Panic Room

パニック・ルーム  (2002年3月)

本当は税金の申告の準備をしないといけないので、映画なんか見ている場合じゃないのだ。既に申告期限は2週間後に迫っている。これから準備をして、可及的速やかにCPA (会計士) に連絡をとらないと、間に合わないかも知れない。向こうも今は繁忙期で忙しさのピークだろうし、とっとと予約を取りつけないと、無理だと断られるかも知れない。既に秒読みだ。毎年こうなのだが、どうしても余裕を見て準備するということができない。ああ、焦る焦る。と焦りながら、結局見に行ってきました「パニック・ルーム」。だって、予告編、むちゃ興奮させてくれたし。それにしても本当は見ちゃいけないのに見に行く映画って、なんでこんなに面白いんだろう。


メグ (ジョディ・フォスター) は浮気した大金持ちの夫から多額の慰謝料をせしめ、娘のサラ (クリスティン・ステュワート) と共にアッパー・イースト (ウエストだったかも知れない) の4階建てのタウン・ハウスに引っ越してくる。その家にはコンクリートと鋼鉄板で完全に外界を遮断したパニック・ルームと呼ばれる隠れ部屋があり、その中で何日間も暮らせるような設備が整っていた。しかしメグたちが知らなかったことには、そのパニック・ルームの中には、前居住者が残した財産がまだ残されていたのだ。そのことを知っている3人の男が、夜、既にメグたちが引っ越しを済ませたことを知らずに、その財産を目当てに侵入してくる。メグとサラは咄嗟にパニック・ルームに避難するが、男たちは何とかメグたちをパニック・ルームから引きずり出そうと、あの手この手を使って揺さぶりをかける‥‥


思わずこんなアイディアがあったのか、うまい、と思わせる状況設定の仕方だが、実はこのパニック・ルームというのは別に想像の産物でも何でもなく、既にアメリカの金持ちの間ではほとんど流行りになっているほど当たり前の産物なのだそうだ。金持ちというものはテロやら誘拐やら強盗やら何やらでいつも危険に晒されており、対抗上、この手の隠し部屋を自分の家の中に持っている者は案外多いらしい。考え方としては金庫を大型化して、ついでに人間も幾日かは暮らせるようにした、というような感じであるようだが、いずれにしても、家の中に秘密の隠れ家があるというのは、それだけでも何やらわくわくさせてくれる。こういう部屋があると、家の中での鬼ごっこや隠れんぼが数倍面白くなりそうだ。映画の冒頭、この部屋を見せられたサラが、私の部屋、と断言するのだが、気持ちはよくわかる。ただし、閉所恐怖症のような人だと発狂もんだと思うが。


監督のデイヴィッド・フィンチャーは思うように自在に演出していて、まったく飽きさせない。作品としては「わらの女」や「暗くなるまで待って」、それに「裏窓」を全部足して割ったような内容である。基本的に物語は主要な舞台の外には出ず、外界から遮断されたいわゆる密室的内部で、追う者追われる者的なイタチごっこが展開する。主人公のメグとサラがパニック・ルームの中に閉じこもってしまうと、それで物語が完結してしまうので、なんとかして彼女らが外界と連絡をとろうとしたり、一瞬にせよパニック・ルームの外に出ざるを得ない状況を設定するなどして、サスペンスをうまく醸成している。脚本は「ジュラシック・パーク」、「ミッション・インポッシブル」と、ハリウッド大作の常連であるデイヴィッド・コープで、最後まで観客の興味を引っ張る点で、本当に作品に貢献しているのはフィンチャーよりも彼の方だろう。5月にはいよいよ「スパイダーマン」も登場する。


