The Unknown Girl


午後8時の訪問者  (2017年9月)

時々、というか結構邦題のつけ方には疑問を呈したくなることがあるが、今回の「午後8時の訪問者」は、悪くないと思った。というか、オリジナルよりいい。


原題の「La Fille Inconnue」、英題では「The Unknown Girl」では、漠然とし過ぎて作品の内容がさっぱりわからない。タイトルだけでは人に見ようという気を起こさせるのは、はっきり言って無理だと思う。それが「午後8時の訪問者」では、ちょっとミステリっぽいテイストもわかるし、興味も喚起する。うまく内容も伝えている。なんでオリジナル・タイトルがこれじゃなかったのかと思うくらいだ。


邦題がよくできている理由として、私の場合、この項を書こうとして、英題を忘れているのに、「午後8時の訪問者」という邦題の方を覚えていたことでもわかる。普通はこんなこと、まずない。


ダルデンヌ兄弟の新作である「午後8時の訪問者」は、夜遅くクリニックにやってきた何者かを無視した女医のジェニーが、後で死体となって発見されたその女性に責任を感じ、身元不明のその女性の身元の確認と、なぜ死んだのかという原因究明のために奔走する様を描く。


前回の「サンドラの週末 (Two Days, One Night)」は、首を切られそうな女性が支持を集めるために同僚を説得しに回るという地味な作品だった。それに較べると、死んだ女性の謎を追うミステリー・タッチになっている「午後8時」の方が、一般的な興味を引きやすい設定と言える。両作品共、ある目的を持った女性が、人の話を聞くため、あるいは聞いてもらうために外を出回るという話だ。


ただしサンドラの場合は、たとえクルマを持ってたとしても中古の安物で、その上、徒歩で歩き回るという印象の方が強かった。それが医者のジェニーの場合、常に新型モデルのクルマで移動するという印象が強い。そのクルマはだいたいいつもオフィスのすぐ前の路上に停まっているし、どこかに出かける時も、クルマを停めて降りた後にほとんど歩き回るという感じがしない。サンドラが常に歩き回っているロング・ショットのイメージばかり覚えているのとは違う。


クルマを乗り降りする度に、リモートでロック/アンロックするきゅっきゅっという音が鳴るが、ジェニーは頻繁にクルマを乗り降りするので、その音が耳に残る。サンドラのクルマには果たしてアラーム自体ついていたっけ?


ジェニーは死に責任を感じている女性の身元を明らかにするために、将来を約束されている大病院への就職を断ってまで個人のクリニックに残る決心をする。簡易的な炊事や睡眠、生活設備しかないところに家財道具を持ち込み、というか、そんなもん最初から持ってなかったようだ。


ジェニーは美人の部類に入ると思うが、結構化粧や着るものには無頓着だ。仕事に入る時は輪ゴムで髪を後ろでまとめるだけで、冬だというのに外出する時はあまり高そうにも見えないコート、いやジャケットが一着だけで、そのジャケットだけで最初から最後まで通す。少しでもお洒落したのは大病院でのレセプション・パーティに出席した時くらいだ。しかしそれでも颯爽と格好よく見えるのは、私が毎日体重過多のアメリカ人女性ばかり見ているからか。それにしても主人公付きのスタイリストは、楽な仕事だったろうな、外出着の用意をまったくする必要がないしと思ってしまう。


ジェニーは責任感の強い女性だということはよくわかるが、しかし熱心というよりも、ほとんど粘着質的に、まるでストーカーのようなしつこさで事件のことを嗅ぎ回る。素人のくせにあまりしつこいので、本職の刑事の調査に支障が出てクレームがつくくらいだ。


いきなり姿をくらませたインターンのジュリアンに対しても、普通は頭に来てほっておくだけで新しい人材を探し始めると思うが、ジェニーはこれまたしつこくジュリアンのアパートどころか実家まで押しかけて仕事に戻るよう説得しようとする。


目の前を事件の何かを目撃しているに違いない知っている男の子がバイクで通りがかると、直前に暴漢から事件に首を突っ込むなと脅しをかけられているにもかかわらず男の子を追い、怒りを買って建築現場に掘られている穴に落とされる。男の子が情けをかけて梯子を落としてくれなければ、そのまま誰にも知られずにお陀仏になった可能性すらあった。


その前の暴漢だって、ジェニーを本気で脅すつもりなら何発か殴ろうと思えばできないことはなかったろうし、実はジェニーのような体質でも大過なく生きていけるのは、周りに本当に悪いやつというのがいなくて、我を通してもやって行けるからではないだろうか。こんなに先に見えないような話ばかり作っていても、実はダルデンヌ兄弟は本質的に性善説支持派だとか?










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女医のジェニー (アデル・エネル) は、今は個人のクリニックに雇われで働いているが、近く大きな病院で好待遇で働き始めることが決まっていた。個人経営のクリニックは忙しく、ある夜、時間超過で夜8時まで働いてやっと帰れそうになった矢先、インタフォンのブザーが鳴る。インターンのジュリアン (オリヴィエ・ボノー) は応対しようとするが、疲れているジェニーはそれを止める。翌日、近くの川岸で身元不明の若い黒人女性が死体で発見される。監視カメラからその女性が昨夜クリニックのブザーを鳴らした女性であることを知ったジェニーは、罪悪感から、その女性の身元を突き止めようと、自らも行動を起こす‥‥


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