Two Days, One Night (Deux jours, une nuit)


サンドラの週末  (2015年2月)

ある女性が病気の長期休暇の折り、会社側が自分を辞めさせようとしていることを知り、職をキープするため同僚の同意をとりつけようと、週末に奔走する様を描く。これで果たして映画を撮ることができるのかと思えるくらい地味な設定だが、そこはかつて同様に職を求めて生きる少女をとらえた「ロゼッタ (Rosetta)」を撮ったダルデンヌ兄弟のこととて、職をクビになるかどうかの瀬戸際を、まるでサスペンス映画みたいな緊張感で描く。


ダルデンヌ兄弟の作風を知ってないと、とにかくこれで最後まで行くのか、ここから殺人事件に発展するとか、あるいはよろめいた妻の話になるとか想像しそうだ が、もちろんそんなことはない。話は最初から最後まで、ただただ人を説得するために奔走するサンドラを描く。むろん職を失うかどうかは人にとっては一生の一大事であるはずで、事件でないわけはないが、それはつとめて個人的な経験であり、私小説的だ。むろんそういう小説の分野もあるが、しかし視覚的に興味を惹くことが第一義の映画において、この題材で一本撮れるかということは、話が違うと思う。一般的な職業映画人は、この題材で映画を撮ろうとはまず考えないだろう。


一方で、地味でありながら心に留まるショットやシーンが多いのも、ダルデンヌ兄弟ならではだ。例えばこないだ水回りの仕事をしていた女房が、お腹のところに水がはねてシャツが濡れていたのを、着替えるのが面倒くさいので着たままドライヤーを当てて、ロゼッタ、ロゼッタと言いながら乾かしていた。「ロゼッタ」で金がなくトレイラーに住んで、もちろんあったかいシャワーなぞ夢のまた夢という主人公ロゼッタが、冷え切った身体を暖めるためにドライヤーの温風をお腹に当てていたシーンを踏まえたものだ。もう10年以上も前に見た映画のそんな小さなシーンが、うちではロゼッタするという動詞になってしまうほど、まだ二人して鮮明に覚えている。


まったくもってダルデンヌ兄弟の芸風って唯一 無二だよなと思いながら見終わってロビーに出ると、そこのマルチプレックスでは、観客のコメントをロビーに張り出しており、つらつらとそれを見ていた。こ の時このマルチプレックスでかかっていた映画は、「ターナー、光に愛を求めて (Mr. Turner)」、「アリスのままで (Still Alice)」、「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密 (The Imitation Game)」、「ティンブクトゥ (Timbuktu)」、「セッション (Whiplash)」、そしてこの「サンドラの週末」で、まあラインナップからもわかる通り、ややアート系のマルチプレックスだ。


それらの映画を見た客の一口評みたいな掲示板があったわけだが、かかっている映画のほとんどがA評価、つまり高い評価を与えられていた。その中でただ一本、 「サンドラの週末」だけが評価が割れていて、A評価もいるが、それらの作品の中で唯一F評価、つまり落第点ももらっていた。曰く「退屈」で「何も起こらない」のが評価の決め手になったらしいと知れる。


確かにアクションらしいアクションはなく、他人がクビになるかどうかの問題は、畢竟他人事でしかない。サンドラの同僚もそう思っているからこそ、サンドラに辞めてもらい、代わりにボーナスが欲しかった。考えると、これがもし自 分だったらボーナスをとらなかったかと思うと、ちょっと首が縮む思いがする。サンドラはしかし、たった二日一晩の間に、それこそ死にそうな思いをしなが ら、たぶん慣れれば誰でもできそうな仕事を、それでも必死になって繋ぎ留めなければならない。ほとんど勝ち目のなさそうな話で、しかも半分はサンドラ自身もそう思っている。


なんか出口のなさそうな話で、よくもまあ、またこんなマイナス志向の話を作るよな、とは確かに思う。 「ロゼッタ」の時もこのネガティヴ・エネルギーにやられて、2、3日うーん、ちょーしわりーなとか思っていたら、自分の身体の調子だけじゃなく、クルマま で壊れて動かなくなった。ということも実は忘れかけていたのだが、それをはっきりと思い出したのは、「サンドラの週末」を見たその日、住んでいるビルの地 下のストレージ・ルームに行ったら、地下なのに私たちのストレージ・ルームで雨漏りをしているのを発見した時だ。その瞬間、かつて「ロゼッタ」効果を食らったかつての経験を一気に思い出し、もしかして、これまたダルデンヌ兄弟の祟りかと暗然とした。


この地下室は水に弱いというか呪われていて、数年前のハリケーン・アイリーンの時は排水が間に合わず水浸しになり、その上今回はまさか天井からも水か。その後判明したところによると、天井裏の配管が破裂していたそうだ。唯一助かったのは本棚のある逆側から水が漏れていたことで、これがもし本棚の上だったと思うとぞっとする。し かも発見が早かったので、今回は「Slam Dunk」が数冊被害を被っただけで済んだ。


しかしそれだってなければないにこしたことはないし、配管は直しても結局ストレージ・ルームの天井は破られたままで、誰かがそれを直すわけでもない。さらにビルの保険では基本的に地下 というのは対象外だそうで、金に困ったうちのビルのオーナーは、修繕にかかった300ドルのうちの半分を負担してくれと言ってきた。持ち屋ならともかく、 コンドで、毎月の管理費も払っているのにさらにテナントに金を要求するのか。しかし今彼に拗ねられると、今年中になんとしてもやってもらいたいビルの外壁のリペイントをほっておかれそうで、それも嫌だ。ここは100ドルで手を打とうか、などと思案中だ。


とまあ、たったこれだけでも、住んでいる私たちにとってはかなり頭の痛い話だ。それなのに、今、職を失ったらと思うと、心底ぞっとする。たぶんサンドラの憂鬱やストレスは、 こんなもんじゃあるまい。それに較べたら雨漏りの一つや二つ、ローンが払えなくなって家自体を失うことになるかもしれないことに較べれば、なんてことはないと思えるのだった。ダルデンヌ兄弟作品の負のパワーは、確かに我々に別の視点を与えてくれる。













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ベルギーの小都市セラン。鬱病のためにソーラー・パネルを製作する会社を休んでいたサンドラ (マリオン・コティヤール) は同僚のジュリエットからの連絡で、会社は他の16人の従業員に1,000ユーロのボーナスを与え、代わりにサンドラを辞めさせる方向で動いていることを 知る。夫のマヌー (ファブリツィオ・ロンジョーネ) は小さなレストランのシェフに過ぎず、まだ小さな娘が二人おり、自宅のローンも残っている。今失職するわけにはいかなかった。金曜の夕刻、退社しようとす る上司のジャン-マルコをぎりぎりでつかまえたサンドラは執拗に食い下がり、月曜にもう一度従業員で決を採る、それまでにサンドラの居残りに関し過半数の 同意をとりつけることができれば、サンドラが会社に留まってもよいという言質をとる。現時点では13対3で圧倒的に同僚はサンドラよりも1,000ユーロ のボーナスを欲していた。月曜まで正味二日と一夜。果たしてそれまでにサンドラは、親しくなかった者も含め、半数以上の者を説得して回ることができるの か‥‥


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