放送局: スターズ

プレミア放送日: 10/13/2006 (Fri) 20:00-22:30

製作: シンクフィルム、スターズ・エンタテインメント、キャンディ・ハート・プロダクションズ

製作総指揮: マイケル・ラギエロ

製作: レイチェル・ベロフスキー、ルディ・スケイルズ

原作: アダム・ロコフ


内容: 70年代末から始まった、いわゆる「スプラッタ・ホラー」の歴史を紐解く


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本当のことを言うと、別に特にホラー映画が好きだったり得意だったりするわけではない。近年とみにホラー映画の封切り本数が増え、どれを見たらいいか迷ってしまうくらいあるわりにはどれも同工異曲にしか見えず、それならいっそのこと見ないでも同じかと、実は「ザ・リング2」以来、ホラーからは足が遠ざかっている。おかげで最近のヒットである「ソウ」シリーズとか「ホステル」とかも見ていない。


そんなわけで最近のホラーにはとんと疎かったりするが、それでも昔はよく見た。特に私の学生時代は、いわゆる血まみれの「スプラッタ・ホラー」あるいは「スラッシャー・フィルム」全盛だったこともあり、「ハロウィーン」から始まって「13日の金曜日」、「エルム街の悪夢」シリーズ、その他有名無問わず、浴びるように見た。VCRの出現によって名画座が斜陽になる前の最後の一花を咲かせていた時代であり、週末はホラー・オールナイトみたいな企画があちこちにあり、一晩中映画館の片隅でホラーを見ていたということもある。今からだとまるで考えられない。


「ゴーイング・トゥ・ピースズ」は、70年代後半に起こったそういう時代のあだ花的スプラッタ・ホラーを回顧する番組である。同名原作があるが、映画についての話なら、文字で言及するよりも、この映画はこうだったと実物を見せた方がいいに決まっている。そんなわけで製作されたのが、このTVドキュメンタリー版「ゴーイング・トゥ・ピースズ」だ。最初番組について聞いた時は、てっきり「マスターズ・オブ・ホラー」を放送しているショウタイム番組かと思っていたら、ライヴァルのペイTVであるスターズの番組だった。


この種のドキュメンタリーの場合、かつて見た名作や問題作を回顧して、歴史というパースペクティヴを通して俯瞰してみるというのも悪くないが、一視聴者の立場から言わせてもらうと、最も興味あるのは、あまり知られていない隠れた名作、あるいは名はよく聞くがほとんど見るチャンスのない問題作等で、そういう作品を見せてくれるのが最も望ましい。かつて「ジ・アメリカン・ナイトメア」で、初めてウェス・クレイヴンの「鮮血の美学 (The Last House on the Left)」を見て驚嘆した時のように、こんな作品があったのか! と驚かされたいというのが、視聴者としての密かな願望である。


番組は、まずスプラッタ・ホラーのそもそもの父親的存在としてヒッチコックの「サイコ」に軽く触れた後 (すごくこじつけくさい)、なにはともあれこれがなければ始まらない、ジョン・カーペンターの「ハロウィーン」に移る。実は同じ年に、ジョージ・A・ロメロのクラシック「ゾンビ (Dawn of the Dead)」も製作されているのだが、スプラッタというよりも単発のクラシック・ホラーとして屹立する「ゾンビ」は、端的にホラー映画の中でも他に並ぶもののない異色作であった。


あるいは、74年にはやはりこの種の作品としては避けては通れない「悪魔のいけにえ (The Texas Chainsaw Massacre)」や、スプラッタでこそないがハリウッド・ホラーの一級品「エクソシスト」も公開されているのだが、あくまでも単発ヒットでその後に続く作品があったわけではなかった。その点で、話題になって興行的に大成功し、金を稼ぎまくってブームを巻き起こした「ハロウィーン」-「13日の金曜日」路線が、スプラッタ・ホラーのそもそもの発祥というのが今では定説になっている。番組ではカーペンター本人にも製作当時のことをインタヴュウもしているが、いずれにしても、「ハロウィーン」の華々しい成功が、その後のホラーのあり方を変えたのだ。


スプラッタ・ホラーのそもそもの嚆矢、生みの親的な扱いを受けている「ハロウィーン」であるが、代表的シーンのクリップを見せられると、実は意外にもほとんど血飛沫は飛ばないということに気づかされる。登場人物が殺されるシーンでは、直接その瞬間を描くというのはあまりなく、それも特におどろおどろしいものではない。実際思い返してみても、「ハロウィーン」で最も強烈に覚えているのは、冒頭の、殺人鬼の視点の映像の中に車を降りてきた夫婦が登場し、男の方が何をやっているんだと殺人鬼の顔に手を伸ばす。カメラが切り換わってその男が殺人鬼の顔からお面を外すと、それはまだ幼い少年だったという前半のつかみの部分と、死闘の末マイケル・マイヤースをやっつけたと思ったジェイミー・リー・カーティスの背後で、そのマイヤースがむっくりと起き上がるシーンだ。両シーンともクリップでも見せていたところを見ると、やはりこれらのシーンが記憶に残った者は多かったに違いない。


つまり、「ハロウィーン」はホラーではあってもあまりスプラッタではない。その意味で「ハロウィーン」の成功が先鞭をつけたとはいえ、本当のスプラッタ・ムービーの始祖は「13日の金曜日」であると言うべきだろう。「13日の金曜日」の場合、大量登場人物がどのような殺され方をしていくかこそが焦点だったから、その決定的な瞬間を抜きにしては語れない。Hの途中で串刺しになったりドアに打ちつけられたり背後からのみで突き刺されたり顔面に斧叩き込まれたりと、ここでは確かに血しぶき飛ぶ飛ぶ。世界中の人々がこれを見て自虐的だか加虐的だかの快感を味わったからこそ、スプラッタ・ホラーというジャンルが確立したのだ。