「パニック・ルーム」ではカメラの使い方が重要な鍵だ。特に冒頭の、4階にいるメグをとらえたところからカメラが降下してきて1階の外に現れた男たちをとらえるシーンを、あいだにCGも交えて (さもなければコーヒー・ポットの把っ手の間をカメラが通り抜けるなんてのは撮れないだろう) 1シーン1ショットで見せるところなんか、ヒッチコックの「汚名」や「フレンジー」のクレーン・ショットを思い出させ、非常にわくわくさせてくれる。その他にも、カメラは壁を突き抜け、鍵穴の中に入り、換気扇を通過するなど、とにかく本来なら見えるはずのないありとあらゆるところに入り込むのだが、その辺の演出を面白いと思うかくどいと思うかが、この作品を楽しめるかどうかの分かれ目になるだろう。もしかしたらこの縦横無尽に動き回るカメラをうざいと思う人もいるかも知れない。確かにカメラが鍵穴の中にまで入り込み、向こう側にいる人間が鍵がかちりとかけるシーンを本当に見せる必要があるかというと、疑問ではある。ドアを見せ、かちりと音を聞かせれば、何をしたかはわかるのだ。


音といえば、中盤、階下にいる男たちの隙を見て、一瞬だけパニック・ルームから外に現れたメグがスタンドを倒し、それを聞きつけた男たちが階上に駆けつける時に、叫んでいるはずの登場人物の声を一切聞かせず、音楽で盛り上げることもなく、スロウ・モーションと効果音だけでサスペンスたっぷりに描いた辺りの演出はお見事。あそこは並みの演出家なら登場人物に大声で叫ばせるところでしょう。概して音や音楽の使い方は非常に巧かった。私は実はフィンチャーをアイディアよりは手堅い演出の人だと思っていたのだが、やはりヴィジュアル重視の演出家という、最近の若手の系譜の筆頭に位置する監督であるようだ。


作品のムードを決定する重要なポイントである暗い室内をとらえた撮影は、当初、フィンチャー作品では既に「セブン」を手がけており、「エビータ」、「ザ・ビーチ」等、近年印象に残る作品を撮っているダリウス・コーンジーが担当していた。若手では、今、実力ナンバー・ワンだろう。ただし、今回は撮影に当たってフィンチャーと揉めたそうで、結局二人は折り合わず、コーンジーは途中降板となった。なんでもアイディアに走るフィンチャーは、上記のような尋常でないスタイルやアイディアを駆使したがった。


最初はなんでも、ほとんどライトを使わず、ほぼ真っ暗な中を登場人物の光る目や手に持ったフラッシュ・ライトだけで何とか撮影できないかと本気で思っていたそうで、なるほど、それは撮影監督泣かせだと思う。コーンジーに代わって起用されたのがコンラッド・ホールで、え、あの「アメリカン・ビューティ」のホール? それはまたそれで強力な奴をつかまえたじゃないかと思っていたら、そのホールの息子のホールJr.なのだそうだ。まあ、その時点で既に大まかな撮影プランは完了していたとしても、もうちょっと暗すぎると登場人物の表情が読めず、明るすぎるとムードぶち壊しとなる中を、よくやったと思う。「パニック・ルーム」は昨年の「フロム・ヘル」と並び、近年で画面が最も暗い作品の一つであったことは確かだ。


しかし冒頭の、マンハッタンの街並みを撮りながらマンハッタンには見えない独特の雰囲気をまとわせたあの撮影は、絶対第2班のクルーやホールではなく、コーンジーが自ら撮影していると思う。結局誰が撮っても似たようなものになるマンハッタンの街並みが、まるで世界中のどこでもないような印象を湛えたものに見えるあのセンスは、尋常な撮影監督の仕事ではない。私は幾つかの街並みをとらえた連続したショットの最後の方で、遠景にクライスラー・ビルディングが現れるまでは、これがご当地映画だったとはまったく気づかなかった。光の具合といい、ピッツバーグとかシカゴとかいうような内陸部の街っぽいなとばかり思っていた。たった1ショットでも、やはり撮影する人間のセンスというものははっきりと現れる。


この作品、主人公のメグ役は、当初、ニコール・キッドマンがやることになっていた。実際、彼女を主人公に撮影は既に始まっていたが、その直後にキッドマンは「ムーラン・ルージュ」で怪我した膝が再発して動ける状態ではなくなり、役を降りざるを得なくなった。そこで急遽代役として抜擢されたのがフォスターだった。キッドマンは昨年、その「ムーラン・ルージュ」で大きくクローズ・アップされただけでなく、その直後に公開された「アザーズ」もヒットしていただけに、もし「パニック・ルーム」にも出れてれば、サスペンスの女王として揺らぐことのない地位を確立できていただろうに。最近公開されたもう一本のスリラーの「バースデイ・ガール」はほとんど話題にならなかったから、本人も口惜しい思いをしているに違いない。結局キッドマンは、映画の中ほどでメグが離婚した前夫に電話をかけるシーンで、その電話をとる女性として声だけのカメオ出演をしている。


