Gone Baby Gone   ゴーン・ベイビー・ゴーン  (2007年11月)

ボストン。連続幼児誘拐魔が出没し,今日もまた新しい被害者が出る。誘拐されたアマンダの叔母ベアトリスと叔父ライオネルは私立探偵のパトリック (ケイシー・アフレック) とそのガール・フレンドであり助手でもあるアンジー (ミシェル・モナハン) の元を訪れ,調査を依頼する。地元のコネを利用して調査を進める二人だったが‥‥


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いきなりケイシー・アフレックが旬だ。「ゴーン・ベイビー・ゴーン」以外にも、ブラッド・ピットと共演した「ジェシー・ジェームズの暗殺 (The Assassination of Jesse james by the Coward Robert Ford)」が好評で、今週はこれを見に行こうと思っていた。実はちょい前から既に公開されているのだが、うちの近くに来るまで待っていたのと、同様に西部劇の「3:10 トゥ・ユマ」を見たばかりだったので、ちょっと間を置こうと思ったのだ。


そしたら、では、そろそろ態勢も整ったし (なんの?) 見に行くかと思って週末に上映予定表をチェックしたら、どこにも「ジェシー・ジェームズの暗殺」がない。え、なんで? あの批評家受けのよさを見るに、まだもう少しはやるのはほぼ確実だろうと思っていたのだが、批評家はともかく一般観客受けはしなかったようで、既に劇場から消えていて愕然とする。しまった、待ち過ぎた。と後悔しても後の祭りである。しかし、まさかせいぜい一と月で劇場から消えるとは考えてもいなかった。この手の単館系公開で批評家受けのよい作品は、2か月程度はやるのが相場なんだが。


おかげで、もう一つのケイシー・アフレック作品である「ベイビー」を先に見ることになった。先に、といっても果たして後で「ジェシー・ジェームズ」を見るチャンスがあるかは既に疑問だが。来年オスカーのノミネーションに絡んでこない限り、再上映は難しいだろう。まいったな、アフレックかピットか、さもなければ監督、撮影、作品、なんでもいいから絡んでこないと、まず再上映のチャンスはあるまい。本当に、今回は観賞予定をまるっきり間違えた。間違えるほど見たい作品や気になる作品が他にあるからであり、その点では観客冥利に尽きるんだが、ああ、しかし間違えた。


その一方の「ベイビー」であるが、ケイシーを兄のベンが演出した兄弟映画で、しかも出身地のボストンが舞台だ。最近の映画でボストンというと、これはもうそのベンの盟友マット・デイモンをマーティン・スコセッシが起用して撮った「ディパーテッド」に止めを刺すだろうが、もうちょっと遡ればクリント・イーストウッドの「ミスティック・リバー」がある。そして「ベイビー」は、その「リバー」原作のデニス・ルヘインが書いている。つまり、今回も決してハッピー・エンドにならない重たい世界が展開する。


「ベイビー」も「リバー」同様、誘拐で幕を開ける。よほど誘拐に思い入れというか、思うところがあるようだ。「リバー」では誘拐によってその後の人生を狂わされた男にかなり焦点が当たるが、「ベイビー」では誘拐によってきりきり振り回される現在の周りの人間関係が焦点だ。むろん「リバー」でも誘拐された男のみではなく、誘拐という事件を基点として結局はそれに振り回されざるを得ない周りの人々が描かれる。面白いことに「リバー」では最後に、誘拐された男は、現在の事件では実はまるで関係なかったことが最後に明らかにされる。つまり誘拐という行為は、誘拐された本人だけでなく、多くの周りの人々に影響を与える。たとえそれが何年、何十年後であっても。


「ベイビー」では時間軸は現在だけであり、少女誘拐事件が発生し、解決 (と言えるのか) されるまでが描かれる。主人公パトリックはしがない私立探偵で、探偵と言えば聞こえはいいが、もっぱら危ないことには関係しない簡単な調査を主業にしていた。そこへ姪を誘拐された夫婦が乗り込んできてパトリックに調査を依頼する。パトリックが地元出身でそれ相応の土地勘やコネがあり、警察では把握できないような事実に近づけるのではという希望を持ってのことだった。最初は自分の範囲外の仕事であると断りかけたパトリックであるが、ほとんど押し切られるような形で依頼を引き受けさせられる。実際、彼のコネはまだ生きており、そこここで昔の知り合いから話を聞いて、警察が知り得なかった事実をつかむ。彼は使えると思った警察のレミーはパトリックとしばらく共闘関係を結ぶが、そのことを警察署長のジャックはあまり快く思っていなかった‥‥


主人公パトリックを演じるのがケイシー・アフレックで、彼は今年、「ジェシー・ジェームズ」、「ベイビー」以外にも、考えたらスティーヴン・ソダーバーグの「オーシャンズ13」にも出ている。これまではどちらかというと「オーシャン」系統の飄々としたオフ・ビートの俳優という印象が強かったのだが、これでいきなり知名度はかなり上がったろう。そのパトリックの助手兼パートナーであるアンジーに扮するのが、「M:I-3」でトム・クルーズの妻を演じたミシェル・モナハン。「M:I-4」はないのか。


