Jack Reacher


アウトロー  (2012年12月)

トム・クルーズ主演のハリウッド・アクション、普段なら公開に向けて宣伝ラッシュが始まりそうなもので、実際始まってはいたんだが、公開直前になって、サンディ・フックの小学校で乱射事件が起き、24人の犠牲者を出す。今夏は「ダークナイト・ライジング (The Dark Knight Rises)」公開日にも映画館で乱射事件が起きて犠牲者が出たが、今回は犠牲になった者の多くはまだ10歳になるかならないかの小学生で、いくらなんでもこれはあまりに痛ましい。 

 

事件当日、私はいつものようにオフィスでTVをつけっぱなしにしながら仕事していたが、ふと見ると普段なら朝のトーク・ヴァラエティ・ショウをやっているはずの時間に、どのチャンネルもなんだか地方でヘリコプタからの空撮の中継ばかりだ。いったい、なんだこれは、今度はいったい何があったといきなりTVに釘付けになった。 

 

この事件が「アウトロー」公開に影響を与えたのは明らかで、それまではTVをつけるとこれでもかというくらいに1時間に1回は必ず映画のCMを見せられていたものが、事件以来ほとんど見なくなった。それでも時たま忘れかけた頃に見せられたりもし、そうすると必然的に事件に連想が飛ぶ。映画の冒頭の事件は、無差別の連続狙撃殺人事件なのだ。 

 

それでも、延期せずに公開に踏み切ったのは、人々がこういう事件に心ならずも慣れ始めていたためだろうか。かくいう私も、予定通りに「アウトロー」を見たわけだし。とはいえ、一方で事件のせいで見るつもりでいた「アウトロー」をパスした者が結構いるのも間違いないと思う。 

 

こうなってみると、2週間前に公開してあんまり人が入らなくて興行的に成功したとは言い難い「ジャッキー・コーガン (Killing Them Softly)」は、少なくとも事件前に興行的にはほとんど終わっており、実は逆についていたと言える。今公開されたら、2週間前の半分も稼げなかったろう。 

 

ところで、「アウトロー」の原題は、トム・クルーズ扮する主人公の名前「ジャック・リーチャー」だ。一方、主演のブラッド・ピットの役名を冠した「ジャッキー・コーガン」は、「Killing Them Softly」というのが原題で、しかもピットは主人公というのはためらわれるくらい出番は特に多くはない。「アウトロー」はクルーズは一度登場したら後は最後まで出ずっぱりだ。まあ原作があって邦題がそうなっているせいもあるとはいえ、それでも、なぜ「ジャック・リーチャー」が「アウトロー」で、「Killing Them Softly」が「ジャッキー・コーガン」にならないといけないのか、不思議な気がする。 

 

ついでに言うと両作品には、共にリチャード・ジェンキンスが重要な役で出ている。「コーガン」では殺し屋のピットに仕事を頼む依頼人で、「アウトロー」ではクルーズを起訴するかそれとも利用するか考える -- もしかしたら彼が事件の犯人かもしれない -- 検察官だ。両方で事件に深く関わっていながら決して表に出てこないという役どころで、それは殺しの仲介だろうと検察だろうと変わりない。よくよく裏の権力に関係する男だ。 

 

さて、クルーズ扮する主人公ジャック・リーチャーは、連続殺人事件の犯人として逮捕された軍勤務時代の知人の要請により、事件に駆り出される。バール同様一匹狼のリーチャーは、基本的に一人で捜査を開始する。自分の目と足を使った捜査によって事件の犯人がバールではないことを確信したリーチャーは、誰かが本当の標的を隠すために、そこにいた無関係者を隠れ蓑代わりに一緒に狙撃し、バールを犯人として身代りに利用したに違いないことを悟る‥‥ 

 

