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アップグレイド  (2018年5月)

どんなに今、ドライヴァーレスの無人自動車が事故を起こして物議を醸していようとも、将来的にはクルマは全自動になってドライヴァーがいなくなるのは、避けられない時代の流れになっているようだ。うちの女房なんかは免許を持っていないため、早くそういう時代にならないかと期待しているくらいだ。どんなにウーバーやリフトが普及しようとも、自分のクルマを持って好きな時に好きなところに行きたいという欲求はあるらしい。 

 

一方で「アップグレイド」の主人公グレイのように、移動の手段というよりも、自分でクルマを動かすことに喜びを感じる者もいる。マニュアル車に乗って、整備は自分でやるというタイプだ。私はオートマに慣れた今さらマニュアル車を運転しようという気はさらさらないし、自分でクルマをいじろうとも思わないが、やはり運転自体は自分でやりたいと思う。目的地に最短ルートで移動することだけがクルマに乗る楽しみではない。 

 

「アップグレイド」では、そのオート・パイロットのクルマが遠隔操作でハッキングされる。総電子化だと、あり得ない話ではないだろう。その結果、ギャングに襲われてグレイは半身不随になり、妻は殺される。絶望するグレイに助けの手を差し伸べたのが旧知の友人であり、ITの天才児イーロンだ。イーロンはグレイの身体の中に最先端のチップ、ステムを埋め込み、ステムに身体の電気信号を支配させることで、動かないはずのグレイの身体をまた動かすことに成功する。それも以前より素速く、力強く反応する身体を手に入れる。しかしもちろんそれには代償もあった‥‥ 

 

というのが筋書きで、何が面白いかというと、身体に埋め込まれたステムのおかげで超人能力を手に入れたグレイのアクションが、文字通り超人的で、笑わせるというか興奮させる。石森章太郎の「サイボーグ009」で、009が奥歯に埋め込まれたスイッチを押すと加速して超人的スピードで動くことができるようになるが、あんな感じだ。 

 

あるいは、一時話題になった絶対に負けないじゃんけんロボットとも言える。あれはカメラが捉えた相手のじゃんけんを見極めた上で、何千分の1秒という後出しで出すため、ロボットは絶対負けない。「アップグレイド」のグレイの場合、ステムが制御する反射神経が、相手が繰り出すパンチを見極めた上で、反応してカウンター・パンチを出すため、絶対に負けない。恐怖で身体が竦むなんてことがなく、ヒューマン・エラーの要素がないのだ。もしかしたらある程度弾丸すら避けることができるかもしれない。 

 

使える筋肉があるとそれが不随意筋でも動かせるから、いきなり寝ている状態からすっくと立ち上がるみたいな、人間じゃないような動きができる。「ハロウィーン (Halloween)」で、倒したと思ったマイケル・マイヤーズが、主人公のジェイミー・リー・カーティスの後ろですくっと身体を起こすという印象的なシーンがあったが、グレイもああいう感じですくっと起き上がる。ああいう通常の人間ではできない動きをされると、気持ち悪いというかとにかく印象に残る。 

 

もちろんステムが埋め込まれた弊害もある。ステムはそれ自体が意識を持ち、グレイの身体を制御するためには、グレイの許可を得なければならない。グレイが許可すると、ステムが身体を支配して超人的能力で運動させる。その時はグレイの意識は前面に出られず、自分の身体とはいえ、一時的に身体を乗っ取られたのと同じ状態になる。むろん最終的にはそれがステムの企んでいることに他ならなかった。 

 

実はグレイに扮するローガン・マーシャル-グリーンにも増して印象に残ったのが、ステムを開発した天才科学者イーロンに扮するハリソン・ギルバーストンで、アンドリュウ・ガーフィールド版「スパイダー-マン (Spider-Man)」におけるデイン・デハーンか、あるいは「ゴースト・イン・ザ・シェル (Ghost in the Shell)」におけるマイケル・ピットに印象が似ている。あれがアメリカ人の考える公約数的なIT開発者なんだろう。実際にモデルとなっているはずの、全自動運転のクルマ、テスラを開発したイーロン・マスクはまるであんな感じではないんだけれども。 

 

そしてもう一人忘れてはならないのが、グレイたちが襲われた事件を捜査する刑事、コルテスに扮するベティ・ゲイブリエルだ。「ゲット・アウト (Get Out)」で主人公を霞ませて最も印象を残したゲイブリエルが、ここでは刑事だ。ステムに身体を乗っ取られたという役なら完璧だったはずなのにと、ちょっと残念。また、新シーズンのHBOの「ウエストワールド (Westworld)」にも出ている。真田広之や菊地凛子と共にサンディ・ニュートンが和服を着て登場する新シーズンで、もしかしてゲイブリエルが花魁役かと、これまた期待させてくれたが、実はゲイブリエルは銃を抱えた傭兵というキャラクターなのだった。もうちょいでど真ん中なんだがなあ。 











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近未来。クルマは既にほとんどがオート・パイロットになっていたが、グレイ (ローガン・マーシャル-グリーン) は昔のマッスル・カーを手作業でいじっている方が趣味だった。ある時妻のエイシャ (メラニー・バレホ) と共に知人の天才IT技術者のイーロン (ハリソン・ギルバーストン) の元を訪れたグレイが乗るクルマが帰り道で遠隔操作でハッキングされ、知らない場所に連れて行かれた挙げ句ギャングに襲われ、エイシャは殺され、グレイも下半身不随になる大怪我を負う。復讐したくても日常生活さえままならないグレイに、イーロンは、最先端を行くマイクロチップ、ステムを身体に埋め込むというオファーをする。ステムは身体の電気信号を支配することで、意識的には手足を動かすことのできないグレイを立たせ、動かすことができた。しかも通常の人間では不可能な高度で素早い動きを可能にした。今やグレイはほとんどスーパーマンと代わりなかった‥‥ 


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