Skyfall


007 スカイフォール  (2012年11月)

大人向けアクションとして新たなファン層を獲得して拡大し続ける007シリーズ最新作「スカイフォール」、今回演出を担当するのはサム・メンデスだ。メンデスは「ジャーヘッド (Jarhead)」「ロード・トゥ・パーディション (Road to Perdition)」のようなアクション色の強い作品もあるが、やはり印象に残っているのは「アメリカン・ビューティ (American Beauty)」や「レボリューショナリー・ロード (Revolutionary Road)」のようなドラマの方だ。 

 
007シリーズとしては前回の「慰めの報酬 (Quantum of Solace)」のマーク・フォースターも、やはりドラマの演出家としての印象の方が強い。たぶんプロデューサーは、アクションだけでなく、アクションに 正当な理由付けを与えることのできる演出家を最優先事項として選んでいるだろう。この分だと次あたりトム・フーパーやトム・フォードが演出を任されたとしても、私は驚かない。 
 
007を演じるのはダニエル・クレイグ、Mをジュディ・デンチというのは不動、今回悪役シルヴァを演じるのはハビエル・バルデム、ボンド・ガールのセヴリンにベレニス・マーロウ、Qにベン・ウィショー、ボンドに協力するエージェント、イヴにナオミ・ハリス、上司のマロリーにレイフ・ファインズ、ボンドの育ての親キンケイドにアルバート・フィニーという布陣。 
 
冒頭、MI6の重要な情報が入ったラップトップを盗まれたボンドは相手を追って走る列車の上で格闘になるが、誤って同僚のイヴに撃たれ橋下に転落、消息を絶つ。死んだものと思われたボンドだったが、MI6の危機を知って再びMの前に姿を現す。しかし味方の窮地を救うつもりだったボンドは、身体を鍛えず自堕落に過ごしていた期間のために身体が鈍り、MI6のテストにパスできない。しかしMが唯一心を許す腹心の部下である007はそれでも部署に復帰、MI6とMを亡きものにしようとするシルヴァを追い詰めるために行動を開始する。 
 
いつもの007よろしく世界を股にかけたアクションが展開するが、今回の最大の特徴は中盤以降、舞台が英国を中心に展開することだ。ボンドがロンドンでMI6の内部だけでなく、市街でアクションをこなすのはいったいいつ以来だったっけと思ってしまった。本当にいつ以来だ? 

  

そこでクライマックスを迎えると思いきや、最後の最後、シルヴァとの死闘は、ボンドの生まれ故郷、スコットランドで決着がつく。山岳に近い荒野の一軒家に立てこもるボンド、M、そしてボンドの育ての親、キンケイド。周りの環境だけを見ると、銃弾が飛び交わなければまるで「嵐が丘」の舞台だ。 

  

つまり、今回の舞台仕立ては、ボンドが生まれ故郷に帰ってきて、そもそもの発端に立ち戻り、一からやり直すことを宣言している。まさかボンドが昔、自分の幼かった頃を回想する、なんてシーンが007シリーズに登場するなんて思ってもみなかった。あのジェイムズ・ボンドに幼少の時代があったなんて。 

  

今回そのボンドの敵役シルヴァに選ばれたのは、ハビエル・バルデムだ。バルデムが演じた「ノー・カントリー・フォー・オールド・メン (No Country for Old Men)」 のシュガーは、近来稀に見る悪役を造型しており、あれを超える悪役の造型はそう簡単にはできないだろうと思っていた。今回のシルヴァはちょっと視覚的ホ ラーの怖さの要素が強く、シュガーみたいな胃がきりきりするような怖さとは違うが、それでもかなりの怖さを提供している。今後、バルデムにはホラー映画のオファーが増えそうだ。 

  

ナオミ・ハリス演じるエージェントのイヴは、ずっとボンドの協力者として登場するが、最後にちゃんと紹介されるイヴの名はミズ・マネーペニーで、お、あんた、マネーペニーだったのか。かつてはMにお目通しされる前に控えの部屋でいつもタイプを打っていてボンドにちょっかい出されていたマネーペニーは、オー ルド・ミス的なキャラクターだったが、それがフィールド・ワークもこなすフィジカル派になったのが今風。 

  

新Qのウィショーは、先頃「クラウド・アトラス (Cloud Atlas)」で不運の若手作曲家を演じていた。どちらもセンシティヴな技巧派というところが共通している。キンケイドに扮するアルバート・フィニーは、西のボンド、東のボーンと言われた (嘘です) ジェイソン・ボーン・シリーズで、そのボーンの事実上の生みの親ハーシュを演じている。実は近代西洋の二大スパイ、ボンドとボーンをこの世に送り出したのはフィニーだった。裏で何やっててもおかしくなさそうなやつだからな、そういう裏事情があってもおかしくないとは思ってたよ。 

  

これでクレイグ-デンチの近年の最強007-Mペアには終止符が打たれ、次回からは新しいペアが登場する。しかし新MはどこまでMを真面目にやり続ける気でいるのかは今のとこ不明だ。しかし、デンチのM、長かった。数えるまでもなく、半世紀を数える007シリーズの中で、最も多く登場しているのがデンチのMだろう。 

  

最初、デンチがMを演じることを余興というか真面目に考えていなかったことは、ほとんど明らかだと思われる。はっきり言って主人公のキャラクター設定が半分超人のようなものだったから、これはある意味しょうがない。絶対死なないマンガ的スーパー・エージェントにオーソドックスな演技で対抗しても、浮いてしまうだけだ。しかし特に過去3作の、シリアス路線になってからの007ではデンチも考え直したようで、ちゃんと演技していた。 

  

それなのに、そのデンチがいなくなってしまった。あるいは007が本当に生まれ変わって新生007として完全なものになるためには、過去と決別せざるを得ず、つまりは現在の007シリーズの生き字引きであるデンチを、同じ枠組みの中で登場させ続けるわけにはいかなかったのかもしれない。「スカイフォール」は死んだと思われて復活してきた007のためにではなく、生まれ変わるMに寄せたレクイエムだった。











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MI6の同僚から諜報員の情報を記録しているラップトップを奪った男を追っていた007ジェイムズ・ボンド (ダニエル・クレイグ) は、その途中、走る列車の上で男と格闘になる。ボンドと一緒に男を追ったエージェントのイヴ (ナオミ・ハリス) は、M (ジュディ・デンチ) からの指令により発砲、しかし銃弾は敵ではなくボンドに命中、ボンドは橋から落ちて川底に沈み、消息を絶つ。一方、MI6の名簿を手に入れたシルヴァ (ハビエル・バルデム) は、MI6をこの世から抹殺するべく行動を開始する。MI6の本部すら爆破され、Mの安全すら絶対的なものではなくなり、今やシルヴァの行動を止めることができるのは007しかいなかった‥‥


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