かつて一時期FOXが、扇情主義に走った愚劣とも言えるトンデモ系のリアリティ・ショウを連続して編成していた時期があった。似非セレブの素人にボクシング勝負をさせたり (「セレブリティ・ボクシング (Celebrity Boxing)」)、貧乏人を金持ちと偽らせて勝ち抜き恋人獲得のターゲットにさせたり (「ジョー・ミリオネア (Joe Millionaire)」)、今度はその主人公を小人にして健常者の女性を加えて争わせたり (「ザ・リトルスト・グルーム (The Littlest Groom)」) した。それはそれで興味を惹かないこともなく、ギルティ・プレジャーを与えてくれたのも、確かではある。
しかしそういう番組が長続きするわけもなく、やがて廃れ、見かけなくなった。そういうもんだろう。今度はどういうトンデモ・リアリティを編成してくれるのか、怖いもの見たさの気持ちもなくはなかったんだが。
そういう気分を思い出させてくれたのが、今回のディスカバリーが編成した「フェルプス vs シャーク: ザ・バトル・フォー・オーシャン・スプレマシー 」だ。なんとなればこの番組、マイケル・フェルプスとサメ、グレイト・ホワイト・シャークを一緒に泳がせ、どちらが速いか競わせるというのだ。かつてやはりFOXが、「マン vs ビースト (Man vs Beast)」でオリンピック級の短距離ランナーをキリンやゼブラと競わせたというのは見たことあるが、さすがにサメは見たことない。
しかも人間代表として登場するのは、マイケル・フェルプスだ。フェルプス、あの、オリンピック金メダル20何個という不滅の記録を持つスイマーのフェルプスが、サメと泳ぐってか。しかしいくらフェルプスが人類最速といえども、サメにはかなうまい。
第一、サメが用意ドンでスタートなんかしてくれるのか。サメってのはエラ呼吸だから、始終泳いでないと呼吸できない、水中で止まるということがそもそもできないと聞いたことがある。それじゃ平等なスタートは切れないんじゃないか。あるいは自転車競技みたいにまずフェルプスを先行させ、サメが追うという対戦方法も考えられる。その場合、追いつかれたら、獲物が目の前にいるサメの捕食本能を制御する術はないものと思われる。とするとどうするのか。
まず今回は地上での勝負にも増して力に差があり過ぎるということで、ハンデ戦として、フェルプスには特注のフィンを装着してもらうことになった。しかしハンディキャップというのは、ゴルフや競馬、競輪のように、少なくとも同じ種同士で戦う時に、体格や年齢、力の差があり過ぎる時に場を均すためにあるのであって、そもそも最初からまったく平等な対決が見込めないからといってやるものではない。
それだって、ギャンブルとして賭けの対象になるからハンデがつくのであって、本当にスポーツとして見る場合は、ハンデをつけるのではなく、重量や年齢等の階級で分けるのが当然だ。種が違うからこっちは特殊な装置を装着しても構わないというのは、ちょっと違う。ここまではよくてこれ以上はダメという線引きは、誰がどこで引くんだ? その根拠は? と、胡散臭いことこの上ない。
競泳する目標タイムは100mを36秒台ということだが、その根拠も定かではない。個人的な印象では、サメはもうちょっと速く泳げるんじゃないかという気がする。いずれにしてもフェルプスのフィン装着は、そのタイムに限りなく近づけるためのものだ。
フェルプスがサメと勝負するのは南アフリカ沖で、この時期、南半球の南アは、当然冬だ。わりと温暖な南アといえども水温は華氏50度台で、はっきり言ってこれは冷たい。フェルプスも水が冷たいと言っている。 これじゃいつもより泳げなくて、サメに食われるだけなんじゃないか。
それでも決行時刻は迫り、フェルプスは海に入り、そして泳ぎ出して‥‥フェルプスと一緒にTV画面上に現れたのは、CGのサメだ。フェルプスが、CGのサメとちゃんとレーンを区切った右左で勝負している。なんだ、これ。
結局、サメ36秒台、フェルプス38秒台で100mをフィニッシュ、サメが勝った‥‥って、こんなの納得できるわけないじゃないか。視聴者をバカにすんのもいい加減にしろ。
当然翌日のTV、ニューズでは番組を罵倒嘲笑する意見コメントが飛び交ったのだが、しかし、よりにもよってフェルプス、いったいお前、何を考えてこんな番組に出たんだ? 自分で自分の経歴に泥塗ってるじゃないか。しかもよく見るとフェルプス自身がエグゼクティヴ・プロデューサーの一人として名を連ねている。自ら買って出たのか? 番組の最後にはリヴェンジ勝負? というテロップが入る。本気で考えているのだろうか。