Shutter

シャッター  (2008年3月)

カメラマンのベン (ジョシュア・ジャクソン) は結婚したばかりの妻ジェイン (レイチェル・テイラー) を連れ、過去何度も訪れたことのある東京に仕事のために越してくる。しかし忙しくなる前の一時に夫婦で訪れた別荘地への道すがら、車を運転していたジェインは人をはねてしまう。ところが事故のショックで気を失った二人が目覚めると、そこには人の姿は影も形もなかった。その時から二人の周りで奇妙な出来事が連続して起こり始める‥‥


___________________________________________________________


ミハエル・ハネケの「ファニー・ゲーム (Funny Games)」が「ファニー・ゲームズ U.S.」としてリメイクされ公開中だ。私は元々リメイクにはあまり興味を惹かれないが、オリジナルがあまり知られておらず、埋もれた傑作のような場合だと確かにリメイクを製作する意味はあると思う。それが外国映画でほとんどオリジナル公開時に誰も見ていなかったり、さらには未公開であったりする場合はなおさらだ。


しかも「ファニー・ゲームズ」の場合、リメイクをオリジナルの監督であるハネケ自身が演出している。ハリウッド映画としてドイツ語が英語になるだけでも潜在的観客者数は比較にならないだろうし、しかも主演はナオミ・ワッツとマイケル・ピットだ。聞いた瞬間にこいつは適役、まさしく、とイメージがまざまざと浮かんできた。ワッツじゃなければここは是非ケイト・ブランシェットにやってもらいたいところだが、ワッツでも全然文句ない。


一方ホラーの「シャッター」はタイ映画「心霊写真 (Shutter)」のリメイクだ。しかもよく見てみると、この作品、「心霊写真」をハリウッドが金を出して東京を舞台に移し替え、日本人監督を起用し、主演はアメリカ人俳優という、いったいどういう経緯でこういう企画が実現したのかよくわからない東西混淆企画なのだ。しかし、いずれにしてもたいそう興味を惹かれることには変わりはない。普段はまったく食指を動かされることのないリメイク企画がいきなり2本も気にかかる。


しかもこの2本、私は2本ともオリジナルをTVの深夜枠で見ている。ハネケの「ファニー・ゲーム」は昔、インディ映画専門のIFCで見たし、「心霊写真」は最近、これまたインディ専門のサンダンス・チャンネルで見た。サンダンスには日曜深夜零時から放送しているエイジアン・エキストリームというアジア映画専門枠があって、ホラー系作品を中心に組んでいる。特に韓国映画と日本映画の現在を知る上ではこの枠はかなり役に立つ。


私が最初にキム・ギドクという名前を知ったのはこの枠で見た「悪い男(Bad Guy)」が最初で、その後「コースト・ガード (The Coast Guard)」、「サマリア (Samaritan Girl)」、「うつせみ (3-Iron)」、「弓 (The Bow)」、「絶対の愛 (Time)」と、ギドク作品はすべてこの枠で見た。中国のジャ・ジャンクーの「世界 (The World)」を発見した時は、かなり衝撃を受けたと言ってもいい。世の中にはまだ知らない逸材が大勢いる。


「心霊写真」もこの枠でやっていて、実は見ている時はそれほど惹かれなかった。ホラー専門の演出家にありがちだが、ホラーの部分の演出にはなかなか面白いものを見せるが、その他のドラマ部分ではあまり感心しない演出家が結構いる。「心霊写真」演出のパークプム・ウォンプムが明らかにそのタイプであり、なんか、途中で見る気になれなくなってTVをつけたまま、それでも一応横目でちらちらとは見ながらマックと睨めっこして仕事していたのだが、見せ場というシーンで音が高まって釣られてTV画面に目をやると、たしかに面白い仕事をしていた。


要するに彼もいかにもホラー専門らしくイメージ先行なのがありありで、走っている車の中を覗いている被害者だとか、寝ている時にずれていく毛布だとか、かなり怖い。トイレのシーンなんかはユーモアも利いている。被害者の女性がいかに主人公の男の近くにいたかがポラロイドの写真の中に現れるシーンなんかは特に背筋ゾゾゾものだが、いかんせんその他のパートが弱い。特にヒロイン役の子がもうちょっとうまく怖がってくれればかなり高い点数上げられるのにと、ちょっと残念。被害者役の女の子はいかにも幸薄そうで悪くない。


その「心霊写真」を日本人演出家が東京を舞台に撮る。考えたら、この作品の重要なギミックであるカメラなんて、日本が世界に冠たる製品の代表のようなもんだ。さらにアメリカでもスピリチュアル・フォト、つまり心霊写真の存在は知られているが、特に日本でこの手の話が多いことは、ちょっと最近の和製ホラーに親しくしていたらわかる。だからこの話のリメイクを日本で撮るという話が持ち上がっても確かに不思議ではない。オリジナルの話自体がなぜ日本でなくてタイで撮られたかということの方がよく考えると不思議な気がするくらいだ。


心霊写真の本家日本で撮れば、さらにギミックやおどろおどろしい雰囲気、それらしいオーセンティシティを付加することができるだろう。そう考えた者がいたのは必至であり、だからこそこの企画が実現した。それで、同じリメイク企画とはいえ、演出家本人が違う俳優を起用して撮った「ファニー・ゲームズ」より、違う場所、違う演出家、違う俳優、そしてたぶん異なるテイストになっただろう「シャッター」の方に俄然興味を惹かれたのであった。


話は基本的に東京および富士の見える山荘とその場所近辺で展開するが、冒頭と最後はニューヨークのブルックリンだ。新婚のベンとジェインは、カメラマンのベンが東京で仕事のオファーがあり、挙式もそこそこに二人で東京に飛ぶ。東京ではブルーノやアダムといった仕事仲間がお膳立てをしてベンとジェインを待っており、二人にとって東京滞在は快適なものになるはずだった。


