The Invisible Man


透明人間  (2020年6月)

果たして「透明人間」が作品として呪われているかあるいは祝福されているかは、判然とし難い。映画が公開されたのは2月28日、ニューヨークで最初のコロナウィルス感染者が確認されるのは、翌3月1日のことだ。州知事令によって私の住むニュージャージーのすべての映画館が封鎖されるのが、3月17日だ。  

  

「透明人間」は封切り後3週間を経験しており、基本的に稼げるだけはもう稼いだ後という印象は強かったが、それでもまだ見てない者も多くおり、私もその一人だった。それらの潜在的な観客を残して上映を打ち切らざるを得なかったというのは、関係者にとっては残念な限りだったろう。  

  

ところで同時期に最も注目されていたのは、「透明人間」ではなく、007シリーズ最新作の「ノー・タイム・トゥ・ダイ (No Time to Die)」で、この宣伝攻勢は凄かった。007に扮する主演のダニエル・クレイグは、公開直前あらゆるところにゲストとして顔を出しているという感じで、NBCの「サタデイ・ナイト・ライヴ (Saturday Night Live)」でも身体を張ってゲスト・ホストとして登場、007としてのキャラクターのままこんなギャグかましていいのと、こちらが心配するほどだった。  

  

そんな時に起こったのが、コロナウイルス・パンデミックだ。4月公開予定だった「ノー・タイム・トゥ・ダイ」は、これによって11月に公開を延期、2月から3月にかけてのすべての広告宣伝攻勢は、水泡に帰した。と言えるのかどうか、こちらもよくはわからない。「透明人間」のように公開期間を短縮されても、少なくとも最初に投入した宣伝費はムダに終わらない方がよかったのか、あるいは下手に公開時期を短縮されるより、仕切り直しでよかったのか。どちらにせよコロナ危機は、人々を多く宙ぶらりんにさせた。  

  

「透明人間」の場合、私が見るつもりでいた週に映画館が封鎖されたため、余計に見たさが募った。一方、中途半端に公開済みなため、たぶん慣例とは異なり、すぐにヴィデオ・オン・デマンド (VOD) に降りてくるだろうと踏んでいた。実際予想通り、従来なら公開半年後くらいでVODで見られるようになるところ、「透明人間」は封切って2か月後の5月には、VODで提供された。  

  

予想通りと行かなかったのが、せいぜい5ドル程度と踏んでいた視聴料だ。この時期、劇場封切りが予定されていた映画で、叶わずVOD直行の作品がそこそこあった。そういう作品は、視聴料が劇場公開と同程度に設定されており、「透明人間」もその例に倣った。つまり、視聴料は19ドル99セントに設定されていた。  

  

こちらは普段マチネーを利用して、だいたい10ドル程度で映画を見ているのに、映画館のスクリーンより小さな家の42インチのTVで見るのに、その倍の20ドルを払おうという気には、到底ならない。女房も見る気でいるなら、二人分20ドルならまだわかるが、ホラーということで女房にその気はない。  

 

ということで、それはないんじゃないのと思いながら悶々としていたところ、先日、再度チェックしてみたら、「透明人間」の視聴料が4ドル99セントに値下げされていた。そうそう、それでなくっちゃ、これで週末見れると思っていたところ、先刻、私が加入しているケーブル・サーヴィスのFiosから、VOD視聴無料提供キャンペーンの告知メイルが入っていた。これでやっとタダで見れる。  

  

さて、透明人間というと、映像化はこれまで結構例がある。わりと最近では新旧の「ファンタスティック・フォー (Fantastic 4)」があったし、個人的に最も記憶に残っているのは、ポール・ヴァーホーヴェンがケヴィン・ベーコン主演で撮った「インビジブル (Hollow Man)」だ。旧「ファンタスティック・フォー」でジェシカ・アルバが扮したのは、軽いお色気つきのコメディ・タッチの透明人間で、これはこれでまた悪くなかった。  

  

