マッドメン  Mad Men

放送局: AMC

プレミア放送日: 7/19/2007 (Thu) 22:00-23:00

製作: ライオンズゲイト、AMC

製作総指揮/脚本: マシュウ・ワイナー

製作: グレッグ・シュルツ、スコット・ホーンバッカー、ジャック・レクナー

監督: アラン・テイラー

撮影: フィル・エイブラハム

美術: ボブ・ショウ

編集: マルコム・ジェイミーソン

出演: ジョン・ハム (ドン・ドレイパー)、エリザベス・モス (ペギー)、ヴィンセント・カーサイザー (ピート)、ジャヌアリー・ジョーンズ (ベティ)、クリスティーナ・ヘンドリクス (ジョーン)、マイケル・グラディス (ポール)、アーロン・ステイトン (ケン)、リッチ・ソマー (ハリー)


物語: 1960年代。ニューヨークのマディソン・アヴェニュウに居を構える広告代理店大手のスターリング・クーパーで働くドン・ドレイパーは、切れ者としてその道で知られた存在だった。しかし身体に害をなすものという認識が高まってきたタバコをどうやって宣伝するかについては、さすがのドンも頭を悩ませていた。リーダース・ダイジェストはタバコの害の喧伝に余念がなく、政府はパッケージにタバコは健康に悪いものという但し書きをつけろと言ってくるのに、クライアントのタバコ業者は、なんとかしろとせっつくのだった。大型小売店大手のメンケンの女性代表レイチェルは旧態依然のドンの出してくる広告案が気に入らなく、会社内でもピートは常にドンの座を虎視眈々と狙っており、秘書課の新人のペギーも野心を隠そうとはしない。一方、ドンには美しい妻のベティと可愛い子供たちがいたが、ベティはいつ帰ってくるかわからないドンを待つだけの生活に耐えられないものを感じ始めていた‥‥


_______________________________________________________________


元々はアメリカのクラシック映画を取り揃えるベイシック・ケーブル・チャンネルだったAMC (American Movie Classics) は、数年前から方針を転換、今ではクラシックとは名ばかりの、近年の、それも2流3流の映画も、放映権が手に入れば手当たり次第放送している。というか、プライムタイムだと最近の映画の方が多いという印象がある。そちらの方がやはり多くの人が見るからだろう。


元々はコマーシャル・フリーのチャンネルだったが、財政難ということも大きかったのだろう、最近の映画も放送するようになったのと時期を同じくして、コマーシャルも入るようになった。一方、そのため、それまではそれなりにチャンネルを合わす機会もあったAMCであるが、その時期辺りから私がAMCを見ることはほとんどなくなった。


金がないためとにかくやたらと何度も同じ作品を再放送するので、だいたいこのチャンネルでやっている目ぼしい名画は以前にほとんど見ているし、クラシック映画という建て前なのに最近のどうでもいい作品が編成にのさばるようになったし、気分としてはコマーシャルの挟まる往年の名画というのはあまり見たくない。おかげで近年はクラシック映画を見たい気分の時は、ほとんど反射的に圧倒的な数のライブラリー作品を所有するTCM (Turner Classic Movies) にチャンネルを合わせるようになった。


そのAMC、以前から頻度としてはそんなに多くはないが、オリジナル番組も製作している。こちらの方は今でも黄金期のハリウッドを彷彿とさせる番組が中心で、ずばりその黄金期のハリウッド・スタジオを描いたドラマの「ザ・ロット (The Lot)」だとか、映画の登場人物に成りきらせるリアリティ・ショウの「イントゥ・キャラクター」なんてのを製作している。ドラマでは英国の詐欺師の集団を描く「ハッスル (Hustle)」なんてのもあったが、これは英BBCとの共同製作だし、BBCの方で先に放送されているし、本当の意味でAMCのオリジナルとは言い難い。


そのAMCが昨年製作したミニシリーズ「ブロークン・トレイル (Broken Trail)」は、弱小チャンネルのAMCとしては、ほとんどチャンネルの命運を賭けたと言っていい大型プロジェクトだったに違いない。ロバート・デュヴォールとトマス・ハイデン・チャーチ主演、演出はウォルター・ヒルという大型西部劇の「ブロークン・トレイル」は、ミニシリーズとしてはベイシック・ケーブルの記録を塗り替える視聴者を獲得しただけでなく、このほど発表されたエミー賞では、ミニシリーズ作品賞、主演男優デュヴォール、助演男優チャーチと3賞を独占、AMCがさらにオリジナル番組製作に取り組む自信ととっかかりをつけた。


そして今夏、満を持してAMCが投入したという印象が濃厚なのが、この「マッド・メン」だ。「マッド・メン」は60年代のニューヨーク、広告代理店が軒を連ねるミッド・タウンのマディソン・アヴェニュウを舞台に展開するドラマで (因みにマッド・メンというのは当時の広告業界人のことを言う由)、今夏、かなり注目されていた。というのも、製作総指揮/脚本のマシュウ・ワイナーは元々CBSのシットコム「ベッカー」で脚本を書いていた人物だが、6年前にこの「マッド・メン」を書いた。その直後からすごく面白くできのいい脚本があると業界内では噂になっていたらしいが、いかんせん60年代広告業界という、札束が飛び交う世界の裏側を描く話である、それをセットを組んで本気で製作するとなると、かなりの時間と製作費がかかることが予想された。