特に出番が多いわけではないが、さらわれた娘の自分勝手な母ヘレンという役どころで、エイミー・ライアンがなかなか印象的な演技を見せている。刑事のレミーを演じるのがエド・ハリスで、この人が最もうまいのは悪役も良心的な役も同じくらいの説得力で演じきれることだが、今回もその力量を存分に発揮している。警察署長のジャックを演じるのはモーガン・フリーマンで、こう見るとかなり豪華な演技陣だ。そしてまたハリスがイーストウッドの「目撃 (Absolute Power)」に、フリーマンが「ミリオン・ダラー・ベイビー」に出ていることで、またもやイーストウッドの「リバー」を思い出す。


とはいえ、実はこういう繋がりでいうと、「ベイビー」が直接影響を受けているのは、実はフィル・アルデン・ロビンソンの「フィールド・オブ・ドリームス」なのだそうだ。ベイスボールがテーマのこの映画ではMLBボストン・レッドソックスの本拠地、フェンウェイ・パークでも撮影しているが、その時ボストン出身でベイスボール好きのアフレック兄弟は、エキストラとして日給30ドルで撮影に参加していたそうだ。


そしてこの映画で主人公のケヴィン・コスナーの妻を演じていたのが、「ベイビー」でさらわれたアマンダの叔母ベアトリスを演じるエイミー・マディガンだった。ついでにいうとそのマディガンの実生活での夫がハリスである。どっちかっつうとこっちの方繋がりの方が強力なのだ。と、演出のベン・アフレックがNBCの「トゥナイト」にゲストとして招かれた時に本人が口にしていたことだから間違いあるまい。きっとベンは「リバー」を見て、オレたちが生まれて育ってきた町のことはオレたちこそがうまく撮れるという自信と気概があったに違いない。


「ベイビー」は「リバー」と較べても遜色ないくらいに暗く、重い。現実にくらいと感じさせるのがその色調で、ほとんど全篇にわたってカメラが1絞りくらいアンダーで撮られているかのようだ。その上、撮影は夜が多く、日中でも部屋の中に入るとすべての部屋でカーテンが引かれており、とにかく暗い。これはもしTVで見たらほとんど暗くて何も見えないんじゃないかと思われるくらいで、いくらなんでも日中どの部屋でも必ずカーテンが引かれていると、なんかの陰謀かと勘ぐりたくなる。ちょっと作為的過ぎて気になった。



(注) 以下、かなりネタばれ


とはいえ作品としては「ベイビー」は面白い。かなり面白く、それなりに誉められたりもしているのだが、意見が分かれるのが、その幕切れで明かされる、アマンダが誘拐された、もしくは死んだと思わされていた本当の理由だろう。実はアマンダは死んでなく、過去、同様に誘拐事件で娘を殺された経歴を持つジャックが裏で手を回して無事に引き取り、実の娘として育てていくつもりだった。アマンダの実の親のヘレンははっきり言って無責任な、ドラッグ中毒の親の風上にも置けない役立たずで、それよりは愛情を持って育てようとするジャックの元で育てられた方が、アマンダも幸せになれるはずだった。


そう思ったからこそレミーもアマンダの叔父のライオネルも事実を隠すことに力を貸したのだ。そして真実が発覚した後も、アンジーはそのままほっておこうとパトリックに哀願する。それが最良の道なのだ。しかし自身も本当の親を知らずに育ったパトリックは警察に通報し、ジャックは逮捕され、アマンダは結局恥知らずのヘレンの元に帰されるが、それは本当にアマンダのためになったかはパトリックも断言できず、そしてアンジーも去っていく。


というストーリー・ラインはともかく、私の女房はここで、ジャックがアマンダを引き取ることにそこまで裏で手を回して悪事に手を染める必要があったかということに、納得できないと言い張った。実際の話、アメリカでは家庭内暴力、幼児虐待は日常茶飯事で、ほとんどニューズ・ネタにならないくらいの数が毎日起こっている。それに対応するため行政もかなり動いており、親がドラッグ中毒だったり幼児虐待の疑惑がもたれたりすると、子供は強制的に取り上げられて施設やその他の親類のところに預けられたりする。アマンダのところも当然そうで、だからこそジャックやレミーは一計を案じてアマンダを引き取ろうとしたわけだが、そんな計画なぞ練らなくても、遅かれ早かれアマンダは施設行きか他の親類、たぶんベアトリスが引き取ることになったろう。


その時こそジャックが出ばってきて養子に欲しいと言えば、たぶん異を唱える者はいなかったろう。唯一のネックはベアトリスで、彼女がアマンダを引き取ると言いだせば、親権に近い彼女の言い分の方が通りそうな点だが、その彼女の夫のライオネルがジャックやレミーとつるんでいる。彼は絶対ベアトリスを説得してジャックにアマンダを引き取らせようとするに違いなく、そしてそれが実現する可能性は非常に高いと言える。つまり、ジャックらはあんな謀議を図ってまでアマンダを手に入れようとする必要性はさらさらなかった。要するにその辺の説得力の問題だ。「ベイビー」が評はよくても不特定大多数にアピールしているわけではないのは、作品の内容の重さというよりも、その辺の引っかかりにあると思われる。







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