Atlantics


アトランティックス  (2020年8月)

この作品、カンヌにも出品されて評判がいいのは聞いていたのだが、ボーイ・ミーツ・ガールものプラスSFスリラーみたいな紹介のされ方をしていて、内容が実はよくわからない。とはいえあまり事前には情報を仕入れ過ぎたくないので、恋愛ものにはもうほとんど惹かれない年齢に達しているためどちらかというと恋愛もの基調だと厳しいかも、と思いながら見始める。 

 

ほとんど内容を知らずに見始めたので、最初、建築ラッシュが起きているような舞台がどこかよくわからない。建築現場で働いているのは全員黒人のようだが、あれだけの高層ビルを建てる余裕のあるアフリカの国があるのだろうか。それとも単に未来をイメージしたCGか。建築現場のバナーにアラビア語のような文字が見えるので、もしかしたら中東かとも思う。カタールかドゥバイ辺りに出稼ぎに来ているアフリカ人労働者たちかもしれない。 

 

一方で、タイトルの「アトランティックス」というのが大西洋、アトランティック・オーシャンを意味しているなら、これはやはりアフリカの西海岸諸国のどれかが舞台だろう。外国語に疎いので、登場人物が喋っている言語がフランス語だと確信できたのも話が始まってだいぶしてからで、その後登場人物が国外脱出を図り、スペインを目指してどうやら遭難したという話を聞いてようやく、これはスペインから地中海を挟んだ向こう側のアフリカ北西部の国のいずれかに違いないと確信する。 

 

もうちょっと事前に情報を仕入れて、フランス-セネガル共同製作ということを知っていたら、こんなこと気にしながら見ることもないのだが、場所がどこかわからないのを、イメージや音声を手掛かりにどこか推定していくという作業は、本格ミステリ好きの私としては実はわりと楽しい作業なので、こういう見方も止められない。 

 

さて作品自体は、始まって最初の20分くらいは、危惧したボーイ・ミーツ・ガールもの的内容で進み、どうしよう、たるいぞと思い始めたくらいから、意外な方向に展開し始める。なるほど、これがSFサスペンスものと言われる所以かと思わせられるが、それよりも、私的には超常ホラーという方がしっくり来る。 

 

主人公アダにはボーイフレンドのスレイマンがいるが、スレイマンは金がなく、働いている建築現場でも賃金の未払いが続いていた。一方アダには親に決められた結婚相手オマーがいた。アダはスレイマンと連絡が取れなくなり、オマーとの結婚式当日、新居のベッドが何者かによって火をつけられるボヤ騒ぎが起きる。スレイマンに嫌疑がかかり、アダも関与を疑われる。 

 

スレイマンの消息はわからず、事件を担当するイッサは、なんでここまでと思うくらい執拗にアダを尋問する。結局証拠があるわけではなく、アダは解放されるが、実はイッサは事件のあった時に人事不省で、意識を失って眠りこけて連絡がつかなかったという後ろめたさもあった。 

 

しばらくして私腹を肥やしていた建築現場のボスのところに、何ものかに取り憑かれたような女性たちが大挙して訪れる。彼女らにはスペインを目指して海を渡ったが果たせず、海の藻屑と消えた男たちの魂が乗り移っていた。彼女らはボスに未払いの賃金を要求する。そして実はイッサにも‥‥という展開。 

 

冒頭に現れる高層ビルと、働いている者たちのイメージの落差、貧富の差や、家族のあり方付き合い方、人々のものの考え方、簡単にあちらの世界とこちらの世界を跨ぐ気軽さなど、知らない国の話は、とにかく目からウロコで、えっと思わされることが多くて楽しい。例えばイランのアスガー・ファルハディの「別離 (A Separation)」で、何をするにもコーランの教えに拠らないと決められない展開があって、そうなのかと思わされるが、「アトランティックス」では、嫁入り直前のアダに、処女検査をするというエピソードがある。医者に行って処女膜を検査してもらうのだ。それで処女ということが証明されると、親がおめでとうと言われてたりする。 

 

これって人権侵害じゃないのかと感じるのは、どうやら欧米並びに一部の国の人間だけのようだ。古いしきたりが生きている国は、どうもこのくらい普通にしているようだというのは、アダが検査を受けることに特に抵抗を示しているわけではなさそうなことからも窺える。しかし、それで医者から証明書をもらって、それで人々は満足するのだろうか。生まれた時からそういう世界だと別に気にしないのかもしれないが、しかし外部の目から見るとかなり驚かされる。 

 

一つ気になるのは、船に乗っていた男たちが全員女性に憑いているのに、スレイマンだけが同性のイッサに憑いている理由だ。個人的に解釈するに、男たちの場合、かつて関係のあった女性たちとシンクロしやすかった。しかしたぶん一人だけ童貞だったスレイマンは、まず最初に一人の男としてアダと結ばれる必要があったというものだ。主人公だし。 











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セネガルの湾岸の町に住むアダ (ママ・ビネタ・サネ) には、ボーイフレンドのスレイマン (イブラヒマ・トラオレ) がいたが、アダは親の取り決めによって10日後に裕福なオマーとの結婚が予定されていた。建築現場で働くスレイマンは、搾取され、もう何か月も賃金未払いで、嫌気が差して、ある時、アダの前から姿を消す。オマーとの結婚式の日、何者かが新居のベッドに火を付けるボヤ騒ぎが起きる。スレイマンが容疑者として挙がり、アダは手引きしたものとして警察の聴取を受ける。担当する刑事のイッサ (アマドゥ・エムボウ) は執拗にアダを取り調べるが、一方でイッサは、最近夜になると記憶をなくすほど眠りこけることが相次ぎ、捜査に支障を来たすほどだった‥‥ 


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