「トゥルー・クライム」でも「トゥルー・グリット (True Grit)」でもない。「トゥルー・グライム」だ。犯罪ではなく、グライム、要するに事故や犯罪現場に残されてこびりついた垢、汚れ、それを清掃する業者に密着するリアリティ・ショウが、「トゥルー・グライム」だ。
事故や犯罪が起こった現場というのは当然のことながら汚れ、散らかったままだろう。アメリカのように銃を使った犯罪が多発する場所だと、往来で血が流れることも少なくない。そういう現場は、鑑識が検証を終えた後、掃除しなければならないのはもちろんだ。
とはいえ、そういう事件性のある現場の掃除は、私は警察関係の内部でそういうことを担当する専門の部署があるもんだとばかり思っていた。ものによっては現場に毒性が残されているとかいうこともあるだろう。近年なら特にそうだ。専門の知識と装備、そして捜査側との連携がなければできない専門性の高い職場に違いない。
ところがそうではないのだ。とある事件が発生して、鑑識が現場検証を終えた後の現場というのは、もう、ただの掃除が必要な汚れた場所でしかない。そりゃま、まだサリンや炭疽菌が現場に残っていると考えられるような状況だとしたら、警察どころかFBIやCDCの専門ユニットが出てくるだろうが、それだってたぶんほっとけば被害が拡大するような場合だけで、多少の毒性がまだ現場に残っているくらいでは、おいそれとは出張ってこない。それくらいなら、契約業者が防護服を着て処理するのだ。オークランドのそういう業者であるクライム・シーン・クリーナーズに密着してその仕事の模様をとらえるのが、「トゥルー・グライム」だ。
事件・事故現場の後処理・清掃をどのくらいの人間が職業としたいだろうか。人の嗜好はそれぞれだから、やりたいと思う人がいてもおかしくはない。実際、番組に出てくるジェイムズは、自分が本当になりたいのは検死官だから、むしろ願ったりの職業だと言っていた。確かにそういう考え方もあろう。ヴェテランのジムも、元は建築関係だったが、就職難のこの折、まじめに仕事をこなしている。この職業が人が就きたい仕事リストの上位に来ることはないと思うが、それでも求人を出せば、続くかどうかは別として、応募してくる人間の数には事欠いてはいないようだ。
番組のプレミア・エピソードの最初に出てくるのは。いわゆるロード・レイジで刺されて死亡した男が乗っていたクルマを清掃する。不用意な車線変更からいさかいとなり、死んでしまった男のガール・フレンドは、彼が目の前で刺され、ドライヴァーズ・シートが大量の血を吸ってしまったのにもかかわらず、金がなくてクルマを手放すわけにはいかず、クリーンナップしてもらってまたそのクルマを使うという。
シートの背もたれの内部はスポンジだから、いったん血を吸ったシートはどうやっても完全には血はとれず、張り替えるしかない。まずシート自体をフレームごとクルマから取り外して清掃するしかないのだが、車内は飛び散った血でそれこそどこもかしこも血まみれだ。これを掃除するのか。
次にジェイムズとジムが派遣されたのは、自宅前で何者かに撃たれて死んだ黒人青年の血が流れた地面の清掃だ。お世辞にも治安がいいとは言えないところで、夜遅く、二人だけ真っ白な防護服を着て、地面にこびりついた血を洗い流す。事件を聞いた仲間たちが花や捧げものを持って現れては現場に供えていく。なにやら不穏な空気が流れ、ジェイムズとジムはできるだけ手早く仕事を済まして帰る。
ところが翌日、クライム・シーン・クリーナーズのオフィスに死んだ青年の祖母から電話が入る。まだ血が完全に洗い流されてないというのだ。夜で現場が見えにくかったのと、できるだけ早く帰ろうとてっとり早く仕事を済ませたため、細部まで目が届かなかったのだ。
とはいえ、ボスのニールも言っていたが、これは最もやってはいけないことだ。死者の身内にとっては、その血がまだ往来に残っており、外に出るたびにそれを目にするなんてことは、耐えられることではない。ニール直々に現場に現れ、謝罪して再び仕事をやり直す。昨夜だって、四つん這いになってブラシでせっせとこすり流していたが、コンクリートにひび割れがあると、どうしてもそこに流れ込んだ血は簡単には洗い流せない。