しかし、二人の時間を過ごすために赴いた富士近辺の別荘に向かう道すがら、運転していたジェインは若い女性を撥ねてしまう。スピンした車が木に直撃したため気を失った二人が再び意識を取り戻した時は、女性の姿は影も形もなくなっていた。果たしてあれは幻だったのか。それ以来、二人が関係する写真にはことごとく靄のようなものが写るようになる。そのためにベンの東京での最初の大きな仕事は失敗に終わる。ジェインはベンのアシスタントから紹介された心霊写真関係の雑誌を出版しているリツオを紹介され、彼の事務所を訪れる‥‥


実はこういう途中までの展開を見ていて最も印象に残ったのは、作品そのもの、その内容というより、出演しているアメリカTV界の俳優陣だった。だいたいアメリカではホラーは映画俳優というよりも、TVである程度名前の売れ出した俳優がステップ・アップを図るための手段としてホラー映画に出る場合が多い。今回主演のベンに扮しているジョシュア・ジャクソンからしてそうだ。「ルール (Urban Legend)」、「ザ・スカルズ (The Skulls)」等のホラー映画の経験はあるが、やはり人が彼を覚えているのはTVの「ドーソンズ・クリーク」だろう。


ジェインを演じるレイチェル・テイラーは知らなかったのだが、同じく日本を舞台にハリウッド資本で撮ったホラー「The Juon/呪怨 (The Grudge)」に出ていたクレア・デュヴォールと印象がそっくりだ。そのデュヴォールが現在出ているNBCの「ヒーローズ (Heroes)」にレギュラー出演中のジェイムズ・カイソン・リーは東京の心霊雑誌の編集者として登場、ベンの友人のブルーノに扮するデイヴィッド・デンマンはNBCの「ジ・オフィス (The Office)」に準レギュラー的に出ていたのを見たし、もう一人の友人アダムに扮するジョン・ヘンズリーは、アメリカでは誰でも彼の顔を見たら「ニップ/タック (Nip/Tuck)」を思い出すに決まっている。


「The Juon/呪怨」を見た時にもまったく同様の、アメリカのTV界俳優そろい踏みだな、みたいな印象を持ったのだが、今回もまた同じ印象を受ける。ついでに言うと「The Juon」続編の「呪怨 パンデミック (The Grudge 2)」主演のアンバー・タンブリンは、CBSの「ジョーン・オブ・アーケイディア (Joan of Arcadia)」で、神が見える主人公の女子学生という役どころだった。アメリカのTV界は日本の映像界、特にホラーと親和性が高いという公式でもあるのだろうか。


オリジナルの「心霊写真」との比較でいうと、全体としてのでき、物理的なプロダクション・ヴァリュウという点では「シャッター」の方が上という印象を受ける。特に富士近辺で被害者を撥ねる時のカー・アクションは繋ぎのリズムといいまったくハリウッド映画を見ているようだった。そのシーンはオリジナルでは主人公の二人が被害者を見捨てて逃げるが、「シャッター」では事故のショックで二人とも気を失い、気がついた時は既に被害者は跡形もなく消えてしまっていたという設定になっている。そのため、二人は事故の加害者ではあっても完全に悪者という印象は受けないよう配慮されている。特にジェインは良心的な人間として造型されており、この点が今回のリメイクで最も変わったところと言えるかもしれない。一方、やはりリメイクというということで、最初にオリジナルを見た時ほどゾゾゾという怖さは感じなかった。基本的に既に話を知っているからしょうがあるまい。


ところで、日本人監督が演出して日本映画の衣を被った実はハリウッド映画であるこの種の作品においては、特に重要な役では日本人俳優は出演しない。しかし一方で、ほとんど言葉なき被害者として等で印象的な役を振られているとは言える。「The Juon」でのセリフなき男の子とか、今回のメグミ役の奥菜恵とかの印象は大きい。この、被害者が日本人であるということこそがこの種の作品が日本で撮られる必要のある最大の理由であるという気がする。これが舞台を移し替えてアメリカでアメリカ人俳優だけで撮られると、どうしても被害者は加害者に対して抵抗したり反撃したりするだろうから、ほとんどリメイクが成立しない。内向型のメグミのキャラクターなんて、アメリカ映画でこんな人物造型したらギャグにしかならないだろう。


演出のマサユキ・オチアイは、日本人には間違いないだろうが私はまったく初耳で、特に下調べしないで見に行って、どちらかというと日本的ホラーというよりはいかにもハリウッド・ホラーっぽいリズムを見て、てっきりアメリカでそれなりに経験を積んだ監督を私が知らなかっただけだと思っていた。しかし映画を見て帰ってきてから調べてみると、落合正幸はずっと日本で撮っていたことを知った。彼の作品もサンダンス・チャンネルでやっていてもいいだろうに、これまで見たことがない。


それでも「シャッター」がハリウッド的なリズムが感じられるのは、周りの多くをハリウッド関係者で占めているからか。しかし明らかに清水崇の「The Juon」よりこちらの方がアメリカアメリカしている。さらに言うと、アメリカを舞台に撮った中田秀夫の「ザ・リング2」よりも「シャッター」の方がアメリカっぽい匂いを振りまいているとすら言える。もしかしたら撮影の柳島克己が「パンデミック」等でアメリカ式に慣れていることが大きいからかとも思う。日本ホラーに特有だった湿り気は、いつの間にやらハリウッド資本に吸収されてどんどん希薄化していくのかもしれない。日本のホラー演出家が世界を意識して今後もアメリカに進出していったら、明らかにそうなるだろう。







< previous                                      HOME

 
inserted by FC2 system