フォスターを主演に再度撮影が始まった「パニック・ルーム」であるが、今度はしばらくして、フォスターの妊娠が発覚、またもや撮影は窮地に追い込まれたそうだ。いやあ、フィンチャーは気が狂いそうになったろう。最初の方でタンク・トップ姿のフォスターが後半になるといつの間にやらトレイナー姿になるのは、目立ち始めたお腹を隠すためだそうである。そういえば後半の方がアクションが増えるのに、よけい動きにくくなる厚着になるのは、考えたら変だ。しかしそれでも、その状態であんなに動き回る役者根性は大したものである (でも本当に役者に命賭けてたら、撮影中に妊娠するなんて失態は犯さないか。それとも、キッドマンの後釜を引き受けた時点で、本人がわからないうちに既に妊娠していたという可能性もある。この辺の真相は薮の中だ)。最後の撮影になったのが、映画では冒頭の新しい家の下見に来るシーンで、その時点では完全に膨らんで一目でわかるお腹を隠すために、コートを着てバッグを抱えなければならなかったらしい。季節が秋に設定されているのは、多分その辺の事情に違いない。それにしても彼女の子供の父親って、本当にいったい誰なんだろう。


フォスターはミシェル・ファイファーが降りたために回ってきた「羊たちの沈黙」のクラリス役、そして今回のメグ役と、代役で回ってきた役がキャリアとして重要な役となる、結構ツイてる女優である。今回は大きな娘がいるという役どころであり、アップになると口の回りに細かいしわも見えて、彼女も歳とってきたという感じだが、考えれば彼女は「羊」や「告発の行方」、そしてこの「パニック・ルーム」と、結構戦う女性を演じる機会が多い。ファイファー同様、別に運動神経がよさそうにも見えず、ハリウッドを代表する知的女性と見られているにしては、わりとアクション映画にも出ている。多分、あの意志の強そうな雰囲気が、そういう役と結びついているんだろう。


押し込み強盗となる3人の男に扮しているのは、プランを練ったリーダー格のジュニアにジャレッド・レト、パニック・ルーム設置業者で働いていて、パニック・ルームの構造を知り抜いているバーナムにフォレスト・ウィテカー、口数少なく、すぐ手の出る危ないラオールにドワイト・ヨーカムという布陣。この中では優柔不断なジュニアに扮するレトが最も弱いかなと思った。「レクイエム・フォー・ドリーム」では悪くなかったんだが。もしかしたら彼はコミカルなニュアンスを持つ演技には合わないのかも知れない。ウィテカーは、こういう根の優しい悪党みたいな役にはうってつけ。ジャームッシュの「ゴースト・ドッグ」で常軌を逸した奇想天外な暗殺者を演じていたが、今回の方が合っていると思う。「ため息つかせて」、「微笑みをもう一度」と、一時期俳優としてよりは演出家に鞍替えしたように見えたんだが、最近は俳優の方に戻ってきているようだ。映画監督はやっぱり大変なのかな。


ヨーカムは、本当は著名なカントリー・ミュージシャンであるが、こういう役が回ってきたのは、とりもなおさず「スリング・ブレイド」でのすぐ暴力をふるうくそったれ男の役が板についていたからだろう。本当に危なそうだが、それでもそこはかとなくおかしみが漂うところが、人柄という感じがする。メグの娘サラに扮するステュワートは、実はこれまで何度となく予告編を見ていたのにもかかわらず、私は男の子だとばかり思っていた。映画が始まってしばらくして、フォスターが彼女のことをサラと呼んだので、初めて女の子だったのかと気づいた。まったく「依頼人」でのブラッド・レンフロー (あるいは「ターミネーター2」のエドワード・ファーロンか) のような雰囲気で、そのためにてっきり男の子だと早合点していた。しかし、幼い時に男顔の女の子は、成長すると美人になると相場が決まっている。彼女も行く行くはモデル路線と見た。







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