Trance


トランス  (2013年4月)

ダニー・ボイルの新作は、催眠をキー・ワードとするクライム・ミステリだ。ボイルは結構「スラムドッグ・ミリオネア (Slumdog Millionaire)」みたいなハートウォーミングな作品と、「28日後 (28 Days Later)」みたいなエッジィなSF/ホラー系作品を交互という感じに撮る。 

  

前作の「127時間 (127 Hours)」は見てないから断言はできないが、砂漠で事故に遭って、生還するために自分で自分の腕を切り落としたという男の話が、さてヒューマン・ドラマかアクションか、判断しかねる。ホラーと言ってもいいかもしれない。その点、今回はスリル/サスペンス基調のアクションというのは、誰の目から見ても明らかだ。 

  

とはいっても今回は、話としてはストレート・フォワードだったに違いない「127時間」の反動か、捻りに捻った展開になっている。なんせ題材が催眠であるため、これは実は後で催眠中の夢か頭内妄想で片づける可能性もあるななんて思いながら見ているので、見ながら自分で自分が予想した展開に枷をはめられて、なにがなんやらわけがわからなくなってしまった。「トランス」に較べたら、どんでん返しにご用心なんて言われていたスティーヴン・ソダーバーグの「サイド・エフェクツ (Side Effects)」が、まるで子供騙しに思えてくる。 

  

  

ロンドンのオークション・オークション・ハウスで働くサイモンは、ゴヤ晩年の傑作を狙ったギャングの襲撃に反撃を試みたため逆に手酷く返り討ちに遭い、入院を余儀なくされる。しかし実はサイモンもギャングの一味だった。ところが予定にはなかった行動から病院送りになってしまったサイモンは、その時の記憶が欠落してしまい、どこにゴヤを隠したかを思い出せなくなってしまう。 

  

どんなにリンチを加えても、思い出せないものは思い出せない。どうやら記憶喪失を装っているのではなく、本当に思い出せないようだ。ギャングのボス、フランクは手詰まりになって、サイモンを催眠療法士エリザベスのクリニックに送り込む。サイモンは徐々に忘れていたことを思い出し始めるが‥‥という展開。 

  

アート泥というのは、かなり難しい職業だろう。だいたい、売れば金になりそうな作品というのはよく知られている、つまり出所の確かな作品に限られる。そういう 作品が盗まれた場合、世界的なニューズになってしまう。そうすると、盗品とわかっている作品は、誰も買わないと思うのだが、どうなのだろうか。それでも売れるものなのだろうか。そういう作品専門のブラック・マーケットがあって、そこでなら作品を捌けるとか。盗品かどうかにこだわらない大金持ちがいて、誰にも知られずに自分の家に飾ることだけで満足して大金を出すことを厭わないとか‥‥あり得るだろうか。しかしそうでも考えないと、いまだに忘れた頃にアート泥が出没して名画を盗み出す理由がわからない。 

  

アート泥が実際にアートを盗み出す手段となると、さらに信じ難い。大作ともなると、かなり大きなものになってしまうので、盗み出すのも一苦労だ。場合によって は額ごとだと運び出すのが無理なため、額から外して絵だけを取り出す。それだけならまだしも、そういえば「ハード・ラッシュ (Contraband)」では、その絵を丸めていたし、四つ折りにする場合もある。そんな、お前、ミリオン・ダラーの絵にそれだと折り目がついてしまうだろうが、とか、素手で絵の表面を触るな! お前の指紋がついた絵なんか誰が買うかという、こっちの心配なぞ気にもかけない。一瞬一秒を争う時は、その絵もいちいち額から外している時間なんかないため、いきなりカッターで額から切り取ってしまう。少なくとも価値は半額には下がってしまったと思う。完璧主義者なら、その絵にはもう一文の価値もないと切 り捨てる者もいるのではないか。 

  

わりと批評家から好かれているボイルであるが、今回に限ってはほぼ黙殺か、さもなければ結構厳しい意見をもらっている。 その最大の理由が、話をどのようにでも持っていける催眠術とか夢オチの話という点にあるのは間違いなかろう。捻りや意外性で押して、それでいてリアリティも兼ね備えるのは至難の業だ。かなりの確率で収拾がつかなくなって、何がなんだかわからないと言われてしまう。ストーリーを捻り過ぎて、本筋が見えにくくなっているというか、そうだったっけ、あれ、なんでこうなるの、これはありか、みたいな印象を受けてしまう点がそこここにある。 

  

その上、私の場合、アートを愛している男が、絵をあんな風に扱うかと思ってしまう。ありゃ絶対かなり色が剥がれたはずだ。いくらギャングに絵を渡したくなくても、ゴヤの絵をあんな風に扱うくらいなら、いっそ大切にしまったままギャングに渡さないか、普通。お前もアート・ディーラーの端くれだろう。 

  

私が作品を見たのはまだ公開2週目だったが、既に近場ではやってなくて、かなり遠いところまで足を伸ばさなければならなかった。他にも見たいのがあったら、そちらを優先していたろう。興行的にはかなり厳しかったに違いない。 

  

とまあ、内容に関しては色々と疑問がないこともないが、それでも、ミステリ好きの私の性分としては、実はこういう作品は見ていてなかなか楽しいのも事実なのだった。xxxがxxxで、実はxxxと後でxxxという予想は、途中まではそこそこいい読みだったのだが、後でxxxがxxxでxxxだったとは、さすがに読めなかったな、などとネタを割って話せないのがまどろっこしい。 











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サイモン (ジェイムズ・マカヴォイ) は アートのオークション・ハウスで働くエージェントで、今回のオークションにはゴヤ晩年の傑作がかけられるために注目されていた。そのオークションの最中に、絵を狙ってギャングが押し入ってくる。急いで絵をしまって安全な場所に確保しようとするサイモンだったが、そこにはギャングの首領のフランク (ヴァンサン・カッセル) が 待ち構えていた。サイモンはつい抵抗して逆に反撃を食らい、昏倒して入院を余儀なくされる。退院したサイモンを待ち構えていたものは、荒らされたアパート とギャングたちだった。実はサイモンもギャングの一味で、彼らを手引きしていたのだ。しかしギャングが強奪した鞄の中にはゴヤは仕舞われていなかった。 しかもサイモンは予定外の行動で抵抗して殴られて意識を失い、さらにその時のショックで一時的な記憶喪失に陥っていたために、肝腎のゴヤをどこでどうやって紛失したかがわからない。記憶を取り戻すためには催眠療法が有効ということで、フランクは半信半疑ながらもサイモンを催眠療法を施すエリザベス (ロザリオ・ドーソン) のクリニックに送り込む‥‥


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