Jarhead   ジャーヘッド  (2005年11月)

1989年。父親が海兵のため当然のごとく自分も海兵となったスウォフ (ジェイク・ジレンホール) は、狙撃兵に抜擢され、トロイ (ピーター・サースガード) とペアを組まされる。クウェートに侵攻したサダム・フセイン率いるイラク軍に対するため、スウォフらはイラクに派遣されるが、前線でなく、ほとんどが後方待機のスウォフらに戦争という差し迫った実感はなく、士気は高まるはずもなかった‥‥


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イラク戦争が泥沼化している現在、アメリカにおいてもかなり厭戦気分は広がっている。ブッシュは戦争は終わったと言っているが、だったら今でも戦死者の数が増え続けて行くわけはないだろう。一時の、やれ仕返しだ、報復だのといった反動としての高揚した気分は薄れ、アメリカ兵だけでも2,000人以上という戦死者の数を多いと見るか少ないと見るかは別として、いずれにしても長引く小競り合いは気分を滅入らせるし、内省的な気分にもさせる。


「ジャーヘッド」は今回のイラク戦争ではなく、14年前の湾岸戦争を舞台としており、その時に狙撃兵として中東に行ったアンソニー・スウォフォードの同名原作を映像化したものだ。監督は「ロード・トゥ・パーディション」のサム・メンデス、主人公のスウォフォードをジェイク・ジレンホールが演じている。


戦争というものは、実は、前線で実際の戦闘に携わる者より、後方でそれを支援する者の方が多い。感じとしては、前線で戦う一人を後方で3-4人が支えているという印象がある。つまり、戦闘を支えているのは、兵士に武器や食料や医療品その他の備品を遅滞なく届けるサポートがあってこそだ。これらの後方支援なくしては戦争は成り立たない。


一方、前線においても、始終兵士は敵を相手にドンパチやっているかといえば、そういうことはない。時に夜戦や奇襲はあるだろうが、兵士といえども夜は寝ないと翌日に差し支えるし、毎日飯は食う必要がある。機械じゃないのだ。さらに、究極のパワー・ゲームといえる戦争においては、実際の話、戦闘よりも、相手を目の前にしながら攻撃を仕掛けることなく、ただ現状を維持して待機し続けることが戦闘の一部であるということは、スティーヴン・ボチコの「オーヴァー・ゼア」でも描かれていた通りだ。


「ジャーヘッド」でも、訓練期間を終えイラクに送られる兵士たちは、結局そこで何か月もただ、出動命令が下る日まで延々と、その日に備えていなければならない。炎天下の砂漠で何もすることがなく、やることと言えば無駄な演習ばかりで、一般国民の目から見れば、一言で言って税金の無駄遣いだ。そういう状況で、兵士も自分の正気を保ちながら、気晴らしもしなければならない。つまりプラクティカル・ジョーク、アルコール、ドラッグ、マスタベイションがその柱だろう (ただし「ジャーヘッド」においてはほとんどドラッグが使用されているという形跡はなかった。厭戦気分が蔓延するのを怖れてか、今では戦場では手に入りにくくなっているようだ。) それにしても「地獄の黙示録」を作ったコッポラは、まさかそれが実戦において兵士の士気を高揚させるために利用されるようになるとは夢にも思わなかったろう。


こういう状況は、一見するとだれた日常生活の延長に見えなくもなく、その点を誇張して映像化すればアルトマンの「MASH」のような皮肉を利かしたブラックなコメディになるし、一方でそういった、日常のようでいて実は見えないところから蝕まれていく非日常の世界を描くと、キューブリックの「フル・メタル・ジャケット」や、ストーンの「プラトーン」にもなる。要するに「ジャーヘッド」も、前線の戦闘を描く物語ではなくて、前線と日常の間で狂気に片足を一歩突っ込みながら、それを笑いとマスタベイションでごまかしごまかし今日という一日を乗り切って行く兵士たちを描く話だ。バーも娼館もない砂漠の真ん中にテントを張っての駐屯は、ちょっと町に繰り出せば娼館や娼婦のいたヴェトナムや朝鮮よりも、もっと兵士にとっての環境は悪いと言えよう。溜まっていく鬱憤は、どこかでガス抜きをしないといつかは爆発してしまう。狙撃兵として派遣されているのに、その機会がいつ巡ってくるかなんて誰にもわからないのだ。


映画は後半、軍曹のサイクス (ジェイミー・フォックス) に引き連れられた狙撃兵の一団が、いよいよ前線に赴くが、そこで訓練の甲斐を活かすことができるかはわからない。上意下達が至上命令の軍隊においては、上官にとって下級兵士というものは使い捨ての駒の一つに過ぎず、命令に服従しない兵士は、うるさく飛び回る蝿となんら変わることはない。


言うまでもなく、湾岸戦争とイラク戦争は違う。アメリカにとっては湾岸戦争は遠い隣人を助けるための援助行為の一環であり、イラク戦争は国を挙げての報復戦だった。そのため、前線の士気という点では明らかにイラク戦争ほどではなかったと言える湾岸戦争を描く「ジャーヘッド」は、イラク戦争よりはヴェトナムや朝鮮戦争と似てくるのは当然であり、先ほど放送された、今のイラクに駐屯する兵士たちを描く「オーヴァー・ゼア」とも違う。


要するに、「ジャーヘッド」は「オーヴァー・ゼア」ほど現状にシリアスじゃない。というか、「MASH」がそうであったように、かなり戦場という特殊な場所を舞台にした人間観察絵巻といった印象が濃厚だ。感じとしてはメンデスに政治的メッセージの発露という意図はなく、単に原作の人間ドラマに惹かれて映像化しただけであって、それをイラクの現状や現実の政治と比較されても困るというのが本当のところなんじゃないだろうか。特にブッシュ支持派がこの映画を見たら結構肩透かしを食うんじゃないかという気がする。


主演のジレンホールは現在、若手有望株の筆頭と目されている売れっ子で、実際今もグウィネス・パルトロウと共演の「プルーフ (Proof)」が公開中だし、年末公開のアン・リーのゲイ・フィルム「ブロークバック・マウンテン (Brokeback Mountain)」は、オスカーに絡んでくるだろうと既に今から噂されている。トロイを演じるピーター・サースガードも現在売れっ子で、ジレンホールが主役級の役が途切れないように、サースガードも「フライトプラン」等、こちらも重要な役での出演が途切れない。むしろ悪役から善人まで様々な役を演じきれるサースガードの方が役幅が広く、重宝しそうだ。


その他、貫禄がついたクリス・クーパー、「24」で人間味のある大統領を演じておきながらここでは非情なデニス・ヘイズバート、成長したなと感じさせるが、子役時代の方が印象が強かったルーカス・ブラック、「オフィス」のジョン・クラシンスキ、そして「レイ」のオスカー俳優ジェイミー・フォックス等が脇を固めている。






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