Hulk


ハルク  (2003年7月)

公開初週にわりといい興行成績を得ながら、2週目に大きく成績を落としてしまったアン・リーの「ハルク」、家族向けとして子供にも見せるにしては内容が暗すぎると言われ、反響はあまりよくない。とはいえ個人的には、私が今年夏の大作で、「マトリックス リローデッド」よりも、「T3」よりも期待していたのが、この「ハルク」だ。「グリーン・デスティニー (Crouching Tiger, Hidden Dragon)」でアクション映画作家としても注目されたリーが、果たしてどんなハリウッド・アクションを撮ったのか。期待度大である。


軍関連施設で遺伝の研究をしていたデイヴィッド・バナーは、自らを実験台にして人体実験を行った結果、軍施設から追い出される。養子に出されていたその息子ブルース (エリック・バナ) は、成長して父がどのような実験をしていたかも知らないまま、同僚のベティ (ジェニファー・コネリー) と共同で、かつての父と同じような研究をしていた。ある日実験ミスにより大量のガンマ波を浴びたブルースは、父の人体実験によって受け継がれていた因子との作用によって、緑色の巨大な怪物へと変身する。しかも、彼が怒れば怒るほど、彼の力は強大になっていくのだった。その上、死んだとばかり思っていた父 (ニック・ノルティ) がブルースの前に現れる‥‥


あまりにネガティヴな意見ばかりが耳に入ってくるので、そうか、いくらチャイニーズ・ワイヤー・アクションで世界をあっと言わせたリーでも、やはりハリウッド・アクションは勝手が違ったか、まあ、ある程度は無理もあるまいと思っていた。その上、超人ハルクが登場するようになった最近の予告編では、CGによって描かれたハルクが、やはりどうしてもちゃちく見える。いくら技術が進歩したとはいえ、まだCG人物が実写映画の主人公を張るには無理があるように見え、いささかがっかりしていた。昨年、CGなしの予告編を見た限りでは、すごくできがよさそうに見えたのに。


リーは、「グリーン・デスティニー」以前は、どちらかというと地味なドラマ、それも女性の機微を描くドラマで知られていた監督である。それが製作費1億ドルのハリウッド・アクションでは、勝手が違いすぎたのだろう。 と思いながらも見に行ったのであるが、これがどうしてどうして、面白いじゃないか。まず、予告編でわりとがっかりしたCGハルクだが、TV画面でそのシーンだけ見ると、どうしてもCGだとわかる荒さが目につくので不安になったのだが、劇場でストーリーの流れに乗って見ると、それほど気にならない。画面が大きくなるので逆にもっとアラが目につくんじゃないかと思ったが、そんなことはなかった。むしろCGのくせに微妙な表情を出しているところに感心したくらいだ。CGハルクが日の下でフル活躍するのは映画も後半になってからで、それまでにわりと暗いシーンで慣れさせられたというのもあろう。


それに話自体も、暗い暗い暗すぎると言われて見に行ってみると、別にそんなこともない。このくらいの暗さは、ヒーローがいつも必ず暗い過去を背負って生きていた日本製ヒーロー・アクションで育った私から見れば、別になんでもない。日本人なら、「ハルク」を見て暗すぎるとは決して思わないだろう。むしろ、そこに負の魅力を発見することができるに違いない。そうか、この暗さの面白さが能天気なアメリカ人にはわからなかっただけかと合点が行ったのであった。やはりリーはエイジアンなのだな。


とはいえ、負のパワーを感じさせるため、確かに子供に見せるにはショッキングすぎるというシーンもなくはない。そのことがてきめんに現れたのが、DNA処理を施されたミュータント犬がベティとハルクを襲うシーンで、このシーンは、ハルクが襲いかかる犬を千切っては投げ、千切っては投げと活躍するというよりは、犬に襲われる怖さの方が先に立つホラー的な味わいの方が強い。どちらかというと、「クージョ」に感覚が近く、そのため、場内には結構子供も見に来ていたのだが、大声で泣き出した子がいたくらいで、慌てた親に抱えられて外に連れていかれていた。


このミュータント犬は、「マスク」でジム・キャリー演じた主人公の飼い犬がマスクを被って変身した超犬を彷彿とさせ、その意味では怖いというよりもどこかしらギャグめいているのだが、そういう犬が襲ってくるというところが、逆に怖さを倍加させる。その点では、確かに「ハルク」は通常のヒーローものとは一線を画した、ダークな作品なのだ。


作品の体裁としては、スクリーンをいくつにも分割したマンガのようなカット割りを多用している。もちろんオリジナルのコミックを意識してのものだろう。その分割したコマの絵が次のコマに繋がったり、あるいは同じ瞬間に異なる場所にいる複数の人物を同時に見せるという手法は、最近、マイク・フィッギスの「タイムコード」やFOXの「24」によって、別に珍しくもない手法になっているが、今回は一画面の中に含まれるコマの数が違う上、そのコマの大きさが段々大きくなったり小さくなっていくところが新しい。マンガ慣れしている私は、一瞬、そのコマの大きさが段々変わっていくというところに不思議な感じを受けたが、やがてこの手法も一般化していくのかもしれない。少なくとも意味のないところで画面を分割して、見ている者をただ苛々させただけの「Narc」よりは、こちらの方が使い方はまだうまい。


今回、リーは、負のヒーロー、ハルクだけでなく、そのハルクの影の原動力となる、ヒロイン、ベティに扮するジェニファー・コネリーの描写にも力を入れている。元々女性ドラマの演出家としては定評のあるリーのことである、ここでもコネリーを実に綺麗に撮っている。実際の話、スクリーンに映る回数や時間から言えば、主人公のエリック・バナよりも、コネリーの方が長く丁寧に撮られているくらいだ (もちろんバナはCGハルクとして長い間登場はするが、それでもコネリーの方が時間をかけて丁寧に撮られているという感じがする。) これだけ綺麗に撮られたコネリーを久し振りに見た。何といっても脅え顔が印象的だった「フェノミナ」以来かもしれない。あるいはあまりにも幼すぎるので比較の対象にはならないかもしれないが、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」以来か。「レクイエム・フォー・ドリーム」よりも、「ビューティフル・マインド」のコネリーよりも、今回の方が断然美しく見える。リーはなんとしても彼女の美しさを世界に知らしめたいと思っていたかのようだ。そうか、「ハルク」は実はヒーロー映画のふりをした、やはり女性映画だったのだ。


他にもニック・ノルティが、ブルースの父デイヴィッドを怪演している。こないだニール・ジョーダンの「ザ・グッド・シーフ」で、渋いノルティを見せられたばかりなのに、この変貌ぶりはどうだ。実は登場人物で一番印象が薄かったのは、主人公のエリック・バナであったりする。バナ扮するブルースではなく、ブルースが変身するハルクが本当の物語の主人公であるわけだから、それも当然といえば当然といえるかもしれない。しかし、わざわざオタク的役柄を違和感なく演じ、後半、アクションに転じても無理がないという点で、似たような役柄である「スパイダーマン」を演じたトビー・マグワイアよりも、実はバナの方がさり気なく難しい役をこなしているかもしれない。







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