また、内容自体もかなり刺激的、扇情的で、裸やセックス、ドラッグにタバコ、アルコールといった、近年のTV界がむしろ率先して避けようとする話がてんこ盛りだった。結局ネットワークは二の足を踏み、この手の描写に規制のないHBOやショウタイム等のペイTVに話が舞い込んだのは当然の帰結で、そのHBOでヴァイオレンスやセックス描写で話題となっていた「ザ・ソプラノズ」のクリエイターであるデイヴィッド・チェイスの目に留まったのも、また当然の結果と言えよう。チェイス自身が今回の「マッド・メン」に製作として参加しているわけではないが、少なくともその脚本を読んだチェイスによって「ソプラノズ」の脚本家チームに招かれたワイナーは、そこで「ソプラノズ」の脚本に手を染めながら、じっくりと機会を待った。


そして今、何か自分たちのトレード・マークになるような企画はないものかと考えていたAMCの目に留まり、ついに実現したのが、この「マッド・メン」だ。それまでのAMCのオリジナル番組の製作規模を知っていたら、これは確かに清水の舞台から飛び降りるような気持ちでゴー・サインを出したんだろうなと思ってしまう。また、チェイスの後押しも大きく実現に際して力があったに違いない。


実際、「マッド・メン」はかなり「ソプラノズ」を連想させる。基本的にホワイト・カラーで占められる「マッド・メン」においてはほとんどヴァイオレンス描写はなく、描写に規制がかかるベイシック・チャンネルであるため、基本的に裸の描写もない。ではあるが、物理的なヴァイオレンス描写こそないが、誰が最も力を持つかというパワー・ゲームにおける心理的なヴァイオレンスというものがあり、その点は昔も今も変わりはない。ずっとじわじわと効いてくるという点では、大怪我でさえなければ時間さえ経てば快復する物理的なヴァイオレンスより、心理的ヴァイオレンスの方が効くだろう。要するにいじめだ。また、裸というものは、限界があるとはいえ、見せなくてもかなりの部分想像力に訴えかけることで同様の効果を得ることができる。要は作り手の力量の問題だ。


さらにアルコールとタバコにおいては、「ソプラノズ」より「マッド・メン」の方が徹底している。なんせ会議中だろうが食事中だろうが家でリラックスしていようが、ところ構わず酒を飲み、途切れることなくタバコをふかすのだ。とにかく男だろうが女だろうが誰も彼も四六時中タバコを吸い、酒を飲む。登場人物の一人は、俺のじいさんは好きなようにタバコを吸っていたが、95まで生きたよ。死んだのは交通事故でトラックにはねられたからだとうそぶく。その番組第1回で主人公の切れ者広告マンのドンが頭を悩ませるのが、そのタバコの広告というのがいい。なるほど60年代のニューヨーク、というか広告業界は、こういうものだったのだな。最近、ディズニーが自社製作の映画から登場人物がタバコを吸うシーンを一掃すると発表し、その他のスタジオもそれに追随する動きを見せているが、隔世の感がある。


「マッド・メン」を見て真っ先に感じるのは、よくできたTVドラマというよりも、よく練られた脚本という点にある。むろん話自体も面白いが、テンポがかなり悠長でじわじわという感じで話が進んでいく。さらにアクションという点では物理的なアクションがそうあるわけではないため、番組の放送が始まった当初、当時の雰囲気を濃厚に醸し出すセットや登場人物のファッション、髪型といった点に話題が集中したのも無理はない。とはいえそういう最初の注目が落ち着いた後に見返してみると、改めてその悠揚迫らぬペース配分やセリフ回しのうまさに舌を巻く。セリフを100%聞きとれているわけではない私ですら、確かにこの脚本はよくできていると思わせるのだから、ネイティヴならもっと感心できるだろう。


問題は、では、この番組が好きか嫌いかという点になってしまうと思う。要するに「ソプラノズ」だってそのできや革新性に異を唱える者はほとんどいないわけだが、だからといって番組を好きかと問えば、特に女性の多くはあのヴァイオレンス描写は見ていられないと言うだろう。「マッド・メン」の場合、確かによくできたドラマではあるが、ではこういう酒とタバコとセックスとパワー・ゲームの世界に対し、今後もずっと見るかと訊かれれば、私とはあまり関係のない世界だなと、つい思ってしまう。ハンサムで頭がよくてもてて客あしらいのうまいドン、で、だからどうしたと思ってしまうのは、あまりにも住んでいる世界が違うからか。60年代には60年代なりの逼塞感、圧迫感、ストレス、プレッシャーというものがあり、結局いつの時代にもその時代なりの楽しさも苦さもある。面白くはあるが、やはりそれを毎週毎週見ようという気にはあまりなれないのだった。


しかしこの番組、巷ではかなり熱狂的なファンを生み出しているようで、もちろんそれもわからないではない。この時代のこういう雰囲気が大好きという人も結構いると思う。おかげで「マッド・メン」は第2シーズン製作が決定しており、昨年の「ブロークン・トレイル」に引き続き、AMCは当たりを手にしたとひとまず言うことができるだろう。因みにこないだ新聞を読んでいたら「マッド・メン」主人公のドンに扮するジョン・ハムのインタヴュウが載っていて、彼自身はほとんどスーツを着こなすよりもドレス・ダウンした普段着っぽい服ばかり着ているアウトドア派で、実生活ではガール・フレンドのジェニファー・ウエストフェルト (現在ABCの「ノーツ・フロム・ジ・アンダーベリー (Notes from the Underbelly)」に主演している) と長年にわたって良好な関係を続けているそうだ。うーむ、そうですか。 







< previous                                    HOME

 

Mad Men


マッド・メン   ★★★

 
inserted by FC2 system