お互いに秘密工作員として働いていたジョン (ブラッド・ピット) とジェイン (アンジェリーナ・ジョリー) は、とある国で素性を隠したまま恋に落ち、結婚するが、今ではその時の熱も冷め、マンネリ夫婦としてカウンセリングにかかる有り様だった。ある時、二人が別口で請け負った仕事が同じターゲットを目標としており、邪魔をしあった挙げ句、二人はお互いの本当の素性を知る。今やなんにも増して相手を消すことが先決であり、二人の間で殺し合いの火蓋が切って落とされる‥‥


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女房がどこかの雑誌で仕入れてきた情報によると、「Mr. & Mrs. スミス」はこの夏のハリウッド大作で人々の見たい度/期待度の第2位にランクされていたそうだ (確か第1位は「バットマン・ビギンズ」)。これはわからんではない。主演がブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーで、この二人が一般市民の仮面を被った暗殺者で、しかもお互いその素性を知らずに結婚してしまう。さらにいつかその仮面が剥がれた挙げ句、殺し合いをするまでになってしまうが、そういうシチュエイションをコメディとして製作する。


いわば、往年のハリウッドの男女間のどたばたを描くスクリュウボール・コメディをヴァージョン・アップした現代版だ。これだけでも面白そうだと思えるのに、主演のピットとジョリーがその製作過程でできてしまい、結局ピットはジェニファー・アニストンを捨ててジョリーの元に走ってしまったという背景がまた好奇心をそそる。そして実際、作品のトレイラーがまたよくできており、これは面白そうだと思わせた。私としては、断然「バットマン・ビギンズ」よりも「Mr. & Mrs. スミス」の方が見たかった。


夫婦が死闘を繰り広げる「Mr. & Mrs. スミス」は、たぶんに「ローズ家の戦争」を連想させる。しかし、「ローズ家の戦争」と違うところは、「Mr. & Mrs. スミス」では、根底では二人は愛し合っており、それなのにお互いに仮の姿を装って暮らしているため、どうしてもストレスが溜まる。自分の本当の姿をさらけ出していないのだから、それは当然だろう。豪邸も二人にとっては寛げる場所ではなく、いつも表面上は演技せざるを得ない。二人で夕食を共にしていながら、夫は本当は妻の作る食事をうまいと思ったことは一度もなく、実はその食事は妻が作ったものでもなかったという状態を何年も続けていれば、そりゃ息苦しくもなるだろう。


この手の作品では、アメリカにおいてはよく言われることだが、主演の男女がいかにそれらしく見え、はまっているか、つまり二人の間に火花散る化学反応 -- ケミストリーがあるかどうかが作品のできを決定する重要なポイントとなる。そして実際、ピットとジョリーは二人共なかなかいい。特にジョリーが、今では冷めてしまったとはいえ、かつて愛した男を殺さなければならない状況に追い込まれて見せる表情が実にいい。「トゥーム・レイダー」「アレキサンダー」で見せたような男勝りのジョリー、奸計を巡らす女傑というタイプが十八番というジョリーが、ここでは実に女性らしい可憐な表情を見せる。思わず胸キュンものである。


こういう表情を撮影中ずっと間近で見ていたピットが心がぐらついたのは間違いない。しかも始終一緒にくっついていて、ハードなアクションからラヴ・シーンまで、感情を昂ぶらせて結構危険なシーンをこなしていれば、それは気持ちはどうしてもお互いにシンクロしてしまうだろう。二人が撮影を機に急速に接近していったというのは非常によく理解できる。可哀想なのは貧乏くじを引いてしまったジェニファーの方だ。


実は構成自体にはかなり無理があり (特に最後の乱戦)、ちょっと長すぎる (スクリュウボール・コメディは、やはり短くポイントを絞って簡潔にまとめてもらいたい) と思える「Mr. & Mrs. スミス」が、それでも破綻を免れ (破綻してしまっていると思う者もいるだろうが)、一応最後まで面白く見れるのは、むろん演出のダグ・ライマンの力量もあるだろう。例えば、私はこないだ石田衣良の「池袋ウエストゲートパーク」を読んだのだが、その中で、登場人物の反射神経のよさを描写するのに、ジャケットで引っかけたテーブルの上のコップがフロアに落ちる前に空中でそれをキャッチするというシーンがあった。「Mr. & Mrs. スミス」では、実際にそういうシーンを見せる。ピットが落としたワインのボトルをジョリーが反射的にキャッチするのだが、文章で描かれたそういうシーンを脳裏に浮かべるのと、それをたとえCGの力を借りているとはいえども実地にやって見せるのとでは、果たしてどちらが効果的かなどと考えながら見ていた。


とはいえ、やはり作品を引っ張っているのは、ピットとジョリーのつかず離れず、愛し殺される関係が、観客の興味を持続させているからだろう。 私はいわゆるスターの私生活とかには普段はまるで頓着しない方で、別に誰と誰がくっつこうが別れようがそんなの全然気にもしなければかまいもしないのだが、そういう私にさえ、そういうプライヴェイトな背景を気にさせ、私生活をスクリーン上に持ち込んだ上で観客を楽しませるというのは、要するに、これは二人がやはりスターだからなんだろう。現代では、有名俳優が出演しているからといってそれが必ずしもヒットするとは言えず、実はスター・システムというのは有名無実なんではと思っていたのだが、こういう作品を見ると、確かにスターというのは存在すると思える。


欲を言えば、アクション・コメディであるからして、アクションはともかく、もうちょっとコメディにも力を入れてくれていたらもっとよかったのにと思わないではない。ピットが肩の力を抜いたコメディ演技もできるのは、スティーヴン・ソダーバーグの「オーシャン」シリーズで証明してはいたが、今回は主として笑いのパートは、主演の二人というよりは、ピットの同僚のエディを演じるヴィンス・ヴォーンが担当している。とはいえ、それだけではすこし弱いかなという気がする。ヴォーンは、最近はこういうコメディ色の方が強い作品ばかりに出ている。結構強面なのに、というか、だから逆にそういう役がはまるんだろう。


結局、最後に思うことは、ピットもジョリーも悪くない、しかしジェニファー、可哀想という、スクリーンの外にいる一人の女性のことなのであった。ジェニファーはハリウッド女優にしてはすごく性格もよさそうなのに、旦那を他の女にとられるなんてついてない。あんたも是非他の映画に出演して新しい男を見つけてくれと案ずることしきりなのであった。






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Mr. & Mrs. Smith   Mr. & Mrs. スミス  (2005年6月)

 
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