Incitement


インサイトメント  (2020年2月)

改めて気づいたのだが、ニューヨークもそうだが私の住むニュージャージーにも、ユダヤ人が多い。あるいは、教育が高く映画好きのユダヤ人が多く住むコミュニティが、そこここにある。わりとアーティな、単館上映されそうな映画のかかる映画館のほとんどは、そういうところにある。 

 

そのせいもあって、あまり世界的には公開されそうもないイスラエル製の小品を上映していて、そういう作品を見た経験が何度もある。いったい世界の誰が気にかけるんだというイスラエルの法律制度、端的に離婚法を扱った「ゲット: ザ・トライアル・オブ ・ヴィヴィアン・アムサレム (Gett: The Trial of Viviane Amsalem)」とか、第二次大戦が絡む「パスト・ライフ (Past Life)」とか、本国以外ではアメリカ以外ではまず公開されていないだろうという作品を見てたりする。 

 

「インサイトメント」は、その最新例になるイスラエル映画だ。どうもポリティカル・スリラーらしく、世界各地の映画祭においてはいくつか賞も獲っているようなので、では今回はこれにするかと決める。 

 

上映が始まると、いきなり横幅の短いスタンダードのスクリーン・サイズであることに気づく。驚いたというよりも、またか、という感じが強い。というのも近年、ロバート・エガースの「ザ・ライトハウス (The Lighthouse)」、amazonの「ホームカミング (Homecoming)」等で、スタンダード・サイズ、もしくは正方形、時には縦長というギミックを用いたスクリーンを見させられているからだ。 

 

スクリーン・サイズは作品の中身と密接に関係しているので、これにも何か意味があるに違いない。しかし「インサイトメント」が特に何か技術的にそうでなければならない理由があるのか。単に舞台となった1990年代の雰囲気を持たせるためというには、背景が多く省かれるこのサイズは、むしろ逆効果のような気がする。あるいは、金のないインディ作品っぽいため、単純にこのカメラしか利用できなかったという予算的要請があったからかもしれない。 

 

と最初につらつらと考えたその理由は、映画の最後に判明する。「インサイトメント」は、オスロ合意を推し進めた当時のイスラエル首相イツハク・ラビン暗殺事件を描くドキュドラマだ。実行犯のイガール・アミルがラビンを暗殺するのが、作品のクライマックスだ。 

 

そしてその部分は、ラビン暗殺の瞬間をとらえた現実のヴィデオ映像が、そのまま使われている。民生機器のヴィデオがとらえたその映像は粒子が粗く、お世辞にもよく撮れているとは言い難いが、そういう事実が、逆にリアリティを増している。多少映像は粗くても、百聞は一見に如かずを地で行っているようなインパクトがあるのは否定できない。作り手がどうしてもこの映像を利用したかったのもわかる。 

 

というわけで、「インサイトメント」は最後のこのクライマックスに向けて話が組み立てられており、スクリーン・サイズも当然このヴィデオに合致するサイズになった。画像も意図的にわざと粗くしているものと思われる。実際、粒子が荒く、遠いため、暗殺を決行するアミルが、それまで彼を演じてきた役者ではなく本人であるという違いがあるようには見えない。つまり、この構成、スクリーン・サイズは、ちゃんと効果を上げていると言える。 

 

ところでこの映画を見たのは、上述したようにユダヤ系が多いティーネックという町の小さな映画館だ。この2週間後、ティーネックがニュージャージーのバーゲン・カウンティにおけるコロナウイルスのクラスター源という発表があった。それまではニュージャージーで感染者は一人と言っていたはずだが、いきなり100人単位で増えた。そのうちかなりの人数がティーネックで発症している。 

 

この映画館は、お金に余裕のありそうな、引退した白人階級が多く利用している。映画館は密室であるため、そこでウイルスがばらまかれたら高齢者が感染する可能性はすこぶる高い。タイミングから思うに、オレ、なんかぎりぎりでセーフだった? という感じで、かなり冷や汗もんだ。というわけでこの映画、作品の中身とは別に私の記憶に残ることになった。今ではこの映画館だけではなく、ニューヨーク、ニュージャージーのすべての映画館は封鎖されている。暗殺者も怖いが無差別で影響するウイルスってのも、やはりというか、それ以上に怖い。人々はなんかかなりパニック状態に近くなってるし。 











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1993年。イスラエルで学ぶ信仰心の熱い青年イガール・アミル (ヤシュダ・ナハリ) は、イスラエルがほとんどアメリカのごり押しに近い形でパレスチナと和平条約に調印したオスロ合意を快く思っていなかった。大学で律法を勉強すればするほど不満は増し、アミルは非合法活動に傾倒していく。アミルは将来、ナヴァ (ダニエラ・ケルテス) との結婚を考えていたが、ユダヤ人至上主義で過激な考え方をするアミルにナヴァはついていけず、別の学生と婚約してしまう。それを契機にアミルはより一層過激な考え方をするようになり、アメリカのプレッシャーに屈した時の首相イツハク・ラビンの暗殺を本気で考えるようになる‥‥ 


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