Manchester by the Sea


マンチェスター・バイ・ザ・シー  (2016年12月)

先頃ゴールデン・グローブ賞の授賞式中継を見ていて、なんでまたこんなに多くの男優が髭を蓄えてんだと驚いた。まあジョン・ハムはこれまでにも髭を生やしていたことがあったから特には驚かなかったが、他にもジェイク・ジレンホール、クリス・パイン、ライアン・レイノルズ、ライアン・ゴズリング、ジャスティン・ティンバーレイク、アーロン・テイラー-ジョンソン、そしてケイシー・アフレックまでもが顔中髭もじゃだ。なかでもテイラー-ジョンソンとアフレックは髭があると顔の印象ががらりと変わるため、この二人は最初一瞬誰だか気づかなかった。しかし、やはりあれだけ髭があると、暑苦しい。なんだろう、皆んな地球滅亡もので髭を剃らない剃れないという設定の映画を製作中なのだろうか。


さて「マンチェスター・バイ・ザ・シー」は、過去、自分の過失のために二人の娘を焼死させてしまったという経験を持つ男が、兄が病死したため甥の面倒を見ることになるという話だ。


娘が死んだ責任が自分にあるというのは痛ましいが、そのこと以外はとりたてて大きな事件が起こるわけではない。兄の病死というのも、兄嫁がアル中で家を出て行ったというのも人の人生の中では事件だろうが、稀というわけではない。誰でも親族の中に一人や二人はそのような者を思い浮かべることができるに違いない。


そして過去を持っているにせよ、中年になりかけの一人身の男が甥の面倒を見ることになるという話自体には、とりたててドラマというものはない。男には男の、甥には甥のごく当たり前の、ほとんど簡単に想像できそうな日常があるだけであり、そこには特筆すべきことは何もない。


特に高校生の甥パトリックは、父を亡くし、母は家を捨てて出て行ったとはいえ、それが彼のものの考え方や生活に影響を及ぼすことではない。父は病気になって長いし、母はその後いなくなった。既にその生活には慣れている。むしろふた親が家にいないことで、これまで自由を満喫していた節さえある。母とは、実は父に内緒でe-メイルで連絡もとっていた。


とはいえ、実際に父が死んでしまうと、話は別だ。叔父がパトリックの身元引き受け人となり、家を売って引っ越さなければならないかもしれない。それは嫌だ。友人は全部ここにいるのであり、引っ越したらガールフレンドにも会えないし二股もかけられないしバンドの練習もできない。これまで築き上げたことを一度みんなチャラにして一からやり直さなければならない。


そうなると今度はいきなり不安がのしかかり、チキンしか入ってない冷凍庫のドアを開けてパニック・アタックに襲われる。やはりまだ高校生に過ぎないのだ。叔父であるリーも、実は甥の身元引き受け人になるというのは初耳だった。思い出したくない過去があり、別れた妻のいるこの町に帰ってくることは、彼にはできない相談だった。もしパトリックを引き取るなら、リーが町に戻ってくるのではなく、パトリックに自分の住むところに来てもらわなければならない。そしてそれは、パトリックにとって論外の話だった。


映画は時に過去に遡りながら、久し振りに町に戻ってきたリーとパトリックの交流を軸に描く。事件というほどのことも起こらない、日常テーマ系に類する作品で、例えばこの系列だと、「ネブラスカ (Nebraska)」とか、「ウィン・ウィン (Win Win)」とかを思い出す。特に「ウィン・ウィン」の方は、中年の主人公と彼を頼る高校生の男の子という、かなり近い構図が描かれる。が、それにしても「ネブラスカ」の主人公は旅行中だし、「ウィン・ウィン」だって主人公はミドルエイジ・クライシスを迎え、小さな詐欺に手を出している。


それに較べると「マンチェスター‥‥」の主人公リーは、大きな心の痛手を負ったとはいえそれは結構過去の話だし、今また兄弟の死の知らせを聞いたとはいえ、既に多少は心の準備はできていたはずだ。それよりももっと大きな問題は、身寄りのなくなった甥を引き取って暮らすかどうかだが、それだっていい大人が本気で頭を悩ますこととも思えない。一方、生活が激変するに違いない甥のパトリックの方は、確かに一生の一大事かもしれないが、しかしあんたは主人公じゃないし。


とまあ、特に大きな事件が起きるわけでもなく、淡々と日常生活を描くという印象の強い「マンチェスター‥‥」からこれだけ目が離せないのはどうしてなんだろう。脚本、演技、演出がいいのは当然として、しかし日常というものがこれだけ目が離せないものだろうか。基本描かれているのは、まだ生活というものに足のつかない高校生と、人生から半分降りた気のある中年になりかかった男の、交流とも言えない交流なのだ。


リーに扮するアフレックは、「アウト・オブ・ザ・ファーナス (Out of the Furnace)」」のストリート・ボクサーとか「トリプル・ナイン (Triple 9)」の刑事とか、これまで結構意外にタフガイを演じている。しかし特にガタイのいいわけではないアフレックの場合、兄のベンと違って、ちょっと無理があるというか、必ずしもはまっているという感じはしなかった。どちらかというとまだ青二才の探偵役の、「ゴーン・ベイビー・ゴーン (Gone Baby Gone)」が、少なくともこれまでで最も役に合っていたと思う。


しかし今回は、これは、もう、いい。とてもよい。タフガイもやろうと思えばできるが、しかし根は真面目で、脆さも抱える男の感じが非常によく出ている。生き様というほどしゃちほこばったものではないが、しかし人が横から気軽に口を挟めるほど軽いものでもない。生きるということは、畢竟そういうものではないのか。


そしてまた、まだ地に足のつかない高校生パトリックを演じるルーカス・ヘッジスも自然でかなりいい。いかにも今時の若者という感じで、私が高校生だった時より2割ばかし無責任で自分勝手が増したという印象だが、ちゃっかりしてて憎めない。


二人は最後、キャッチボール、というか、道端に落ちていたボールを拾って戯れているシーンで映画は終わる。「フィールド・オブ・ドリームス (Field of Dreams)」でも最後、父と子がキャッチボールをして作品が終わったことを思い出す。「マンチェスター‥‥」では素直じゃない二人がキャッチをしようといって始めたわけじゃないが、やっていることは同じだ。ああ、これはアメリカ映画なんだなと思うのだった。










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ボストンに住むリー (ケイシー・アフレック) は、かつて自分の過失から幼い二人の娘を焼死させてしまった過去があり、そのために妻ランディ (ミシェル・ウィリアムズ) とも離婚し、今では一人ビルの清掃管理をして暮らしていた。リーには兄弟のジョー (カイル・チャンドラー) がいたが、病に冒され、余命幾ばくもなかった。ジョーの妻エリース (グレッチェン・モル) はアル中で家を出て行っており、高校生になる一人息子のパトリック (ルーカス・ヘッジス) がいた。ジョーの死の知らせがリーに届き、リーは、今ではパトリックが一人で住むボストン郊外の港町マンチェスター-バイ-ザ-シーに駆けつけ、葬儀等の手配を済ます。弁護士は、ジョーがパトリックの後見人としてリーを指名していることを伝えるが、そのことはリーは初耳だった。かつて自分の落ち度から子供を殺してしまったという罪の意識が消えないリーには、また人の面倒を見ることも、かつて住んでいた町に帰ってくることにも耐えられなかった‥‥


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