Anna


アンナ  (2019年6月)

近代映画TV作品の女性アサシン (暗殺者) ものというと、何はともあれ真っ先に連想するのは、1990年のリュック・ベッソンの「ニキータ (Nikita)」だ。007シリーズには女性スパイ・アサシンも数多登場するが、主人公として後世に多大な影響を与えたキャラクターとしては、やはりニキータの右に出る者はいない。 

 

近年はこのジャンルが活性化して、一昨年の「アトミック・ブロンド (Atomic Blonde)」、昨年の「レッド・スパロー (Red Sparrow)」、TVではBBCアメリカの「キリング・イヴ (Killing Eve)」、スターズの「カウンターパート (Counterpart)」等、女性アサシンが躍進している。 

 

また、かならずしも暗殺者というわけではないが、ちょい前の「ハンナ (Hanna)」「ルーシー (Lucy)」等も、この流れを汲む女性アクションものと見ていいだろう。何を隠そう「ルーシー」を撮った者こそ、当のベッソンだ。そして今「アンナ」と、彼の根っこはやはり女性アクションものにあると思わせる。ついでに言うと「ハンナ」は、先頃amazonで新シリーズが提供されている。 

 

ベッソンはどうしても女性主人公のファースト・ネイムをタイトルに据えて撮りたいようだが、実は今回の「アンナ」は、主人公の名がアンナだからというより、ちょっと前にアメリカで話題になった、ロシア人女性スパイのアンナ・チャップマンから頂いているのではという気がする。本当に現代社会で美形女性スパイが暗躍していたという事実は、ベッソンに再度女性スパイを撮りたいと思わせても不思議はない。 

 

これらの女性アサシンもの、もしくはベッソン・アクションにおいては、主人公のアクションが見せ所の一つであるのは論を俟たない。「アンナ」の場合、前半の山場である、レストランに乗り込んでギャングのボスを亡き者にするという、いわば卒業試験的な任務を課されたアンナが、ほぼレストランの客全員を相手にするようなアクションが特にいい。渡された拳銃を持ってターゲットの目の前に立ち、狙いをつけたはいいものの、案の定というか拳銃は不発で弾がない。要するに確かめもせずにのこのこ敵の前に姿をさらした自分のミスの尻拭いは自分でするしかなく、そこから命がけの乱闘となり、しかも命からがら外に脱出しても、一瞬の差でオルガとアレックスはアンナを見捨てて去った後だった。 

 

「アトミック・ブロンド」におけるセロンのアクションは、クライマックスのワン・シーン・ワン・ショット撮影による細部まで練られたテンションの高さが見どころだが、「アンナ」では編集も入ることによる絵になる見せ場が連続で続き、これはこれでまたいい。私個人としてはセロンに軍配を上げるが、「アンナ」の方がいいという者も多いだろう。 

 

ただしアクション・シーンを別にすると、女性アサシンものでこれまで最も印象的だったのは、「ニキータ」で、一人バス・タブの縁に座って涙を流すニキータが、バス・タブに張った泡々のお湯に手を突っ込むと、そこから現れたのは高性能ライフルだったというもので、ベッソンはいまだにこのシーンに匹敵するシーンを撮ってはいない。 

 

いずれにしても女性アサシンは、モデル並みの容姿でないと務まらない。仕事内容の一部が男性に対する色仕掛けを含むという不文律があるからだが、「アンナ」の場合、実際にモデルとしても活動する。ついでに言うと、演じるサッシャ・ルス自体トップ・モデルだ。世の男性の、絵になる美形アサシンのアクションを見たいという欲求に答えたというよりも、ベッソンの、美女を虐めて汚したいという欲求によるストーリーとキャスティングの要請の賜物という気がする。むろん異議はない。 

 

アンナの上司オルガに扮するのがヘレン・ミレンで、「レッド・スパロー」でジェニファー・ロウレンスを教育したジャーロット・ランブリングを思い出した。ルスもロウレンスもセロンも男性上位の世界でなにくそと頑張っているわけだが、その上の世代でこの世界に入った者は、さらに鬱屈した時代を生きてきたことは間違いない。彼女らが力を持った時に自分の下に素質のある者が入ってきた場合、当然嫉妬や競争心、警戒感、あるいは母性が刺激されるだろう。ミレンやランブリングは、そういった気持ちを上手く表情に見せる。 

 

ところで「アンナ」では、エッフェル塔をバックに颯爽と歩いてくるアンナが、クルマに乗り込んで待っているオルガと密談するというシーンがある。本当にスパイがこんな人目につきそうな場所で密会するかというよりも、ちょうど映画公開と同時期にパリで開催中の女子ワールド・カップにおいて、中継していたFOXは、ゲーム解説のブースをアンナとオルガが密会していたのと同じ場所に置いた。


おかげでワールド・カップと「アンナ」がまったく同じアングルで絵に収まるという事態が出来してしまい、そのため私は、ふとワールド・カップでアンナが試合中に見せるアクション、なんてのを想像してしまった。サッカー・スタジアムでのサスペンスというと、思い出すのは何はともあれ「瞳の奥の秘密 (The Secret in Their Eyes)」だが、あんな感じでアンナのアクションがあったら、かなり面白い絵が撮れただろうになと思うのだった。









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ロシア。アンナ (サッシャ・ルス) はすぐ暴力を振るうボーイフレンドに愛想を尽かし、軍に入隊してこの生活から逃れようとしていた。彼女の申請に興味を示したKGBのアレックス (ルーク・エヴァンス) は、アンナをリクルートする。アレックスの上司オルガ (ヘレン・ミレン) は特にアンナに好意的というわけではなかったが、アンナにスパイの素質があるのは否定しようがなかった。訓練期間を終えたアンナは、その美貌を活かして、いかにも偶然を装ってスカウトされ、モデルとしてパリに渡る。アンナはモデル仲間のモード (レラ・アボヴァ) と緊密になり、表はモデル業として活躍する一方、裏でアサシンとしても暗躍する。しかしアンナの存在に、CIAのミラー (キリアン・マーフィ) が気づく‥‥ 


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