Young Ahmed


その手に触れるまで  (2020年9月)

実はダルデンヌ兄弟の新作「その手に触れるまで」が、アメリカで公開されたかどうか定かではない。今年春先に公開が予定されていたのは知っているが、その頃にコロナウイルスのパンデミックでアメリカのみならず世界中が混乱、映画館も閉鎖に追い込まれた。その時にニュージャージーではまだ公開していなかったのは確かだが、マンハッタンではリンカーン・センター辺りで単館的に公開は始まっていたかもしれない。いずれにしても時期的に言って、公開されていてもほとんどすぐ映画館は閉館を余儀なくされただろうから、見ている人はそれほど多くはないだろう。 

 

ダルデンヌ兄弟は、前作の「午後8時の訪問者 (The Unknown Girl)」が非常に面白かったので、次の作品はまだかとアンテナを張っていたので、そういう一応の経過は知っていた。それで、いずれにしてもそろそろVODかなんかで見れるようになっててもいい頃だろうと思って調べてみたところ、amazonで99セントで見れることを発見した。99セント。100円だ。 

 

不思議なのだが、同様に有料で「その手を触れるまで」を見せるサーヴィスは他にもあり、YouTubeやグーグル・プレイでも見ることができる。しかしYouTubeおよびグーグルではその値段は共に$3.99だ。amazonより3ドルも高い。4倍だ。ってか、なんでamazonだけこんなに安い? 他が4Kだとか何か特にスペシャルな付加価値があるわけでもない。amazonが自社製作作品を安くで提供しているというわけでもなさそうだ。 

 

わけわからんなと思いつつも、ここは当然amazonで99セントでストリーミングを見る。因みにいったん購入すると、60日間有効で、いったん見始めると、48時間以内に見終わらなければならない。そんなの、劇場で見ていたら一瞬よそ見したが最後、巻き戻しもポーズもできないことを考えれば、充分過ぎるくらいのサーヴィスだ。これは「Rent」で購入した場合で、「Buy」で$9.99で購入して、期間無制限でいつまでも見ることもできる。ストリーミングって、確かに便利だとは思う。 

 

ダルデンヌ兄弟作品では、まだ大人になる前という歳頃の少年少女がよく登場する。今回の主人公はまだ13歳のアラブ系少年のアメッドだ。たぶんベルギーで生まれ育ったアメッドは、既にフランス語が母国語で、アラビア語は第2の言語として学んでいる言葉だ。しかし学習障害のあるアメッドは、外見的にはアラブ系でありながらアラビア語が上手ではなく、白人女性教師のイネスからアラビア語を教わるという立場だ。しかし、アメッドの上達は早くない。 

 

こういう状態がアメッドに屈折した感情を与えていることは間違いなく、アメッドはイスラム教に傾倒することで自分の居場所を求める。モスクの指導者から、コーランを歌で教えようとすることなどもってのほか、あの女は背教者だと決めつけられたアメッドは、コーランの教えに報いるため、イネス殺害を計画する。しかし子供で、武器を持たず、経験もないアメッドの計画は簡単に頓挫し、アメッドは矯正施設に送られる。そこの矯正教育の一環で農場で働き始めたアメッドは、経営者の娘ルイーズと仲よくなる。しかしアメッドは、ルイーズと付き合うには彼女がイスラム教に改心する必要があると考えていた‥‥ 

 

ヨーロッパにおけるアラブ系の差別は、何も今に始まったことではない。ミハエル・ハネケの諸作はその事をよく伝えていたし、2006年のサッカー、ワールド・カップの決勝で、アラブの血が入ったフランスのキャプテン、ジダンが、イタリアのマテラッツィから差別用語を浴びせかけられて、切れて頭突きで一発レッドで退場となった事件を覚えている者も多いだろう。近年のヨーロッパのイスラム系のテロリストの多くは、ベルギーを拠点に活動している者も多いらしい。 

 

それなのに中東のみならず、アフリカからもイスラム教徒の難民は跡を絶たずに訪れる。こないだも「アトランティックス (Atlantics)」を見ていたら、主人公の恋人はよりよい生活を求めてアフリカからヨーロッパに密航しようとして、船が沈没して死亡するという設定があった。しかしこちらも生活でいっぱいいっぱいの時に、難民に来られても困るというのは一般市民の正直な気持ちだろう。おかげでベルギーでもアメッドらイスラム系住民は肩身が狭い。特にスポーツができるとかではなく勉強も得意でないとしたら友だちもできなさそうだし、学習障害があるとしたらさらに鬱屈するだろうというのは、想像に難くない。 

 

 

(注) 以下、結末に触れてます。 

 

