My Octopus Teacher


オクトパスの神秘: 海の賢者は語る  (2021年4月)

以前からTV番組としてのドキュメンタリーは結構見ていたのだが、パンデミックになって家見が増えると、劇場公開用ドキュメンタリーも家で見る機会が増えた。以前はフィルムではなくヴィデオ撮影のドキュメンタリーは、劇場の大きなスクリーンでの視聴には堪えないと感じていたからだが、技術の進歩と共に、ドキュメンタリーは機動性を生かしてこれまで見ることのできなかった世界を美しいイメージで我々の目の前に提供してくれるようになった。近年はむしろドキュメンタリーこそ大きなスクリーンでという意識になりつつある。 

 

そして「オクトパスの神秘」も、これまで見たことのない美しい海中のイメージ、および海洋生物の生態を見せてくれる。南アフリカの海岸沿いに住むクレイグ・フォスターという一人の中年の男が、人生の意義を見失うミドルライフ・クライシスに陥って、ほぼ毎日海に潜り、そこで一匹のタコと遭遇し、信じられないことにそこで種を超えた交流が生まれる。その交流を具さにとらえた記録が、「オクトパスの神秘」だ。 

 

登場人物は基本的にフォスターと、たまに出てくる息子のトムの二人だけで、冒頭近くにカラハリ砂漠の先住民族や、最後に遠景として一緒にダイヴする何人かが出てくるだけだ。一瞬、元妻のような人物も映るが、あれはエキストラと思う。 

 

例えば、単純に一人の人物を追うドキュメンタリーとして近年では出色の「フリー・ソロ (Free Solo)」や「ハニーランド  永遠の谷 (Honeyland)」は、当然一人の主人公を追うわけだが、一人で絶壁をフリー・クライムする「フリー・ソロ」も、一人で (実際には歳老いた母と一緒に生活しているが) 蜂蜜を集める「ハニーランド」もそこそこ人と出会ってそこでななんらかのやりとり、コミュニケーションはある。目的や生活は一人でも、他人との接触を否定しているわけではない。 

 

しかし「オクトパスの神秘」の場合、相手となるタコがしゃべるわけではないので、フォスター以外は誰もしゃべる者がいない。作品はほとんど最初から最後までフォスターのモノローグおよびインタヴュウで進む。タコが行動だけじゃなく、せめてイルカやクジラのような鳴き声のようなものがあれば、さらに彼らの行動の意味やもしかしたら情動がわかるかもしれない。 

 

しかし、果たしてタコが本当に感情を持っているのか。実は結構疑わしいと思う。タコはタコとして生きているだけで、確かにフォスターという生物の多少の興味を持ってないこともなさそうだが、しかしそれは友情や共感みたいな感情の動きとは違うような気がする。一方で、哺乳類以外のペットを飼っている者は、フォスター同様、ペットに感情移入したり癒やされたりするだろう。 

 

いずれにしても、これまで見たことのなかったタコの生態はそれだけで驚嘆すべきもので、単純にナチュラル・ワンダーものとしても、「オクトパスの神秘」には見るべき点は多い。明らかに日本とは違う南アフリカの海中の映像は一見に値し、ドキュメンタリーの方こそスクリーンで見るべき時代になったかと思わされる。 

 

ところで邦題の「オクトパスの神秘」は、近年では最も失敗している。見ればわかるが、タコの知られざる生態を明らかにしてはいるが、作品はその神秘に迫ろうとしているのではなく、あくまでもそのタコとフォスターとの、もしかしたら一人よがりの交流にポイントがある。語感からはなんとなく「オリンパスの神秘」みたいな印象を得そうで、実はその辺をわざと狙ったんじゃないかという気もする。 

 

副題の「海の賢者は語る」に至っては何をか言わんやで、タコは何も語らない。ただフォスターが個人的に自分に必要なことをタコの生態からほとんど一人よがり的に学習吸収しているだけと言った方が実態に近い。個人的には邦題として「私のタコの先生」の方がよほど共感できるが、しかし内容を想像しにくいというのはあるかもしれない。かなりの確率で、頭の禿げ上がった教師と生徒との交流を描く作品だとカン違いしそうだ。 

 

この種の生物系、特に我々が普段食料として口にしている生物が対象の作品を見ると、感情移入して食べる対象として見にくくなることがある。ドキュメンタリーではないが、例えば「ベイブ (Babe)」を見た後、しばらくはポークを食べる気にはなれなかった。 

 

こないだ日系スーパーのミツワに行って、鮮魚コーナーで茹でダコを見た。食べる気になるならないかということにはならず、やはり美味そうだと思い、ポイントは1パウンド20ドル以上という値段の方に向かう。一般人は、やはり哺乳類に対しての方が感情移入しやすいというのはありそうだ。 


 










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南アフリカの海沿いに暮らす一人の中年男とタコの種を越えた繋がりをとらえるドキュメンタリー。 


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