Nomadland


ノマドランド  (2021年3月)

ついにと言うかやっとと言うか、ニューヨークの映画館が再開した。私の地元のニュージャージーでは昨年末から徐々に再開していたのだが、人間の密集度が違うマンハッタンでは慎重にならざるを得ず、これまで再開は見送られてきた。 

  

考えれば長かった。最初数か月、もしかしたら半年は覚悟しなければならないかもと思っていたものが、まだまだ、いやもっとと伸びに伸び、一年経った。最初から今後1年間映画館やレストランは封鎖しますと最初から言われていたら、とてもじゃないが人々はデモやらストやら暴動を起こしたんじゃないかと思えるが、もうちょっともうちょっとと抑えられ、宥められたりしながら、結局一年経った。よくみんな我慢したもんだと、自分でも思う。 

 

南部や一部で明らかに我慢できなかった者たちもいるが、忍耐は美徳とは必ずしも言えないアメリカ人がここまで我慢したことは、一応認めてやってもいいだろう。あと、本当にもうちょっとだけ我慢してアジア人に対する差別まで我慢できれば、大いに称賛したいくらいだ。 

 

基本、自立精神旺盛のアメリカ人は、束縛されることを何よりも嫌う者も多い。ある意味その典型が、「ノマドランド」の主人公ファーンと、彼女と随時行動を共にする、ノマドと呼ばれる、定住場所を持たずに移動しながら生きている人たちだ。ラップトップ・コンピュータだけで定位置を持たずに働く者たちをノマドワーカーという言葉も、既に日本語でも定着している。 

 

一方、自由に暮らしたくても、移動のためにはクルマは必需品だ。多くのノマドはワンボックス型のヴァン、あるいはトレイラーを繋いで移動する。移動のためだけでなく、クルマは夜、寝るための場所でもある。さらに食べるものも当然必要だし、クルマを動かせばガソリン代もかかる。そのため不定期に働いて収入を得ることも必要になる。国立公園の繁忙期やレストランで働いたり、全米で最もオンライン・ショッピングが忙しいクリスマス・シーズンは、amazonがいい働き口だ。 

 

とはいえやはり収入は不安定だし、時には病気になったりクルマが故障したりもする。不安にもなるだろうが、それでも一人で束縛を受けずに暮らす方を選ぶのがノマドだ。 

 

しかも「ノマドランド」では、その生き方を選ぶのは、既にある程度歳もいった女性だ。その女性ファーンに扮するのはフランシス・マクドーマンドで、「スリー・ビルボード (Three Billboards Outside Ebbing, Missouri)」に続き、一人で生きて行く女性を演じている。弱い面を抱えながら、それでも強く生きようとする意志の強い女性を演じさせたらピカ一。 

 

このノマドという生き方に近いところを描いていたのが、デブラ・グラニックの「足跡はかき消して (Leave No Trace)」だ。この主人公も、家があってもそれを捨てて森の中で暮らすことを選ぶ。ホームレスではあるが、その気になればどこぞに定住する場所や金があっても自分から選んで家を持たないという生き方を選ぶ時、ホームレスではなく、ノマドになる。 

 

「ノマドランド」監督のクロイ・ジャオは、前作の「ザ・ライダー (The Rider)」も、似たような、西部で生きる主人公を描くざらついた肌触りの作品だった。グラニックもジャオも、女性だ。近年こういう一人で生きていくタイプの主人公を描く作品は、例えば「ザ・ ムスタング (The Mustang)」のロール・ドゥ・クレルモン-トネール等、女性が撮っている場合が多い。しかもアメリカ人ではなかったりする。ジャオに至っては北京生まれの中国人だ。元々ハリウッドはアメリカ人以外の血で成り立っている部分が多いが、人がアメリカの本質と感じているような部分すら、非アメリカ人が撮っている。 

 

「ノマドランド」は現在、アウォーズ・シーズンで賞獲りまくりで、たぶんアカデミー賞も制すると思う。現在のアジア系に対する差別が問題になっている時期だと、ポリティカルな針が振れやすいオスカーだと、監督賞もジャオに行く可能性が高い。たぶんそうなるだろう。史上初のアジア系女性の監督賞か。今からジャオが受賞スピーチでなんと言うかを考えて楽しんでたりする。 

 

ところでパンデミックにおける人々のメンタル・ヘルスへの影響は、映画界でも例外ではない。先月、「ノマドランド」で録音を担当したマイケル・ウルフ・スナイダーが、鬱のために自殺した。スナイダーを偲んで、マクドーマンドとジャオが弔意を寄せている。 

 

マクドーマンド 

「ウルフは私たちの心臓の鼓動、すべての呼吸を録音しました。私にとって、彼こそが『ノマドランド』です」 

 

ジャオ 

「(『ザ・ライダー』の撮影中) 彼は幸せそうににやりと私に頷いてみせたり、目に涙を浮かべたり、時には控えめに『もう一回』のサインを送ってくれました。‥‥ロケーション撮影の慌ただしさの後、私たちは一緒に座り、黙って私たちを取り囲む世界とお互いの音を聴き、思いを寄せました。セットで、それぞれのテイクの後で、すべての室内のトーンの静寂の中で、彼は常に私と一緒でした。また会いましょう (See you down the road)、マイ・フレンド」 

 

See you down the roadというのは、映画の中でノマドたちが使う合い言葉のようなもので、いかにも移動しながら暮らす者たちの挨拶という感じだ。 

 

ところでそのジャオの次作は、なんとマーヴェルのスーパーヒーローもの、「アベンジャーズ/エンドゲーム (Avengers: Endgame)」の続編、「エターナルス (Eternals)」なのだそうだ。これは‥‥なんということだ。もうアベンジャーズとは縁を切ったつもりだったのに。どうしてくれよう。 

 


 










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アメリカ中西部。夫に先立たれ、仕事先もなくなり、子供もいないファーン (フランシス・マクドーマンド) は、折々に様々な場所で季節従業員として働きながら、ヴァンに乗ってアメリカ中西部を移動して定住場所を決めないで生活していく生き方を選ぶ。ノマドと呼ばれるそういう生き方をしている者は既に多くいて、ファーンはそういう先達たちの教えや助言を聞きながら、一人で生きていくのだった‥‥ 


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