ダルデンヌ兄弟の描写は、比較的1ショットを長回しでカットなしで撮る場合が多い。その方が緊張感が高まるからだろう。とはいっても、絶対にカメラを切り返さないとかカットを挟まないというのでもない。必要とあれば切るのだが、今回、アメッドの最後の行動を描くクライマックスで、アメッドが2階の窓から落ちるというシーンでカットになった。当然下には怪我防止のためにマットが敷かれていたりするだろうから、そこでカットが入るのは当然といえば当然ではある。 

 

いずれにしても、必要とあればそこまでどんなに長回ししていても、カットが入ることを厭わない。落ちた後のシーンまで撮れなくても、落ちる瞬間のシーンは見せているのだから、語りたい部分は既に語ったとも言える。それでも、これがハリウッド映画だったら、ここまで緊張高めといて、地面に落ちていくシーン、さらに地面に追突する瞬間を見せないとは考えられない。ついでに言うと、例えばこれがマンガだったら、地面に追突した瞬間を描かなくとも、吹き出しや擬音で「どさっ」だのの効果音が描かれ、読者はそれで納得するだろう。 

 

しかしダルデンヌ兄弟作品ではそれがない。アメッドが落ちる瞬間をとらえたショットの次のショットは、落ちていくアメッドではなく、落ちた後、地上でもがくアメッドだ。追突の瞬間など描かれない。アクションがクライマックスに達する瞬間は描かれず、それは当然あったものとして映画は続いていく。 

 

また、これまではダルデンヌ作品はロング・ショットが多いというイメージを持っていたのだが、今回は、やたらと被写体に近いなという印象を受けた。これは単純に、室内での撮影が多く、カメラを後ろに引けなかったためだろう。実際カメラが屋外に出ると、これまで同様ロングのショットが多い。いずれにしても、そこにあるものだけが必要であるダルデンヌ兄弟作品では、特撮を使わないと落下のシーンが撮れないならそんなの撮らないし、その場所でそれ以上後ろに引けないなら被写体に寄るだけだ。ポイントは、そこで撮れるものだけが必要ということであり、撮れないならたぶんそれは必要ではない。実際、それでかなりのサスペンスや緊張感を醸成してくるから、あまり反論もできない。 

 

ところで。社会派の一人であり、富裕層ではなく一般市民、それも生活に貧窮している辺りの階級を描くダルデンヌ兄弟の作品は、呪われやすいというか、怨念がこもりやすいようで、かつて「ロゼッタ (Rosetta)」を見に行った時、クルマのバッテリーが上がって困ったという事件があった。今回は、その時とは別のクルマだが、こないだ買い物に行こうとクルマに乗り込んでイグニッションをオンにしたら、全警告灯の半分以上が一斉に点灯して消えず、一瞬真っ青になった。なんだ、これ。 

 

その時は怖くなって、とにかく対処法を、と家に戻ってネットで原因や対処法を色々調べたところ、とにかくガレージに持っていけという意見やアドヴァイスが大半だった。しかし、翌日エンジンをオンにしたところ、今度は警告灯が点灯しない。点灯しないと、今度はガレージに持っていっても悪いところをピンポイントで絞れず、原因究明に時間がかかる。 

 

どうしようと思ったまま現在まで手つかずにいる。走らせれば走るので、それはそれでいいのか悪いのか、このまま騙し騙し乗っていても‥‥よくないだろうなとは思うのだが、しかしここのガレージは、こちらにちょっと隙きがあると、あれが悪いこれも直せとふっかけてきそうだ。信頼できる日本人経営のガレージは遠く、往復が億劫でこれまた気が重い。 

 

さらに言うと、「サンドラの週末 (Two Days, One Night)」を見た時は、地下室でパイプが水漏れして被害を受けた。とまあ、やはり今回のクルマの不調もダルデンヌ兄弟のせいではないのかという疑惑を捨てきれない。だいたい「ロゼッタ」も「サンドラの週末」も、今回同様ドツボにはまる話だったし。絶対なんか関係ある。 











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ベルギーに住むアラブ系の13歳の少年アメッド (イディル・ベン・アディ) は、学習障害もあって社会に馴染めず、アラブ至高主義の教えに傾いていく。彼に読み書きを教える白人女性のイネス (ミリエム・アケディウ) が背教者であると教えられたアメッドは、彼女を排除しなければならないと考え、刃物を準備して殺そうとするが果たせず、施設に送られる。そこで矯正の一環として農場で働き、経営者の娘ルイーズと仲よくなることで徐々に軟化の傾向が見えるアメッドだったが、付き合うには彼女がイスラム教に改宗しなければならないと考えるアメッドに対し、けんもほろろの対応で断られる。アメッドは施設を脱走する‥‥ 


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