Quantum of Solace


007/慰めの報酬  (2008年11月)

ヴェスパの仇を討つべくホワイト (ジェスパー・クリステンセン) を捕らえM (ジュディ・デンチ) のところに連れて帰るボンド (ダニエル・クレイグ) だったが、ホワイトの口から漏れたのは、英国諜報部が存在さえ知らない隠れた組織があるということだった。実際、英国諜報部の中にまで入り込んでいた手先の者によりホワイトを逃がしてしまったボンドは、わずかの伝手を頼ってハイチ入りし、そこで謎の美女カミーユ (オルガ・クリレンコ) と、彼女のボスで血も涙もないビジネスマンのドミニク・グリーン (マチュー・アマルリク) に遭遇する。果たしてグリーンはいったい何を考えているのか‥‥


___________________________________________________________


「カジノ・ロワイヤル」の印象もまだ新しい今回の007、おかげで前作の公開は昨年だったとばかり思っていたら、既に2年前だ。「カジノ・ロワイヤル」からもう2年経つのか。いずれにしても、それまでのスーパーエージェント007から、怪我もすれば血も流す人間としての007に力点が移ってきたこのシリーズ、元々アクションは申し分なかったし、俄然シリーズに魅力が出てきた。


元々007というのは、そういう、普通なら死んでしまようなところを余裕のアクションでかわし、決めゼリフの一つや二つを発するというところに持ち味があったわけだが、それがふざけていて気に入らないという観客もいる。私の女房がまさにそのタイプで、あんなふざけた映画なんか見る気にならないという。どんなに私がアクションはやはり面白いよと力説してもダメなものはダメで、まったく重い腰を動かそうとしなかった。


そこへ登場したのが、ダニエル・クレイグが007に抜擢された「カジノ・ロワイヤル」だ。こいつは面白かった。そこで、これまではもういいやと思って特に女房を007を見に連れて行こうとは考えていなかったが、これならあんたも見れる、見たら絶対面白いと思うに決まっていると女房を説得、実際、TVコマーシャルもかなりシリアス・タッチで面白そうにできており、そこまで言うならと、彼女にとっては劇場で見るのはたぶん小学校か中学校以来という007を見に劇場に足を運ぶ。


女房とそういう話をしていて、小学校高学年時代、洋画は最もハイカラで胸ときめかした娯楽だったなあと思い出した。 ガキの頃日曜に友達と町に出かけると、最もよく徘徊したのが映画館とデパート近辺だった。金がないから町に行ってデパートに入っても気ままにショッピングができるわけではないが、映画の方は当時私の父と友人の父が地元の別々のラジオ局で働いており、タダ券がよく手に入った。うちの父からタダ券を貰えなかった時は友人が貰ってくるなどしたため、当時の子供にしてはかなりの数の映画を見ているはずだ。今なら小学生の子供だけで繁華街に映画を見に行かせる親はあまりいないだろう。


そうやって映画館の中で過ごした中で何本も見ている007のうち、特に「ダイヤモンドは永遠に」が作品の質とは関係なく最も記憶に残っているのは、中身がちょうどその頃の宇宙というものに興味を持ち出した少年の嗜好にぴたりと合致したからに違いない。ガメラとかゴジラとかとは違う別種の興奮をもたらしてくれたのが、007シリーズだったのだ。人は007シリーズと共に成長する。


今回の「慰めの報酬」は、前作「カジノ・ロワイヤル」の続編となっている。その最後のシーンで愛するヴェスパを殺した黒幕のミスター・ホワイトを捕らえたボンドが、今作の冒頭、彼を護送するというシーンから始まっている。むろん初っ端から007お得意のアクションの連発で、まずはこれぞ007というカー・アクションを堪能させた後は今度は生身のアクションと、手に汗握る。やっぱり007のアクションって面白い! と横を見ると、女房はほとんど息もつけずにスクリーンを凝視していた。私の視線を感じてこちらを見たので、どうだ、面白いだろ、と訊くと、すげえ、と返してきた。ほらね、食わず嫌いばっかりじゃ本当に面白いものを逃がしちゃうこともあるんだぜ。


ただし私の意見では、「慰めの報酬」のアクションで最も面白いのは、この冒頭の数シーンに固まっている。それが悪いとは言わないし、前作も合わせて長い一編と考えるなら、中盤にもう一度話を引き締めるための印象的なアクション・シークエンスが挿入されたと考えることもできる。とはいえ、クライマックスでもこの緊張感をもう一度、と思ったのであった。


また、「カジノ・ロワイヤル」ではそれまでの007の茶目っ気がなくなり、Qという存在が消えたため、それまでお約束の秘密兵器が、心臓救命のためのAEDになってしまっていた。瀕死のボンドが車のダッシュ・ボードを開け、さてどんな秘密兵器が出てくるかと思ったらそれがAEDだったというのはなんか騙されたような気がしたが、今回はそういうお茶の濁し方すらせず、単純に007の遊びの部分となっていた秘密兵器はまったく登場しない。


