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アス  (2019年4月)

一昨年、「ゲット・アウト (Get Out)」で黒人が主人公、もしくは黒人の視点から見たブラック・ホラーという新ジャンルを一人で創造した才人、ジョーダン・ピールの新作は、やはりまたもやホラーだ。ピールは、NetflixでもクラシックのSFホラー「トワイライト・ゾーン (Twilight Zone)」のリメイクを製作しているし、このジャンルが専門のようだ。 

  

とはいっても、ピールはコメディアン出身で、一時NBCの「サタデイ・ナイト・ライヴ (Saturday Night Live)」とライヴァル関係にあったFOXのスケッチ・コメディ・ショウ「マッドTV (MADtv)」で頭角を現し、その時一緒にレギュラー出演していたキーガン-マイケル・キーとコンビを組んだコメディ・セントラルの「キー・アンド・ピール (Key and Peele)」で人気を得た。 

 

印象としては生っ粋のコメディアンで、だから人種テーマのホラーとコメディが融合した「ゲット・アウト」はなるほどと思わせられもした。しかし「アス」は、今回も黒人が主人公ではあるが、コメディ色はあまり強くない。しかも特に黒人が主人公である必要もない、どちらかというと、よりメインストリーム寄りの作りとなっている。 

  

一方で、前回に続いて入れ替わりテーマは健在だ。アイデンティティのずれや崩壊がホラーと関係が近いのは言うまでもない。それが人種問題とも結びついた「ゲット・アウト」は、今までにない斬新な切り口で見る者に強烈な印象を与えた。今回は人種問題が表立って前面に出てくるわけではないが、しかしアイデンティティや入れ替わりの問題は、人種問題を内包しているとも言えないこともない。 

 

「ゲット・アウト」でも「アス」でも、一見同じ人間のように見えながら中身が違うというのが怖さのキモだが、その現れ方は微妙に異なる。「ゲット・アウト」は、同じ入れ物に異なる中身が入っていた。それが「アス」では、もう一人の自分、ドッペルゲンガーが現れる。やはり似て非なるアイデンティティという問題が登場するのだが、どちらが怖いか。 

 

これまでこれこれこういう人物だと思っていた相手が、実はまったく違っていたというのと、自分自身が実はもしかしたら自分という人物ではなかったというのとでは、怖さの質が違うだろう。前者はともかく、後者は自分という存在のあり方に直接関わってくる。ある意味自分自身の存在の基盤が揺るぐ。やはり傍観者としてよりも、当事者として関係する方が、本人の立場からすればより怖いのではないか。 

 

ドッペルゲンガーには、白人も黒人もない。段々怖さの本質に迫っていくと、もう白人もへったくれもない。その点ではある意味、人種差別などない公平なホラーになってしまう。ホラー、特にゾンビ・ホラーが白人と黒人の対立をモチーフにしているのはジョージ・A.・ロメロの「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド (Night of the Living Dead)」が示している通りで、その人種差別を「ゲット・アウト」で暗喩ではなく堂々と提示したピールが、さらに人種差別が問題となっている現在に、もう人種差別なんか問題ではないというホラーを撮る。要するにホラーは暗喩として人種差別を扱う媒体にはなるが、それだけが本質ではない。 

 

とはいえもちろん人種問題に対する目配せみたいなものはあり、それを代表するのが、ドッペルゲンガーに襲われる金持ちの白人家庭だ。特に主婦に扮するのが、現在huluの、これも未来ホラーと言える「ザ・ハンドメイズ・テイル (The Handmaid's Tale)」に主演のエリザベス・モスで、ディストピア的未来で抑圧されているモスが、現在社会の白人富裕層で自由気ままに暮らし、ドッペルゲンガーに襲われるというシチュエイションが、こう言ってはなんだがなにやらおかしい。 

 

また、人と人が手を繋いでどこまでも伸びていく人間の輪 -- ヒューマン・チェインは、平和と友好の象徴みたいなものだが、それがとても怖いと感じさせる感情の反転の見せ方はさすがピールだ。結局人類はドッペルゲンガーに乗っ取られてしまうのか。「アス」はその気になれば続編が作れそうだが、その辺も織り込み済みか。 











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1986年、サンタクルズの海沿いの遊園施設のお化け屋敷で、アデレイドは自分とまったく同じ顔形のドッペルゲンガーに遭遇し、気を失うほどの怖い思いを体験するが、抑圧が利いて彼女自身はそのことを思い出せなかった。大人になってゲイブ (ウィンストン・デューク) と結婚し、今では手のかかる長女ゾラと長男ジェイソンのティーンエイジャーの子どもたちのいるアデレイド (ルピタ・ニョンゴ) は、家族の強い希望もあり、夏の休暇で気が進まないながらもサンタクルズの別荘を訪れる。羽根を伸ばそうとするアデレイドだったが、やはり水の近くになると、反射的に身体が拒む。そしてその夜、何者かがアデレイドたちの別荘に侵入しようとする。彼らはアデレイドたちと同じように4人連れで、しかもこれまたアデレイドたち同様、家族で、夫婦とティーンエイジャーらしき子どもたちがいた。いったい彼らは何者なのか‥‥   


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