Fair Game


フェア・ゲーム  (2010年11月)

ヴァレリー (ナオミ・ワッツ) は表向きビジネス・ウーマン、しかし本当はCIAエージェントだった。彼女の本当の素性を知る者は夫のジョー (ショーン・ペン) と両親という限られた者たちだけだった。大学教授のジョーはブッシュ政権に懐疑的で、特に大量破壊兵器の存在の情報を意識的に懐柔してイラクに侵攻したことを激しく批難し、その矛先をかわそうとして政府は、ヴァレリーの素性をリークして仕事をできなくする。ヴァレリーは職を失い、ジョーも窮地に立たされる。ジョーは政府相手に戦い続けるべきだと主張するが、ヴァレリーは果たしてそのことが得策か苦悩する‥‥


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表向きビジネス・ウーマン、しかしその実態は政府の秘密エージェント‥‥ なにか最近、こういう設定の作品を見たことがある‥‥ アンジェリーナ・ジョリー主演の「ソルト (Salt)」だ。美形の有能ビジネス・ウーマンが実はFBIやCIAのエージェントで、彼女が罠や奸計のために窮地に追い込まれる。まったく同じ話だ。


異なるのはフィクションの「ソルト」に対し、「フェア・ゲーム」が基本的に事実を基にしたドキュドラマであることだ。どんどん007みたいなスパイ・ドラマとして展開した「ソルト」に対し、「フェア・ゲーム」はあくまでも事実を下敷きにした社会派ドラマということにある。


とはいえ事前にそこまでストーリーを把握していたわけではなかったため、実はそういう話だとは知らなかった。どうやら主演のナオミ・ワッツとショーン・ペンが夫婦役のようだが、二人して政府の陰謀に巻き込まれるアクション・ドラマなんだなとばかり思っていた。そしたら、秘密にしておかなければならないCIAエージェントという身分を暴露された女性とその家族が、政府を相手取って戦いを挑む社会派ばりばり全開のドラマだった。


ワッツ演じるヴァレリーは、その美貌を武器に、中東を中心にビジネス・ウーマンとして活躍するという役を演じている有能なCIAエージェントだ。彼女の本当の仕事の内容を知っているのは、夫のジョー (ペン) および、彼女の両親しかいない。大学教授のジョーは中東/アフリカに人脈があり、イラクを目の敵にするブッシュ政権が気に入らない。ジョーは、イラクには大量破壊兵器はないというジョーの意見に耳を貸さずイラクに侵攻したブッシュを激しく批難する。


政府はジョーに報復し黙らせるために、意図的にヴァレリーの素性をリークする。名を明かされたヴァレリーは、CIAを辞めざるを得なくなる。そしてそのことは彼女が中東で指揮していたミッションの途中瓦解を意味し、彼女を頼って情報をリークしていた現地の者の身の危険も意味していた。


しかし政府の後ろ盾という基盤をなくしたヴァレリーにはもはや打つ手はなく、黙って事態に耐えるしかなかった。一方ジョーはジョーで、妻が政府の秘密エージェントだったことでアフリカの取り引き相手の信頼をなくす。ジョーはヴァレリーに対し、政府相手に戦いを挑むべきだとたきつけるが、しかしすべてを失ったヴァレリーには、必ずしもそれが得策とは思えなかった‥‥


この話、実話を基にしているのだが、実は私は作品の最後のクレジットになって、ヴァレリー本人がスクリーンに現れるまで、これが実話のドキュドラマだったとは知らなかった。なるほど、少なくとも「ソルト」に較べれば1万倍はあり得そうな話に見えると思いながら見ていた。そしたらエンド・クレジットになって、ヴァレリー本人が政府相手に戦いを起こした裁判のニューズ・フッテージが挿入される。


そこで初めて、あっ、彼女知ってる、このシーン、数年前にニューズで見たことがある、美人スパイが素性をばらされて政府相手に訴訟を起こしたとして、大きなニューズになっていたと思い出した。なんだ、「フェア・ゲーム」ってこの話だったのかと初めて合点が行った。元の話を知っていながら、見ている間中まったく気づかなかったとは、とんだ間抜けだ。


実際、現実のヴァレリーはゴージャスな美人で、だからこそ当時も話題になった。「ソルト」の欄でも描いたが、今年、同様に素性がばれて本国送還となったロシアの女性スパイもモデルと見紛うような美人だ。なんとなく美形女性が現実にスパイというのは、どうしてもなんか受け入れ難い。しかし時に現実は小説や映画のように、あるいは小説や映画よりフィクションっぽい。


そのヴァレリーに扮するのがワッツ。本物のヴァレリーとはちょっと違うタイプだが彼女も美形だ。本物のヴァレリーやロシアン・スパイを見た後では、ワッツのスパイもありでもいいかという気にさせる。最近では「ザ・バンク (The International)」「イースタン・プロミス (Eastern Promises)」等、トップ・ビリングだが実はそれほど出番は多くない、もったいない使われた方をしていただけに、やっと力を発揮できたという感じ。


ヴァレリーの夫ジョーに扮するペンは、最近は一昨年の「ミルク (Milk)」もそうだったが、社会になにか一言ある作品ばかりに出ている。先頃もTVを見ていたらペンの社会活動を追う特集を組んでいて、彼は今なお復興の遅れている、地震後のハイチを定期的に訪れ、援助していた。マドンナと夫婦関係にあった頃の、まだ悪ガキ気分の抜けなかったペンと、今のペンが同じ人物とは到底思えない。ペンと、昔アメリカの恥とまで言われたのに、今は丸くなって人を立てることを覚えたテニスのジョン・マッケンローを見ていると、人間って変われるんだなと思う。


演出はダグ・リーマンで、「ボーン (Bourne)」シリーズや、「Mr. アンド Mrs. スミス (Mr. and Mrs. Smith)」のようなエンタテインメント・アクション・スパイ・ドラマとはまったく印象の異なる作品に仕上げており、知らなかったらこれがリーマン作品だとはまず気づかないだろう。社会派であるが、後半は夫婦間の葛藤を描く、ほとんど家庭ドラマの趣きさえある。それにしても、素性をばらされた元スパイって、再就職の口ってどれくらいあるのだろう。








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