Trapped

コール  (2002年9月)

今週からディズニーが配給元となり、宮崎駿の「千と千尋の神隠し (Spirited Away)」が全米公開されているのだが、びっくりするくらい受けがいい。とにかくこれを貶している媒体は一つも見かけない。一昨年の「グリーン・デスティニー (Crouching Tiger, Hidden Dragon)」もかくやと思われるほど誉められている。前回の宮崎アニメ「もののけ姫 (Princes Mononoke)」は、もっと話題になったアニメ「ポケット・モンスター (Pokemon)」と同時公開になり、話題を全部さらわれてしまったため、興行的には失敗だった。今回は限定公開で始まり、これから徐々に拡大公開していくらしいが、今度こそ宮崎アニメがアメリカに定着するか、興味津々である。


いずれにしても「千と千尋」はうちの女房がヴィデオで見ている時、私もついちらちらと見てしまったので、さすがにスクリーンの上でも間隔を置かずにもう一度見ようという気にはならず、ケヴィン・ベーコンとシャーリズ・セロン主演のスリラー「トラップト」を見に行くことにした。そしたらこの「トラップト」、公開直前になると必ずあらゆる媒体に載るはずの評が出ない。これはよくない兆候である。批評家用の試写を行っていないのは、作品に自信がないからというのにだいたい相場が決まっている。今週公開のもう一本の、批評家からめためたに貶されているアントニオ・バンデラスとルーシー・リュー主演のアクション「バリスティック (Ballistic)」とどちらを見るか。ここはやはり「トラップト」の方に惹かれる。


カレン (セロン) は優秀な医者の夫ウィル (スチュアート・タウンゼント) と愛する娘アビー (ダコタ・ファニング) に囲まれて幸せな生活を築いていた。ある日、ウィルが学会のために出張中、家に何者かが忍び込み、アビーを連れ去る。誘拐犯の一人ジョー (ベーコン) は堂々とカレンの前に姿を現し、身代金を要求する。一方、ホテルに滞在中のウィルの前にもジョーの共犯のシェリル (コートニー・ラヴ) が現れる。翌朝銀行から金を振り込めばアビーは無傷で返すというが、しかしアビーは重度の喘息持ちで、呼吸器もないところで発作が起きれば命にかかわるのだった‥‥


これまでにも何度となく製作されてきた誘拐もの、あるいは身代金ものの新しいヴァージョンである。もちろん色々と新機軸が折り込まれており、飽きさせないで最後まで見せる。別に批評家に見せてもそんなに悪い評はもらわないと思うのだが。ただし、使い古されたり、最近流行りのプロットも散見される。その最たるものがアビーが喘息持ちで、いつ発作が起きるかわからないというタイム・リミットの設定で、これってまったく「パニック・ルーム」でジョディ・フォスターの娘が重度の糖尿病で、決まり切った時間にインシュリンの注射を打たないと死んでしまうという設定と一緒である。その後公開された「サイン」では、そのものずばりの喘息持ちという設定を、メル・ギブソンの息子役のロリ・カルキンが既にやっている。この種のやつは一番最初にやらないと、たとえ偶然でそうなっても、後に公開される作品はどうしても二番煎じに見られてしまう。


主演のセロンとベーコンの二人は、二人共好演している。セロンはどういう役でも体当たりで挑戦するので見てて気持ちがいいが (一度NBCの「サタデイ・ナイト・ライヴ」で見せた身体を張ったギャグなんて、やり過ぎたくらいだった)、最近はアシュリー・ジャッドのキャリアをなぞっているという印象が拭えない。男に殴られても向かって行くという演じる役だけでなく、顔まで似てきたみたいだ。アングルによってはまるでジャッドそっくりで、せめてあと5つくらい歳が離れていたら二人共似たような役をやっても棲み分けが可能だったろうが、これじゃまるでジャッドの物真似してるみたいに見える。もったいないなあ。


一方、誘拐の主犯に扮するベーコンは、最近、悪役が板についている。今回もその路線で悪くない。彼は特に、運が悪く、結局最後には貧乏くじを引いてしまうような役が似合う。「インビジブル・マン (Hollow Man)」での天才研究者なんかよりも、ちょっと頭が悪そうだが、情に脆そうな役こそが一番向いていると思う。その意味では、「告発 (Murder in the First)」での囚人役が最も印象に残る。あるいは、とにかく普通の市井の人間を演じた「スティア・オブ・エコーズ (Stir of Echoes)」もよかった。昔アイドルで売り出したというのがまるで嘘みたいだ。


アビーに扮するダコタ・ファニングは、予告編を見ただけでまた大層うまそうな子役が出てきたなあと感心させた「I Am Sam」でいきなり「シックス・センス」のハリー・ジョエル・オスメントもかくやというほど評判になり、来週から公開されるリース・ウェザースプーン主演の「スウィート・ホーム・アラバマ (Sweet Home Alabama)」にも出ているし、年末にはSci-Fiチャンネルが放送するスティーヴン・スピルバーグ製作のSF大作「テイクン (Taken)」でも主演している。既にこんだけのキャリアで、まだ8歳である。でも、本当にうまい。


監督のルイス・マンドーキはアンディ・ガルシア主演の「男が女を愛する時」やケヴィン・コスナー主演の「メッセージ・イン・ア・ボトル」など、大人向けとはいえ私がまるでそそられない恋愛ものを主体に撮っているので、これまで見る機会がなかった。前回のジェニファー・ロペスを起用したミステリー仕立ての「エンジェル・アイズ」で初めて監督の名に気づいたが、やはり見ておらず、今回が初鑑賞である。冒頭近くのベーコンとセロンが相まみえるシーンでカメラを動かしすぎる他は堂に入った演出で、どこが恋愛ものの監督なのかと思ってしまうほど。


この種の誘拐ものはこれまでに多数作られており、だいたい興味の中心は、どうやって身代金の授受を成功させるか、というところにかかっていることが多かった。今回は別に銀行に出向いて振り込みさせるところなんかも、少しくらいは捻っているがあまり新味はなく、どちらかというと、すぐそばにいる誘拐犯と誘拐された娘の親との駆け引きというのが興味の中心である。それはそれで面白く、色々考えているなあと思う。特にクライマックスはいったいどうやってこれに結末をつけるんだと思っていたら、アクションに次ぐアクションの連続で、強引ではあるがオチをちゃんとつけていた。最後は本当に力技で、一瞬、こんなのありかよ、と思う暇すらなかった。あとから考えると無茶苦茶あり得なさそうな展開だが。いや、それなりに結構面白かったです。


今、ふと気づいたのだが、「トラップト」が事前に批評家のために試写が行われなかったのは、最近とみに多い誘拐事件のせいではないか。この映画が批評家から絶賛されるとも思わないが、少なくとも見てる間はわりとハラハラドキドキさせてくれたし、この手の作品が批評家の意見をそれほど気にするとも思えない。しかし、最近の誘拐事件は金目当てというよりも、幼女やティーンエイジャーを誘拐してレイプして殺し、その後遺体を遺棄するという、残忍なものが多い。どちらかというと、試写も行わずにひっそりと公開されたのは、批評家よりもこういう作品を公開して市民をいたずらに刺激することを避けたからという気がする。昨年の9/11以降、一時的にせよ戦争ものやヴァイオレント過ぎる作品の公開が見合わされたのと同じ理屈だ。でも、だったらもう少し時期をずらして公開すればいいものを、タイミングとしては最悪である。多分そのせいだろう、この映画に関しては、公開時期になるとばんばんかかるTVコマーシャルを一度も見たことがない。本当に、なんでわざわざこの時期に公開してしまったんだろう。







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