最初この番組の話を聞いた時は、おいおい、また「ザ・ウォーキング・デッド (The Walking Dead)」のコンパニオン番組かよ、と思った。現在、アメリカ、ケーブルTV界で最大の人気番組といえば、AMCのゾンビ・ホラー「ウォーキング・デッド」のことに他ならない。とにかく圧倒的な人気で、2位以下を大きく突き放してぶっちぎりで人気がある。2位のTNTの「リゾーリ&アイルズ (Rizzoli & Isles)」の、常に2倍以上の視聴者を獲得している。
そんなもんだから、AMCはこの人気に乗じようと、「ウォーキング・デッド」の放送直後に、番組について意見を交換し合うトーク番組の「トーキング・デッド (Talking Dead)」を編成した。これがまた、意外に人気があるのだ。確かに、面白い番組を見た後に知人とその話をしたくなるということはあるだろうが、しかし、その発想でトーク番組を作ってしまい、実際にかなりの成績を獲得している。人気番組ならではの派生効果だ。
とはいうものの、熱狂的なファンならそれもいいだろうが、そこまで入れ込んでないファンにとっては、別に他人が番組にどういう意見を持っていようが、まったくどうでもいいことでしかない。それどころか、そんな番組編成するくらいなら、もっと別の新番組を編成してくれた方がありがたい。基本的には私もそう思っている口だ。とはいえ、たとえAMCが新番組を編成しても、こちらの時間は限りがあって、ただでさえ自由になる時間をやりくりしてせっせと後から後から編成される新番組に目を通しているというのに、正直言ってこれ以上新番組があっても、見れない番組が増えるだけだ。
というわけで、「トーキング・デッド」にはまったく興味はないものの、ファンがそれで楽しめるなら、別に異を唱えることもないかと思っていた。そんな折に現れたのが、「フィアー・ザ・ウォーキング・デッド」だ。おかげで、私は当初、また新手の「ウォーキング・デッド」スピンオフ番組だとばかり思っていた。トークの次は、製作現場案内番組か、タイトルからしてそれっぽい。
という私の予想は、むろん外れていた。「フィアー・ザ・ウォーキング・デッド」は、「ウォーキング・デッド」のスピンオフ番組であるのは確かだが、「ウォーキング・デッド」のそもそもの発端を描く、れっきとしたドラマだった。単なるトーク的コンパニオン番組ではない。調べてみると、「フィアー」の方も本家同様グラフィック・ノヴェルが先にあって、それを映像化したものらしい。オリジナルのプリント媒体もかなり人気があるようだ。
「ウォーキング・デッド」では、ある時、事故に遭って病院に運ばれたマーシャルの主人公が次に目覚めた時、この世にはゾンビが蔓延していたという設定で始まっていた。番組はそれからの主人公、並びに生き延びた人々のサヴァイヴァルを描くものだった。「フィアー」はマーシャルが昏睡して入院していた時、どうやってゾンビが発生し、文明が崩壊し始めたかを描くものだ。
「ウォーキング・デッド」でマーシャルがどのくらいの期間コーマ状態だったかは覚えていないが、何年も意識が覚醒せずに寝ていたという設定ではなかったように思う。要するに「フィアー」も話の始まりとしては、「ウォーキング・デッド」と同じくらいの時期から始まるということだ。それで話が進んでいくと、「ウォーキング・デッド」と並行して進む話みたいな感じになるんじゃないかと思う。「フィアー」がもしこのまま進んでいくなら、いずれ「ウォーキング・デッド」とのクロスオーヴァー・エピソードが製作されるかもしれない。
ところで「フィアー」のプレミア・エピソードを見た限りでは、人間がゾンビ化し始めたのは、どうやら新種のドラッグが関係しているっぽい。いずれにしても、科学の概念を無視したゾンビという存在に論理的な理由付けをしようとも無理な話で、結局「フィアー」は「ウォーキング・デッド」同様、ゾンビという理不尽な存在に囲まれたまま生き延びた人間たちを描く、人間社会のパワー・ゲームを描く話になりそうだ。
あるいは、徐々にゾンビに侵されつつある社会を描く、もっとサヴァイヴァル寄りの話になるやもしれず、その辺はお手並み拝見というところだ。私としては、「ウォーキング・デッド」という番組が既に存在しているのだから、やはり切り口を変えて、別番組として存在を確立してもらいたいと思う。
主人公カップルのマディソンとトラヴィスに扮しているのは、キム・ディケンズとクリフ・カーティス。ディケンズはHBOの「トレメ (Treme)」のレギュラーだった。映画では「ゴーン・ガール (Gone Girl)」にも出ている。カーティスは、近年ではABCの「ミッシング (Missing)」に出ていた。
マディソンとトラヴィスは共にバツイチ、もしくは結婚経験があり、連れ子がいる。マディソンは白人だが、息子ニックと娘アリシアは多少濃く、かつての伴侶はたぶんラテン系だ。トラヴィスも、たぶんメキシコ系という設定だろう。こちらはまだ完全に離婚していないのか、元妻も息子も近くに住んでいる。二人共高校の先生だが、トラヴィスの息子クリスはトラヴィスになつかず、ニックはドロップアウトしたドラッグ・アディクトと、共に家庭内に問題を抱えている。日本なら、子供がドラッグ・アディクトの先生になんか教わりたくないという親の声が上がりそうだが、LAではいちいち誰もそんなこと気にしない。なんつーか、ゾンビが襲ってくるのより、現実の家庭崩壊の方がよほど危機感が感じられる。こういう風に普段から鍛えられてるから、ゾンビが襲ってきても対応できるんだな。