Collective


コレクティブ 国家の嘘  (2021年6月)

年が明けてから春頃までの業界動向を見るに、「コレクティブ」のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞は、当確一分の隙きもなしという感触が濃厚だった。それくらい評価されていた。 

 

とはいえ、社会色が強く硬そうな作品で、なんとなく視聴に二の足を踏んだのも事実で、huluのマイ・スタッフ・リストには入れてはあったのだが、これまで見てなかった。同じアカデミー賞のドキュメンタリー部門にノミネートされていた、「オクトパスの神秘: 海の賢者は語る (My Octopus Teacher)」を先に見てたりした。これはこれで面白く、伏兵としてこちらがアカデミー賞を獲得したのを見て、嬉しくもあったが驚きもした。むしろそれで逆に、では「コレクティブ」っていったいどうなの? と興味が出てきた。 

 

タイトルでもある「コレクティブ」とは、作品のそもそもの発端となった火事の起こったライヴハウスの名前だ。とすると、固有名詞だから英語タイトルも現地綴りをそのまま採用して「Colectiv」になりそうなものだが、英題は英語綴りで「Collective」になっている。いずれにしても、おかげでたぶん集団訴訟かなんかを意味している硬めのドキュメンタリーだとばかり思っていたら、ライヴハウスの名だった。 

 

そのコレクティブでバンドがパフォーマンスを行っている最中、火事が起こる。死者27人、負傷者180人を出す大惨事となった。なるほど、この事件を追うわけか、と思わせられるが、そうではない。 

 

その後、火事で火傷を負った怪我人の多くが、入院先で満足な手当を受けられなかったことにより、傷口が悪化して感染症を起こすなどし、それが元で死亡する者が次々と出る。最終的には死者は60人以上に達する。消毒液が効果がないほど薄められており、そのせいで傷口に蛆が湧くなどして様態が悪化したのだ。不良品を製造した医療品メイカーや、それと知りながら納品を許した病院、医者、政府など、流通の様々な場所で贈収賄や不正が行われていた。「コレクティブ」は、そのルーマニアの腐敗した医療体制にメスを入れる作品だ。 

 

医薬品は、不良品だとそれを使う者の命に関わりかねない。しかしルーマニアではそれを知りながら粗悪品を製造し続ける医療品メイカー、賄賂を受け取って納入を許可する病院や取り締まりのできない政府など、流通のほとんどの段階で不正や腐敗が蔓延っており、正直うんざりさせられる。たぶんチャウシェスク政権時代の負の遺産なんだろう。ナディア・コマネチが国を捨てるわけだ。 

 

ルーマニアというと即座に思い浮かぶのは、「4ヶ月、3週と2日 (4 Months, 3 Weeks and 2 Days)」や「エリザのために (Graduation)」のクリスチャン・ムンジウで、近年では「ザ・ホイッスラーズ (The Whistlers)」やamazonの「コムラード・ディテクティヴ   (Comrade Detective)」等があった。皆、判で捺したように社会腐敗や不正を題材としているか、もしくは重要なプロットを占めている。こんな国に生まれてなくてよかったと思う一方、では日本やアメリカはそれがないと断言できるのかと問われると、一瞬思わず考えてしまうところが我ながら歯痒い。 

 

一方、社会の不正、腐敗をジャーナリストが問う、糺すという内容で思い出すのは、「スポットライト (Spotlight)」だ。とはいえカトリックの神父が題材だと、カトリック教徒じゃない限りまず当事者になる可能性はないが、「コレクティブ」の場合、怪我をして病院に行くと、誰でも被害者になる可能性がある。それが怖い。 

 

しかし「コレクティブ」の一番怖いところは、実はそこにはない。新しく理想肌の若い政治家が医療を司る省のトップに就任し、改革を断行しようとする。しかし次の選挙において、彼を支持する者はほとんどいないことが判明する。要は、古いシステムで利益を得てきた者は今更新しいシステムに移行する気などさらさらないし、若い世代も改革によって自分に不利益になるのが怖いか、あるいは元から政府を信頼してないから投票しないのか、あれだけの大惨事が起きながら、誰も本気で事態を改革改善しようなどとは考えていなかった。 

 

何が怖いかって、その事実が一番怖い。何か悪いことが起きても、事態はよくはならないと明言しているようなものだからだ。元社会主義だから人々がそういう発想になるのか、人々がそういうものの考え方をするから社会主義になったのか。しかし、今はそうじゃないだろ、と思うが、それでもあの辺りじゃ人々はそういう風にものを考えるらしい。このものの考え方は、人として本気でやばいんじゃないかと思わざるを得ない。 


 










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ルーマニアの首都ブカレストのライヴハウスで火災が起き、多くの死傷者を出す。火傷を負った怪我人の多くが、基準を満たさない不良品の医薬品を使ったために炎症を止められず、状態が悪化して死亡したことが明らかになる。ルーマニアに蔓延る医療体制の腐敗や不正行為の横行が多くの犠牲者を出したことが明らかになり、ある新聞紙はそのことを徹底的に追求、医療を司る政府高官も新しい人事が発表になるが、医療体制はほとんど好転しない‥‥ 


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