クライム・シーン・クリーナーズはニールを筆頭に、ヴェテランの順にジム、ジェイムズ、マイクがいるが、ジェイムズすらまだ働き始めて半年だ。要するに誰も長くは続かないんだろう。いずれにしてもそのため、仕事が入ると簡単な、誰でもできそうなものならマイクが派遣され、ジェイムズ、ジムの順に段々重要な仕事が回される。
マイクは基本的に奴隷に近く、夜中でもなんでも仕事が入るとケータイで呼び出され、眠い目をこすりながら現場に赴く。というか、こんな商売だ。どうしても仕事が入るのは夜中が多い。それで夜中に泥酔して正体不明になり、警察に保護されてパトカーの中に吐きまくったやつの小間物の掃除をやらされる。頼むからスゲー臭いなんて実況しながら仕事せんでくれ。イメージ湧きすぎてこちらまで吐きそうになる。
一方でジェイムズが出向いたのはなぜだか道路上に巻き散らかされた糞の始末だ。異臭で苦情が来るくらいの量だ。果たして人間のかそれともイヌやペット、あるいは野生の動物、それとも簡易トイレがここで横転したとか? 理由はいろいろあるだろうが、それを詮索するのは彼らの仕事ではない。ただ現場を綺麗にするという仕事を遂行するのみ。
ジムがつかわされたのは、ガレージ兼物置きのような場所でピストル自殺した老人の、血に汚れた現場の後始末だ。病気になって死んだ老妻の世話に疲れただけでなく、自分も重い病気になったようで、世をはかなんだらしい。現場の遺体は既に運び出された後だが、床に流れてこびりついている血がこちらもすさまじい。それでもできるだけ綺麗に死にたかったのか、周りにはヴィニール・シートをかけて後始末がしやすい配慮がされてあるのが、逆にいっそうもの悲しさを煽る。それでも流れた血は壁際の棚の下の隙間に染み込んでしまい、綺麗にするには床のボードを引きはがして掃除するしかない。実際、フロア・ボードの下にも大量の血の跡があった。
番組第2回では、閑居していて人知れず死んで腐ってしまったホーダーの住まいを清掃する。遠目でカーペットの上に大量に点々としている黒いものはハエの死骸で、要するに遺体にうじがわいて孵化したが、閉め切った部屋なのでハエも外に飛び出ることができず、結局こちらも死んでしまったということのようだ。どうしても汚れが落とせない床は、こちらも電動鋸で床ごと切りとって外に運び出し、床を張り替える。というか、同じ大きさの板を切りとった場所に載せるだけだ。これで終わりか。
それで、どうやら遺族の黒人女性は死臭が染み込んだ家を掃除して、売るか、あるいはもしかしたら自分が住むみたいだ。この苦しい経済情勢では、収入の見込みがあるならなんでも考えてみる価値はあるだろうが、しかし、自分かこういう家に住むのだけは勘弁と思うのだった。
ニールがこの商売を思いついたのは、クエンティン・タランティーノの「パルプ・フィクション (Pulp Fiction)」を見たからだそうだ。そういえばあの映画では、ハーヴィ・カイテルがクリーナーだと称して、犯罪の後片付け請け負い人に扮していた。別に特にそれが実際の現場の掃除を意味していたわけではなかったと思うが、まあ、確かにそういう商売があってもおかしくはない。
一方でこの商売、どう考えても一生の仕事向きではない。長くやってたら、なんか頭がおかしくなりそうだ。ヴェテランのジムですら最近どうも調子が悪いようで、ニールは新しく求人広告をクレイグスリストに出して、マークという、これまた癖のある顔の中年男性を雇っていた。まあ、長く続かないのなら新卒にこだわることもあるまい。経営者としてのニールがずっとやっていけるのは、自分が現場に行く必要がそれほどないからだろう。
これまでにもA&Eの「ファミリー・プロッツ (Family Plots)」やディスカバリー・ヘルスの「ドクターG: メディカル・エグザミナー (Dr. G: Medical Examiner)」等の、死が身近な番組というのはあったが、「トゥルー・グライム」は、これまた人の死を身近に感じさせてくれる。それでも、時に死体そのものすら見せた「ファミリー・プロッツ」や「ドクターG」よりも、死体自体を見せるわけではない「トゥルー・グライム」の方がより生臭く感じるのは、どうも血と関係がありそうだ。綺麗にお化粧直しされた遺体や検死台の死体より、出演者が血や腐臭に顔をしかめる反応の方がよりヴィヴィッドで、こちらもつい想像してなんかむかむかしてしまう。ドクターGなんて、にこにこしながら死体切り刻んでるからなあ。