元々発生自体が「ハロウィーン」の成功にあやかろうとした二番煎じ的作品であるだけでなく、番組の中で監督のショーン・S・カニンガムは、作品の最後が「キャリー」からのぱくりであることも正直に告白していた。しかし、たとえ人の影響が大きかろうと、話題となった登場人物の多様な殺され方はオリジナルであり、そこを人は評価したのだ。実際、私だって既に「キャリー」を見ていたのにもかかわらず、「金曜日」のラストでは劇場の椅子から飛び上がった。最初に公開した時、この最後のシーンで、人が驚いて投げ飛ばしてしまうので劇場内にポップ・コーンが飛びかったという逸話が出てくるが、さもありなんと思う。あれだけ見事に換骨奪胎されたら、「キャリー」も文句は言えまい。


「金曜日」ではその他にも、人気の出る前のケヴィン・ベーコンが無残な方法で殺される端役で出てたり、その後スプラッタ界の寵児としてもてはやされた特殊メイキャップ効果の第一人者トム・サヴィーニを一躍世に知らしめるなど、映画史的な視点から見ても、見るべきものは多い。番組ではそのサヴィーニとショーン・S・カニンガム、さらに裏主演のベッツィ・パーマーにかなり長い時間を割いて舞台裏の事情をしゃべらせているのが印象的だ。やはりこの映画はその後のホラー (スプラッタ) の歴史を変えたんだということがよくわかる。


サヴィーニはこの年から翌年にかけて、「金曜日」を筆頭に、「マニアック」、「バーニング」、「ローズマリー (The Prowler)」等の、この手のスペシャル・エフェクツの古典とも言える作品を乱れ撃ちする。そうそう、「バーニング」なんてハサミ男の映画も確かにあった。それだけでなく、未見であった「ローズマリー」を本人が最高の仕事だったと述懐しているのを見て、これは抜粋じゃなくてDVD借りて見ないといけんなという認識を新たにする。こういう、今では忘れ去られている傑作問題作の紹介こそが最もありがたい。


そしてこの番組で初めて存在を知った「サマーキャンプ・インフェルノ (Sleepaway Camp)」のオチは、クリップを一瞬見ただけでも唖然とさせられる珍品中の珍品だ。この意外性はほとんどお笑いの世界に行ってしまっているような気もする (考えたらお笑いと紙一重じゃないホラーというのはほとんどない。それがスプラッタならなおさらだ。) 番組の中でインタヴュウイーの一人が、この映画はニール・ジョーダンのあの作品に影響を与えたに違いないと述懐していたが、たぶんその通りだろう。しかし、自分がどんな作品に出ているかもよくわかっていなかった主人公フェリッサ・ローズのインタヴュウには笑わせられる。その他にも、マニアには知られているんだろうが私は初耳だった「テラー・トレイン」だとか、一見してそそられるクリップが豊富でありがたい。


その、一時的にこの世の春を謳歌していたスプラッタ・ホラーは、すぐに観客から飽きられ始める。オリジナリティなしでいつもいつも同じことばかり繰り返していては、それも当然だろう。80年代中盤にはブームは完全に下火となり、業界は新手を求めてイタリアのダリオ・アルジェント作品に飛びついたり、とにかく新奇ネタで目を惹こうとする。特に、猟奇殺人者のキャラクターで興味を惹こうとし、そのあまりもの意外性、突飛性で、子供の教育に悪いと公開禁止運動まで起こった1984年に端を発する「悪魔のサンタクロース (Silent Night, Deadly Night)」シリーズは、その後5作まで作られているとはいえ、どう見てもジャンルの最後のあがき的な印象しか持てない。このジャンルではやはり84年の「エルム街の悪夢」をもって、ブームは沈静化したと見るのが一般的だ (私見では83年のサム・レイミ演出の快作「死霊のはらわた (The Evil Dead)」も言及されて然るべきだと思うが、まったくふれられていない。)


その沈静化していたスプラッタ・ホラーが復活ののろしを上げたのが、96年の「スクリーム」であり、「エルム街の悪夢」によって80年代中盤に自らこのジャンルに終止符、あるいは一つの休符を打ったはずのウェス・クレイヴンによって、スプラッタ・ホラーは再び活性化する。むろん「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」のようなスプラッタではないホラーや、日本、韓国を中心とするまたテイストの一味異なるホラー、そしてそのリメイクもヒットしたりしたが、これらのホラー作品は番組の趣旨とは異なるので、ここでは採り上げられない。しかし、血が大量に流れるホラー、「ホステル」とか「ソウ」の最新のスプラッタ・ヒットには言及している。


スプラッタ・ホラーは当然のことながら逃避エンタテインメント、あるいは代償エンタテインメントである。日頃から憎いと思っているやつらがこんな風にばっさりやられればいいのにと思いながら鬱憤を晴らすために見る効能は、それが第一の理由とは必ずしも言えなくとも、ホラーを楽しむための理由としては小さくないものがある。そのスプラッタ・ホラーの最近のファンには、若い女性が多いのだそうだ。一昔前ならオタク文化の温床みたいな印象のあったホラーであるが、そこに楽しみを見出す女性が後を絶たないらしい。スプラッタ・ホラーの将来は結構安泰のようだ。







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ゴーイング・トゥ・ピースズ: ザ・ライズ・アンド・フォール・オブ・ザ・スラッシャー・フィルム (封印殺人映画)   ★★1/2

 
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