連続殺人や無差別殺人 (のようなもの) が起きた時、実は本当の標的はその中の一人だけだが、標的だけを殺すと、そいつに恨みを持っていたり関係のある者の線から犯人が特定されやすい。そのため、まったく無関係の者も同時に殺し、犯人に繋がる線を錯綜させるというのは、推理小説でよく使われる手だ。その場合、標的と真犯人が特定されるところがクライマックスとなるのが常套だが、「アウトロー」の場合、わりと早い段階で犯人が割れ、後半は犯人と追うリーチャーを描くアクションになる。まあアクション映画としたら、その方がよりアクション描写に注力できる。 

 

その、事件の黒幕を演じているのが、ヴェルナー・ヘルツォークだ。映画監督としては「戦場からの脱出 (Rescue Dawn)」等、昔から出演者をぎりぎりに追い詰めることで知られ、近年ではドキュメンタリー作家として「グリズリー・マン (Grizzly Man)」「オン・デス・ロウ (On Death Row)」等の作品があるヘルツォークが、「アウトロー」では血も涙もない悪役として印象を残す。過去の過酷な体験のために手に指がなく、任務に失敗した手下に向かって、自分の指を食いちぎれと強要する。本当にそんなことしそうな怖い顔のくせして、現実には死刑制度に反対で、そういう人道主義の立場から前掲の「オン・デス・ロウ」のようなドキュメンタリーを撮ってたりする。でも、見かけだけだとやはり危ない人に見える。こいつが死刑に反対だと言うと、お前、裏で何考えていると思わせるのだ。 

 

トム・クルーズは、「ミッション・インポッシブル (Mission Impossible)」が今後も製作されるようでまずは何より。「アウトロー」上映前にも、主演のSF映画「オブリビオン (Oblivion)」の予告編がかかっており、彼くらいのレヴェルのスターになると、ケイティ・ホームズとの離婚やなにかと胡散くさいカルトのサイエントロジーとの関係も、人気にはあまり関係ないようだ。 

 

主演とはいえ何人もいるエージェントの一人である「ミッション・インポッシブル」くらいだと、どうしてもスポット・ライトが目減りするから気に入らないのか、「アウトロー」ではいったんスクリーンに登場するや否や、カメラはほとんどクルーズから離れない。とにかく主人公ではないと気が済まないその徹底したミーイズムはむしろ感心させられ、よくも悪くもスターとはこういうものなのだなと思わせる。 

 

脇の選び方も、前掲のジェンキンスやヘルツォークを筆頭に、ジョー・シコラ、デイヴィッド・オイエロオ、ロバート・デュヴォール、ジェイ・コートニー、アレクシア・ファスト、ロザムンド・パイク等、そつがない。ただしパイクはちょっと目を見開くリアクション演技が多過ぎ。一方もう一人の主要女性登場人物であるサンディに扮するファストは結構いい。それにしても東海岸に甚大な被害をもたらしたハリケーン・サンディに続いてサンディ・フックが起こったと思ったら、映画の中ではサンディが被害者か。来年アメリカではサンディと名付けられる新生児はほとんどいないような気がする。 









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連続射撃殺人事件が起きる。現場に残された証拠から元軍人のバール (ジョー・シコラ) が逮捕され、事件はすぐに終結するものと思われた。バールは勾留中にリンチに遭い大怪我をするが、しかし罪は認めず、瀕死の状態からジャック・リーチャー (トム・クルーズ) を呼べと告げる。探すまでもなく検察のロディン (リチャード・ジェンキンス) と刑事のエマーソン (デイヴィッド・オイエロオ) の前に現れたのは、そのジャック・リーチャー本人だった。リーチャーはバールが自分を指名したことを聞いて、自分から事件の真相を知るために現れたのだ。しかし超人的な身体能力を持っていても基本的に一匹狼のリーチャーは、エマーソンたちに組みせず、単独で行動を開始する。それは時に権力も敵に回しかねず、エマーソンたちもリーチャーを持て余す。ロディンの娘の弁護士のヘレン (ロザムンド・パイク) がリーチャーと二人三脚で調査を開始し、リーチャーは事件の犯人は別にいることを確信する‥‥


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