから徐々にアルコールに逃避するようになる‥‥ 


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