Milk


ミルク  (2008年12月)

1970年代、ニューヨークとはいえまだゲイという存在が市民権を得ていない頃、大っぴらにゲイということを隠さなかったハーヴィ・ミルク (ショーン・ペン) は、スコット (ジェイムズ・フランコ) と出会う。二人は一緒にサンフランシスコに越し、カメラ店を経営する。彼らの店は段々ゲイの溜まり場になり、ミルクはゲイの代弁者として政治活動の表舞台に度々登場するようになる。政治にのめり込んで行くミルクだったが、それは同時にこれまでのパートナーだったスコットとの仲が疎遠になって行くことも意味していた‥‥


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アメリカ史上初めて、公に自分がゲイであることを認め、ゲイのために尽力した、実在の政治家ハーヴィ・ミルクを描くドキュドラマ。とにかく主人公ミルクに扮するショーン・ペンが、各種映画賞で主演男優賞にノミネートされない賞はないというくらい話題になっている。近年のペンは役者としても幅が広がっただけでなく、昨年は最新監督作の「イントゥ・ザ・ワイルド」も高く評価されており、ますます脂がのってきたという印象を受ける。


役者としてはオスカーを獲得した「ミスティック・リバー」「21グラムス」系の、どちらかというと強持て系の役柄の方が私としては最も印象に残っているが、しかし「アイ・アム・サム」みたいな身障者役をやらせてもうまい。そして今度はゲイ役で、しかもちゃんとゲイに見える。大したものだ。


作品公開に先立ってTVであれはABCの「20/20」だったかがミルクの特集を組んでいたのだが、そこでミルクが在職中に職場で撃たれて殺されたということを知った。たぶんアメリカではそのことは一般的に広く知られている事実なのだろうと思うが、私はこの映画の話を聞くまでミルクという人間の存在を知らなかった。当時アメリカ国外に住んでいた者にとってはそうだろうと思う。いずれにしてもそれでたぶん映画ではそれがクライマックスになるだろうと思われる幕切れのシーンを先に知らされてしまったような気がして、なんか損した気分になった。知らなかった方が劇的度が増して面白かったに決まっている。


と思っていたら、実際の映画では上映が始まってすぐミルクは射殺されてしまう。作品はまずそのシーンを冒頭に持ってきて、そこから遡ってミルクの人となり、どうやって政治の階悌を昇り、そして悲劇的結末を迎えたかを描く。アメリカ人にとってはミルクが射殺されたことは誰でも知っている事実だからそのことを伏せておく意味はまったくないし、むしろ冒頭でその事実を再確認しておくことが作品の展開上有効だとの判断だろう。しかしアメリカ人だって現在30歳以下の人間ならミルクという人間を知らなかった者も結構いると思うのだが。いずれにしても、まず日本人ならほとんどの者はミルクが射殺されたことを知らないと思うが、だからといってここで私がその事実をばらしても観賞の妨げになるわけではないので怒らないように。


映画はミルクが成長してから、ほとんど30代後半くらいにニューヨークでパートナーとなるスコットに出会ってからを描く。幼少期はまったく描かれないので、彼の生い立ちがその後の彼の人生にどう影響を与えたかはまったくわからない。視点は彼がどうやって成長したか、何が彼に影響を与えたかではなくて、彼が何をしたか、どんな影響を人に与えたかという点に絞られている。演出のガス・ヴァン・サントもゲイであり、ゲイであることが自然であるサントにとって、ミルクがゲイになった、ゲイを自覚した経緯というものはあまりにも自明というか、サントにとっては興味あるものではなく、特にその辺りを描く気にはなれなかったのだろう。


ミルクがゲイの指導者として頭角を現すのは、スコットと共にサンフランシスコに移り、彼らの経営するカメラ店がゲイの溜まり場として機能し、ミルクがゲイ仲間の代弁者として慕われるようになってからだ。元々そういう政治体質を持っていたものと見え、ミルクはゲイの権利確立のために奔走するようになる。一方、パートナーのスコットはそういうことを好まなかった。そのため二人の間には溝ができ、最終的にスコットは二人のアパートを出て行く。


スコットに代わってミルクのパートナーになったのは、今度は感情の起伏の激しいジャックだ。ジャックはスコットと異なり、ミルクを自分一人だけのものにしたくてしょうがない。それにミルクは振り回され、やはり関係は山あり谷ありだ。さらに職場ではミルクのライヴァル兼同僚政治家のダン・ホワイトとの関係が悪化してくる。特にミルクのために自分の政治家としてのキャリアが大きく躓いたと思い込んだホワイトは、ミルクに含むものがあった‥‥