私見では今後の007を展開するにあたり、こういう、遊びや秘密兵器、ギャグやゆとりを強調する、従来の007の持ち味を強調する方向と、逆にシリアスに転じる両方向が模索、検討されたと思う。結果としてシリアス路線に決まりダニエル・クレイグが次007として決定したわけだが、その評価が高かったため、「慰めの報酬」からはもうこういうガジェットは取っ払うことになったのだろう。


しかしこの路線転換で思い出すのは、一時、初代007のショーン・コネリーの代わりとして登場した、007の継子とも言える真面目一徹風007ジョージ・レーゼンビーで、しかもこの「女王陛下の007」において、最後007の最愛の女性が死んでしまう。要するに「カジノ・ロワイヤル」と同じ展開なのだ。しかしシリアスなレーゼンビー007はその悲劇的なタッチが当時の観客の興味を惹くことなく、一作限りで姿を消した。それが今はその点こそが007が復活した最大の理由と見なされている。製作者、およびクレイグの魅力に負うところも多いとはいえ、これが時代の趨勢というものだろう。レーゼンビー007を見直せば、今の方が面白く感じるのは間違いないような気がする。タイミングが悪かったのだ。


シリアスになったのはボンドばかりではなく、ジュディ・デンチ扮するMすらそうだ。実はボンド役ばかり気にしていたのでデンチのMはそれほど気にかけていなかったのだが、デンチはクレイグ以前からMとして007に登場している。少なくともピアース・ブロスナンがボンドを演じていた時には既にデンチはMを演じていた。そう思って調べてみると、そのブロスナンが最初にボンドを演じた「ゴールデンアイ」からずっとMを演じている。そういえばデンチ以前はMは男性じゃなかったっけと改めて気づく。


とはいえデンチは最初から結構真面目にMを演じており、わりと余裕のあるブロスナン=ボンドとの対比がそれなりに面白かった。要するに真面目なMをボンドが軽くいなす的な印象が強かったわけだが、クレイグ=ボンドになってからはMはさらにシリアスになった。まさか自宅で化粧を落とすMというシーンを見ることになろうとは思ってもみなかった。今後はポール・ハギスが脚本を書く限り、シリアスになったボンドとMの結びつきが深まって行くことになろう。


注目の今回の悪役とボンド・ガールは、悪役のビジネスマン、グリーンを演じるのがマチュー・アマルリク、ボンド・ガールのカミーユをオルガ・クリレンコが演じている。アマルリクは「潜水服は蝶の夢を見る The Diving Bell and the Butterfly」の印象が強過ぎて、彼が立って歩いてしゃべっているのを見るだけでも実はよかったねと思ってほっとするのだが、悪事を働くのはいけません。


クリレンコはヨーロッパ的な顔立ちにアジア的なエキゾチシズムを加えた、印象的な美人。「パリ、ジュテーム」の「マドレーヌ界隈」で事実上の主人公のヴァンパイアを演じていたそうだが、ああいう撮られ方をしているので彼女だとはまったく気づかなかった。第一「マドレーヌ界隈」は「パリ、ジュテーム」の諸作の中で私が最も楽しめなかった中の一本だったからな‥‥


演出は「チョコレート (Monster's Ball)」「ネバーランド (Finding Neverland)」のマーク・フォースターで、これこそが本作の最も意外な点だろう。最初フォースターの名を聞いた時は、思わずあのフォースターかと耳を疑った。「ステイ」みたいなアクション・スリラー的作品もあるとはいえ、特に「チョコレート」を撮った人間と007はどう考えても結びつかない。それが、アクション・シークエンスを考える者は別にいるだろうとはいえ、007か。しかもそういうアクションをちゃんとそつなくこなしているところに感心する。もしかしたらアクションに関しては別人が演出しているなんて言わないだろうな。いずれにしてもフォースターを演出に起用したというところに、シリアス路線を強調する007の今後の向かう方向が窺える。


映画を見てから何日か経ってからだが、うちの女房がいきなり、コムキャスト (うちが契約しているケーブルTVだ) のヴィデオ・オン・デマンドをチェックしたんだけど、007シリーズは多くが無料で見れるのに、「カジノ・ロワイヤル」は3ドル99セントかかるんだけど、見ていい? と訊いてくる。よくぞ金出して視聴する前に訊いてくれた。「カジノ・ロワイヤル」はペイTVのショウタイムで何度も放送してんだよ。今「慰めの報酬」でまた注目が集まっているから絶対今繰り返し放送しているに違いないと放送予定をチェックすると、やっぱり何度も再放送の予定がある。これなら事実上タダだ。ムダな出費は避けられた。しかしあんた、あんなに007はもういいと言っていたのに、前作に遡ってまで見る気になったかというと、だって、面白かったからと言う。007の将来は当分は安泰だろう。








< previous                                      HOME

 
inserted by FC2 system