今回の「透明人間」はホラーとして製作されているが、それよりもこれまでと最も異なる特色は、タイトルこそ透明人間 -- The Invisible Man と題されてはいるが、主人公はその透明人間ではなく、透明人間に脅かされる側の人間ということだ。  

  

観客が透明人間に同調して、周りからは見えない透明人間として行動、活躍することに感情移入すると、ほとんどの場合それはアクションとして機能する。一方、透明人間に翻弄される側を中心に描くと、それはホラーとなる。相手がどこにいるかわからないのだ。これは怖いだろう。  

  

今回の「透明人間」は、その透明人間に脅かされる側を完全に主人公として設定し、透明人間自体は悪役として後ろに引っ込んでいる。「インビジブル」でベーコン演じる透明人間は、悪役ではあったがそれでもやはり主人公であったのとは異なる立ち位置だ。そしてそのことが特に前半、ホラーとして効果を上げている。  

  

映画が始まってからしばらくは、実はホラーだから見たい見たくない半々の女房と一緒に見ていたのだが、ちゃんと雰囲気を醸成して怖がらせる内容に、しばらくして女房は、これ以上は見れないと宣言して隣りの部屋に引っ込んだ。ちゃんと狙いが成功して機能していることの証左だ。屋根裏部屋に上ったシシーが、違和感を感じてペイントをぶちまけたところに人の形が現れるショットなんかも、非常に効果的。  

   

 

(注)以下、展開に触れてます。  

 

ただし前半は雰囲気重視で怖がらせるが、後半は、エイドリアンが生きてストーキングしていると確信したシシーの、反撃開始によるアクションへと変化する。これはこれで面白く、「1」はホラーだったが「2」はアクションへと変化した「エイリアン (Alien)」シリーズを思い出した。さらに終盤、シシーが妊娠していることが判明、そのためエイドリアンがシシーを攻撃する手が鈍るだけでなく、むしろ擁護しようとする展開は、今度は「エイリアン3」を彷彿とさせる。「透明人間」は、実は「エイリアン」に呼応していた。  

  

さらにラストは、実はファム・ファタールものだったのかと思わせるエンディングで、一作のうちで色々とテイストが変わる。ホラー、アクションもののお徳用作品みたいなのが、「透明人間」だ。  

  

このことは、主演のシシーに扮しているのが、エリザベス・モスであることとも大いに関係しているだろう。元々AMCの「マッド・メン (Mad Men)」で頭角を現したモスは、当初、どちらかというときゃぴきゃぴ系という印象が強かった。それがHuluの「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語 (The Handmaid’s Tale)」では虐げられる女を好演、エミー賞を獲得した。微妙な表情もできるが、角度や髪型にによってがらりと印象が変わる。それが「透明人間」でも生きている。同じホラーでも、「アス (Us)」ではきゃぴきゃぴ系、「透明人間」や「ハンドメイズ・テイル」ではシリアス系と、被害者のキャラクターを演じ分けられる。「透明人間」ではモスの表情だけをとらえた長めのフィックスのショットが何度も挿入されることからも、モスが演技派ということが知れる。  

  

演出はリー・ワネルで、「アップグレード (Upgrade)」でも印象的なアクションがばらまかれていたが、それは今回も同様。今回はさらにそのイメージを推し進めた、スタイリッシュな映像と演出に進化している。       











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サンフランシスコ郊外。天才技術家のエイドリアン (オリヴァー・ジャクソン-コーエン) と結婚していたシシー (エリザベス・モス) だったが、すべてを支配しないと気が済まないコントロール・フリークのエイドリアンからの脱出を計画、綿密に計算して実行した脱出行は、成功したかのように見えた。しかし長年の知人のジェイムズ (オルディス・ホッジ) の家に身を寄せたシシーの身の回りに、いかにもエイドリアンが近くに身を潜めているとしか思えない事態が連続して起こる。エイドリアンが透明人間になるスーツを発明したに違いないと確信するシシーだったが、シシーの意見に耳を傾ける者はいなかった。そしてエイドリアンの弟で弁護士のトミー (マイケル・ドーマン) が、エイドリアンは自殺したことを告げる‥‥  


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