ゲイのサントが題材としてミルクを選んだのは当然過ぎるくらい当然だが、面白いのはミルクを筆頭に多くを占めるゲイの登場人物のほとんどを、ストレートの役者が演じていることだ。ハリウッドにはカミング・アウト済みのゲイの役者は多く、その気になれば主要な面々をゲイの役者で固められたと思うが、本当のゲイということよりも、ゲイに見えることの方がサントにとって重要だった。実際、プライヴェイトのペンにはまったくゲイらしい点は露ほども見えないし、スコットを演じるジェイムズ・フランコもジャックを演じるディエゴ・ルナもクリーヴを演じるエミール・ハーシュも、実物にゲイらしい点はほとんどない。


それらが皆映画の中では一応ゲイっぽく見えるという点に感心する。「ブロークバック・マウンテン」もそうだったが、実際のゲイであることよりも演技力のある方がゲイらしく見えたりする。しかし、特にゲイ・ストリートして名高いヴィレッジのクリストファー・ストリート近辺を徘徊して人目かまわず男同士でキスしているゲイって、本当にあんな感じなのだ。それとも本物のゲイの目から見れば、まだまだ甘い、研究の余地ありという風に見えるのだろうか。いずれにしてもハリウッドでは、実際にそうであることよりも、そのように見えることの方が重要視される。むろん「トーチソング・トリロジー」のような、ゲイ・テーマを実際のゲイの俳優が演じる作品もないではないが、むしろ少数派だろう。


ところでこないだCBSの深夜トーク・ショウの「レイト・ショウ」を見ていたら、作品の公開に合わせてフランコが宣伝のためにゲストとして姿を見せていた。そしたらフランコ、スタジオに登場した時からやたらとえへらえへらとにやけている。始終顔が締まりなくだらけているので、なんだこいつ、酔っているのかと思ったのだが、同様の感触はホストのデイヴィッド・レターマンも受けたと見えて、ずっとなんだこいつという顔をしていた。


映画を見て合点が行ったのだが、作品の中ではフランコ演じるスコットはかなりの部分でペンとキスしたり絡み合っている。素っ裸になるシーンもある。要するに「レイト・ショウ」の時は、フランコは照れていたのだ。なるほどこういう作品であったのなら、真面目な面して宣伝して帰るという気にならなかったのは大いにわかる。宣伝で見せるクリップがペンとのキス・シーンなんかだったりしたら、ちょっと状況を説明するのもためらわれただろう。


一方、私はよく深夜トークを見ているのだが、主演のペン自身は「レイト・ショウ」だけでなく、「レイト・レイト・ショウ」でもNBCの「トゥナイト」でも「レイト・ナイト」でも見なかった。いつぞやのアカデミー賞授賞式にも姿を見せなかったくらいだから、こういうプロモーションやTV嫌いは筋金入りのようだ。今夏、「アイアンマン」がヒットして、これ幸いとばかりに深夜トークだけでなくありとあらゆるTV番組に顔を見せていたロバート・ダウニーJr.とはまったく逆だ。


ペンとフランコ以外でも、上述のルナ、ハーシュもいい。ルナはメキシコの盟友ガエル・ガルシア・ベルナルと袂を分かってアメリカに落ち着いて以来、特に活躍しているという印象はないが、それでも定期的に出演作があって頑張っている。英語もうまくなった。ハーシュは、これが「スピードレーサー」こと「マッハGoGoGo」の主人公と同一人物とは思えない。考えたらペンは自身の監督作「イントゥ・ザ・ワイルド」で、そのハーシュをアラスカの大自然にほっぽりだすサヴァイヴァル映画を撮っているのだった。その二人がゲイとして共演というのもまったく不思議な気がする。ゲイとサヴァイヴァルですか。


しかし脇でフランコと同じくらい印象を残すのは、ミルクのライヴァル政治家として同時期に精力的に活動するも、常にミルクの影に隠れ、ミルクのために政治活動に破綻を来たしたと思い込むホワイトを演じるジョシュ・ブローリンだ。昨年の「ノー・カントリー」に引き続き、というか完全に悪役のハビエル・バルデムに食われてしまった「ノー・カントリー」よりも、実はこちらの方が出番自体は少なくともできがいいという感触を受ける。


一つ映画に不満というか違和感のある点を挙げると、ミルク本人と彼に扮するペンがあまり似ていないという点がある。最初ミルク本人の映像を見た時に彼を演じる役者として瞬時に私の頭に浮かんだのは、まず第一に生きていれば彼以外には考えられないラウル・ジュリア、そして次がジミー・スミッツだ。むろんペンのミルクに異議を挟むわけではまったくないが、 特に「蜘蛛女のキス」でゲイを毛嫌いする役を演じたジュリアがもしミルクを演じた場合、いったいどういう役を造型するか見てみたかった気がする。そういえばその「蜘蛛女のキス」で急遽代役で主人公を演じたウィリアム・ハートは、その渾身のゲイ演技でオスカーを獲得しているのだった。これはペンがまたオスカーをとる確率は非常に高いと見た。







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